2014年12月15日月曜日

【TORCH Vol.062】 「パラダイムシフト」

橋本実

パラダイムとは、ある時代や分野において支配的規範となる「物の見方や捉え方」のことをさす。例えば「それでも地球は動いている。」と地動説を唱えたガリレオが、天動説を主張する人々に裁判にかけられ有罪判決を受けたことは有名である。その当時は天動説がパラダイムであり地動説を唱えるものはすべて異端とされていた。天動説から地動説へ変化するには170年を要したが、最後には地動説が当たり前のこととなりパラダイムになった。このようにそれまでのパラダイムが大転換することをパラダイムシフトが起きたと言い、ある日突然、非連続的に起きる。

 今回、現代医学にパラダイムシフトを起こしつつある夏井睦氏の「傷は絶対消毒するな」と江部康二氏の「主食を抜けば糖尿病は良くなる」の2冊の本を紹介する。
 夏井睦氏の「傷は絶対消毒するな」は、これまでの治療と全く異なる新しい傷の治療法である(図1)。傷の治療は長い間、消毒をしてガーゼをあてる治療が続けられて来た。医師を含めた医療関係者は感染を防ぐために清潔と不潔について厳しく教育され、傷は必ず消毒するものだと教え込まれている。そのため傷を負った患者に痛がる消毒をし、ガーゼをあてる。傷の経過を見せに来れば傷にこびり付いたガーゼを剥がして更に傷を深くし、また消毒して治りを遅くするような治療をしてきた。誰もが傷は消毒しなければ感染を起こし重症化すると信じ、患者が痛がっても治るためには痛いのは仕方がないと考えているパラダイムが存在している。
 新しい治療は傷を消毒せず飲める水で洗い、傷を乾かさないようにラップで覆うとうものである。驚くべきことにこの方法で治療すると、これまでの治療に比べ半分の期間できれいに治る。しかも消毒しないので痛くない、傷をラップで覆うので水に濡らしても構わないし、乾燥しないので痛みもない。大人だけでなく、子供にとっても夢のような治療である。早く治り痛くないことは医療関係者だけでなく、患者にとっても大きな福音である。
 消毒薬を使うことはそこに存在する菌を殺すだけでなく、傷を修復しようとする自分自身の細胞までも殺すことになる。また、傷からの浸出液は細胞成長因子を含むので、これを逃がさないようにすれば傷は早く治る。この二点を守って治療すれば、例え指先を切断しても、まるでトカゲの尻尾が生えるように指が再生してくる。皮膚移植が唯一の治療と思われた重症な火傷も、手術せずにきれいに治っていく。
 消毒が不要な理由は感染症の原因は傷に菌が存在するだけでは起こらず、異物か血腫があって初めて感染症は引き起こされるからである。消毒ほどではないが、身体を石鹸などで洗いすぎることは、皮膚のトラブルの原因となることも述べている。人間の表皮は皮脂を餌とする常在菌で被われそれ以外の菌が住めない状況を作りだしている。すなわち、Propionibabacterum属の細菌が常在して、皮膚は健康を保っている。あまり皮脂を洗い落とすことは皮膚の健康を損なうもとであり、洗浄後にクリームを塗ることも好ましくないとしている。クリームには界面活性剤が含まれ皮脂が分解されてしまうためである。 皮膚を健康に保つためには、必要以上に皮脂を洗い落とさないことが大切で、温水に皮脂は溶けるのでシャワーだけでも十分となる。人間は常在菌と共生してこそ、皮膚の健康と外敵の侵入を防ぎ健康が保たれる。


  江部康二氏の「主食を抜けば糖尿病は治る」は炭水化物(糖質)の摂取を減らして、糖尿病を治療するというものだ(図2)。現在の糖尿病治療はカロリー制限食で血糖をコントロールし、悪化すればインスリンを注射するというものであり、これがパラダイムとなっている。
 新しい治療はカロリーを制限するのではなく、炭水化物(糖質)を制限するというものだ。三大栄養素と呼ばれるものは、蛋白質、脂質、炭水化物である。炭水化物は糖質と少量の食物繊維から成り立つので、炭水化物と糖質はおおむね同じと考えてよい。この三大栄養素の中で、我々の身体を構成するのは、脂質と蛋白質のみであり、炭水化物はエネルギー源でしかなく、唯一血糖値を上げるものである。また、血糖値を下げる働きをするホルモンであるインスリンを分泌させるのは炭水化物のみで、蛋白質と脂質はインスリンを一切分泌させない。例えば、焼肉屋さんに行き、お肉を食べ続けていても血糖値は上昇せずインスリンは分泌されないが、白いご飯を食べたとたんに血糖値が跳ね上がり、インスリンが分泌されることになる。炭水化物の摂取を制限すれば、そもそも血糖値は上昇せず、インスリンも分泌されないので膵臓機能は回復し、糖尿病は改善する。
 糖尿病食の1200カロリー制限食を食べたことがあれば分かるが、お腹が空いて、空いてとても長く続けることは不可能な辛い治療だ。しかし、これまでの栄養学はカロリーを基礎にして成り立っているので、糖尿病の食事指導もカロリー制限が主になり三大栄養素をバランスよく摂ることになっている。これでは、血糖を上げる炭水化物を摂り続けるので糖尿病が改善することはない。
インスリンは肥満ホルモンとも呼ばれ、血糖値を下げる際に糖を脂肪細胞の中に取り込ませる働きをする。逆に言えば、インスリンを分泌させなければ太ることもないし、太っている人はみるみる体重が減る。2週間糖質制限食を続ければ、体重は3kg以上減少しダイエット効果は抜群である。
 我々が食べ続けるのは60兆個あるといわれる身体の細胞を常に作り替え維持し生き続けるためである。炭水化物を摂取しないことに不安を覚えるかもしれないが、身体を作っているのは蛋白質と脂質のみであり心配はない。また、我々は糖新生というシステムを持ち、必要な血糖は常に肝臓で作り出せるので、無理に炭水化物を摂取する必要はない。必須脂肪酸、必須アミノ酸(蛋白質)はあっても、必須炭水化物は無いことからも不要なことからも不要なことがわかる。
 現在、日本には糖尿病患者が950万人、糖尿病予備軍は1100万人いると推計されている。生活習慣病の中で最も防がなければならないのは糖尿病だ。糖尿病の恐ろしさは、高血糖の血液が全身を循環することで、血管を傷つけ失明、神経障害、腎障害などを同時多発的に起こし命に関わる病態に移行していくことにある。
メタボリック症候群は内蔵脂肪の蓄積があり、高血圧症、脂質代謝異常症、糖尿病のうち二つ以上が当てはまれば確定診断される。内蔵脂肪を減らし肥満を防ぐことが、生活習慣病を予防しメタボリック症候群を防ぐことになる。厚生労働省は「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後にクスリ」というキャンペーンをおこなっている。しかし、炭水化物を減らす糖質制限食をしなければ体重を減らすことは難しい。
 人生の後半を健康で生き生きと生活するためには、筋肉を減らさないように運動し続けることと、肥満から生活習慣病を引き起こさないように炭水化物(糖質)を制限した食事が重要になる。糖質制限食を続けていると、脂質代謝異常症や高血圧症も改善することが多い。肥満が改善されると内臓像脂肪が減少し、改善すると考えられている。服薬しながら糖尿病、脂質代謝異常症、高血圧症がコントロールされ正常値を維持しても病気が治ったとはいえず、医者からは一生薬を飲み続けるように言われる。肥満がある人の高血圧は、痩せなければ治らないことが多い。糖質制限食は薬もいらない糖尿病の治療法であり、肥満も解消する治療方法なので、肥満が原因となる生活習慣病の改善予防にもつながる画期的なものである。


 さて、なぜこれらがパラダイムシフトを起こすのかというと、医学界はこれまでの治療が正しく前述の治療は異端であるとする現状(パラダイム)があるからである。新しい傷の治療は、痛くなく早く治り、消毒薬や薬剤の使用が減るので医療費も削減できる。糖質制限食も、糖尿病治療に1.2兆円かかっている医療費を減らし、ほかの生活習慣病の治療費をも減らすことが可能になる。
 では、なぜ遅々として普及しないのかと言えば、専門家と呼ばれる医者たちの多くが反対しているからである。新しい傷の治療も糖質制限食も、極論すれば素人でも治療可能であり実施すればみるみる改善していく。そのことで困るのは、それまで傷の治療や糖尿病を専門にしていた医者たちである。この治療が普及すれば、専門性は不要となり、飯の種を失うことになる。同様に、製薬会社も薬が不要になれば大きな痛手を受けることになるので当然反対することになる。栄養士も肥満や糖尿病治療に関わっていることが多いので、糖質制限が普及すればこれまでのカロリーを中心とした知識を捨て、新たに学びなおす必要が生じるので反対することになる。
 しかし、一度自分で試した人はこれらの治療が正しいということがわかり、今までの治療が間違っていることがわかる。医者の中にも試してみて、患者にとって新しい治療のほうが優れていると考えている人もいる。昔とことなり、インターネットの力は大きく、夏井先生も江部先生も情報をネット上で常に発信している。ガリレオの時に170年を要したパラダイムシフトが、何年で起きるのか楽しみである。皆さんに今回紹介したこれらの方法は自分で試すことが出来るので、お勧めするし、ぜひ試して頂きたい。