2014年6月25日水曜日

【TORCH Vol.055】 「本、いつ読むの? いつだっていいでしょ!」

永田秀隆

 大学の頃は自分から進んで本を買って読むという習慣はほぼなかったように記憶している。大学生の皆さんの中には授業で使う教科書を仕方なく買ってという方がいるかと思われるが、私も間違いなくそっち派であった。大学院生になると多少まわりの友人の影響も受けてか、古本屋(なかなか新書には手が出せない状況だったので)に行ければ自分の専門分野に関係のありそうな本を買うようにはなった。ただ、買った本をむさぼり読むということはそれほど多くはなく、本を並べて飾る(これだけで多少読んだ気にはなる。)ということのほうが好きだったかもしれない。なので冊数はある程度あっても、それらの内読んだ物はもしかすると半分以下のような気がする。この時点ですでに私はコラムを書くに相応しくない人物なのかもしれない。以上、で終わりたいところだが、このままだと全く本と関係がない人だと思われ、それはそれでちょっと嫌なので、もう少しおつきあい願いたい。
 大学院生以降は多少読書というものとの接点が増えてきた。私の場合は、何かのきっかけである著書に出会い、その印象が良く自分にあっている時は結構はまるというのがよくあるパターンだ。そのような流れで知りえた著者を三、四人ほど紹介しよう。
 20歳代半ば頃に一気に読んだ、沢木耕太郎氏の『深夜特急1~6』(新潮文庫)、は異国への旅の憧れみたいなものを誘ってくれた。1:香港・マカオ、2:マレー半島・シンガポール、3:インド・ネパール、4:シルクロード、5:トルコ・ギリシャ・地中海、6:南ヨーロッパ・ロンドン、を乗り合いバスでめぐるといった内容だが、沢木氏自身がそう思い立ったのが26歳の頃とのことなので自身に置き換えて考えてみたりするとあまりのギャップに驚きつつも、正直うらやましいと思った。海外をひとり旅することは全くと言っていいほどないが、国内だと出張の仕事を終え、その地域をぶらっと見て回る(だいたいは無計画に)のが好きなのは、本書の影響も少なからずあるだろう。私が大学生の頃は海外留学をする人など自身の周りにはいなかったが、本学も含め昨今の学生は海外へ行ける機会がこんなに多くあり、ありがたいことだなと思う。司馬遼太郎氏の『街道をゆく』シリーズ(全43冊)も同じような理由で私の旅好きに影響を及ぼした。
 はっきりとは憶えていないが、30歳代からはまったのが吉田修一氏の著作である。吉田氏と言えば、朝日新聞で連載、その後著書となり、そして映画化もされた『悪人(上・下)』(朝日文庫)が有名であるが、氏と私との共通点は、同郷(長崎県)であることと、ほぼ同年齢ということである。同じ時代に生まれ、同じような環境(地域)で育った、というだけで身近に感じてしまう。ちなみに、あの福山雅治も同じタイプであるが、あまりの違いに言うほうが恥ずかしくなってしまう。話を戻すと、吉田氏の作品は、いわゆる「あるある」と思えることが多いので共感できるし、臨場感もあるところが何といっても読み甲斐がある。長崎がタイトルについている作品としては、『長崎乱楽坂』(新潮文庫)、がある。昔にタイムスリップできるので、そういう気持ちになりたいときには欠かせないし、方言も懐かしかったりする。「こん人の作るもんは良かよー。(長崎弁です。)」
 最後に登場するのは太田和彦氏である。近年の居酒屋界の巨匠としては、吉田類氏(酒場放浪記が有名)と太田和彦氏があげられ(私見だが)、実は本学の中でも吉田派と太田派に分かれている、といううわさもある。私は太田派を気取っているつもりだが、まだ吉田氏の著作や映像に接したことがないこともあり、実際はなんちゃって太田派なのかもしれない。そこはどうでも良いが、太田氏の作品をいくつかあげてみる。『居酒屋の流儀』『ニッポン居酒屋放浪記-立志編--疾風編--望郷編-』(新潮文庫)『ひとりで、居酒屋の旅へ』(晶文社)そして『太田和彦の居酒屋味酒覧(みしゅらん)』(新潮社)などだが、この部分を打っただけで居酒屋に行きたくなる。もともと氏はグラフィックデザイナーであり、大学教員の経歴もあるが、今ではどちらが本業なのだろうか。太田氏と居酒屋との関わりを読むたび、その場の情景が浮かび、そしてその場へと足を向けたくなる。実際数軒はそうして行った事があるが、大はずれはない。相性やその時の混み具合といった各種条件により、再訪するかどうかは判断に迷う時もあるが、私には合う店が多い気がする。
 少し気持ち的には酔った気分だが、沢木氏と司馬氏は「旅」「地域」、吉田氏は「地元」「地域」、太田氏は「飲食」「地域」、といった視点で私の好奇心を満たしてきてくれたのである。「地域」が全部に関係するのは、この文を書いていて気付き、少しびっくり。彼らの影響でそれらが好きになったのか、もともとそれらが好きだったから彼らに惹かれていったのかはよくはわからないし、ここではどちらでもいいことのように思う。あまり気負わず、気楽に読める本に出会えたらもうけもん、くらいのスタンスでいいのかもしれない(私はそうだったので)。学生の皆さん、今すぐでなくてもいいから、いつかそういう作品や著者と出会えるといいね。