2019年11月22日金曜日

【TORCH Vol.117】剣道から学んだこと ~1冊の本との再会~ 荒木 貞義


                      現代武道学科 准教授 荒木 貞義


図書館での再会



仙台大学に着任後、図書館で私に衝撃的な出会いがあった、1冊の本である。

岡村忠典先生の『剣道教室』が、図書館の書棚の隅にあった。

その本は、私が大学時代に剣道の指導をいただいた恩師の著書である。

東京を離れ、まさかここで目にするとは思いもせず、不安を感じながら赴任してきた私は、恩師に出会えたような気持ちになった。



この『剣道教室』の内容は、剣道の指導法や練習法について、現代的視点から正しい技術の習得のしかたや、新しい剣道修練のあり方についてまとめられたもので、「剣道は教育である」という立場をとっている。

剣道が個人の限りない人間育成と社会発展に寄与するものでなければならないとし、剣道の練習は何のためにやるのか、続けていたらどのようになるのかを考えるように述べられている。



 全日本剣道連盟は、「剣道の理念」・「剣道修練の心構え」を発表している。(昭和50年3月20日制定)

「剣道の理念」

剣道とは剣の理法の修練による人間形成の道である

「剣道修練の心構え」

剣道を正しく真剣に学び

心身を錬磨して旺盛なる気力を養い

剣道の特性を通じて礼節をとうとび

信義を重んじ誠を尽して

常に自己の修練に努め

以って国家社会を愛して

広く人類の平和繁栄に

寄与せんとするものである



『剣道教室』では、剣道の練習を続けることによってどのような影響があるのかは、人によって違った結果が出ることがあるかもしれない。その人がどのような態度で、どのような方法で、どのような指導者によるかによっても差がでてくる。したがって、一番大切なことは、「正しく、真剣に学ぶ」ということに徹することであり、ただひたすら一生懸命に剣道に打ち込むようにと述べた上で、3つの効果を解説している。

     身体的な面からみた効果

      ・敏しょう性と巧緻性の育成

・瞬発力の育成

・持久力の育成

・正しい姿勢の育成

     精神的な面からみた効果

      ・努力の習慣と忍耐力の増加

・気力が高まる

・集中力と決断力と自主性の育成

     社会的な面からみた効果

      ・責任感と協調性の育成

・相手を尊重し礼儀を重んずる態度の育成

・健康安全に対する態度の育成



学生時代の私は、「強くなりたい」「試合に勝ちたい」と技術に関することばかり考えていた。

岡村先生からは、日々の稽古を通じて「正しい剣道」・「生涯剣道」について指導していただいていたが、当時勝手に理解していた私は、その後「剣道とは何か」「剣道の練習は何のためにやるのか」について、剣道の奥深さを知ることになる。



剣道を通した経験



大学卒業後、皇宮警察に入ってからも剣道を続けることができた。

警察剣道の目的は、技術の向上もさることながら、体力・気力を養い、規律・礼節を身に付けた皇宮護衛官を育成することにより、警察組織の執行力の向上に寄与することにある。

単に体力・技術の向上や勝敗の結果のみにとらわれるものではなく、皇宮護衛官としての職務「皇室守護」に直結したものでなければならないということである。

皇宮護衛官は、現場に臨んだとき、凶徒に対して臆することなく怯まずに制圧逮捕することは当然であり、有事の際にも常に平常心を失うことなく、冷静沈着、且つ、迅速的確なる処置を講じなければならない。また、常に敬意や愛情を持って接することが必要であり、真に国民から信頼される強い皇宮護衛官でなければならないのである。そのためには、平素から真剣に剣道の稽古に励むことが大切であり、日々の訓練を通じて強靭な体力を養い、技術(目付、間合、体捌きや打突など皇宮護衛官の職務執行に必要な剣道の基本的技術)を修得することが必要である。

これらの根底にあるのは、「剣道の理念」・「剣道修練の心構え」である。



特別訓練員として選ばれていた期間には、日本を代表する多くの選手や、先生方と稽古をすることができた。

また、済寧館(皇居内にある道場)で行われた「天覧試合」に出場することもでき、平成12年には、天皇皇后両陛下の外国御訪問の際、側衛官(側近護衛を担当する皇宮護衛官)として同行し、フィンランド国ご滞在中に、当時の首席随員として随行された橋本元総理大臣と同国の剣友と稽古するという特別な経験もさせていただいた。なんと政府専用機内に剣道の防具を積み込んだのは、この時が初めてだったらしい。

同国での稽古状況については、帰国途上の専用機内で首席髄員から両陛下へご説明され、その場で両陛下から「お言葉」をかけて頂けた。

後日談となるが、側衛官は、両陛下から名前で呼ばれることはないのだが、それ以降退官するまで、しばしば「剣道の荒木さん…」と呼ばれた。

このことは、私にとって生涯忘れることができない。

このような数々の貴重な経験ができたことは、剣道を辞めずに続けてこれたおかげだと思う。

今まで指導をしていただいた先生方や、剣道を続けさせてくれた家族に対し、感謝の気持ちでいっぱいである。



私は剣道を指導するにあたり、試合に勝つことも大切なことだと思うが、剣道の真の目的は、「何か人のためになる人間に成長すること」と伝えていきたいと考えている。



図書館で『剣道教室』と再会したことで、剣道から学んできた原点に再び振り返ることができた。