2014年6月11日水曜日

【TORCH Vol.052】「世界最大の祭典の裏で」

吉井秀邦

2014年6月12日、過去5回の最多優勝を誇るブラジルでFIFAワールドカップが開幕する。ブラジルでワールドカップが開催されるのは2回目であり、前回は1950年に開催された。その時は4チームによる決勝リーグの最終戦でウルグアイに負け、惜しくも優勝を逃している(マラカナンの悲劇)。よって今回は母国開催で悲願の優勝をブラジル全国民が願っているのだろうと思っていたら、1年ほど前からブラジル国内でワールドカップ反対のデモが起きているというニュースが日本でも報道され始めた。
 当初は「ワールドカップ開催には本当は賛成しているが、このワールドカップという全世界が注目する時期に、自分達の主張を全世界に届けたい「層(グループ)」が便乗してデモを行っているのかな?」と思っていたが、そうでもない事が少しずつ報道等でわかってきた。「BRICS」と持て囃されブラジル国民全体が少しずつ豊かになってきたが、リーマンショック等の経済危機で大きく状況は変わり、所得格差がかなり広がってしまった。そういった状況で、新たなスタジアム建設や改修に多額の費用をブラジル国民の税金から投入する政府に多くの国民の不満がぶつけられたのである。特に医療と教育の分野に対して不満を述べるデモが多く、「病院の数を増やせ」、「教員の賃金を上げろ」と書かれた横断幕が多く見られた。私は10数年前に南米チリで仕事をしていたが、チリ人の友人から「父親が地方の小学校の校長先生をしているが、給料がかなり少ない。」との話を聞いた事がある。南米では教員や警察官の待遇が悪いとの事であった。そういう問題がメディアで取り上げられ、さらにワールドカップ開催による経済的効果の恩恵は、ブラジル国民よりも他ならぬFIFAが与る事が報道されるにつれ、大会開催反対のデモが拡大していったのである。
 一方、2020年に東京でオリンピック開催が決まり、多くの日本のスポーツ関係者(私も含め)は喜んだ。しかし、2016年開催に立候補し敗れた時には、都民の多くが開催に反対していた事は忘れてはいけない。
 「ロサンゼルスオリンピック以降、オリンピックやワールドカップ等を開催する事で、開催都市は多大な経済的な利益を受ける事ができる。」という意見や、「スポーツに国民が興味を持つことで、健康で豊かな社会づくりに貢献できる。」という意見は開催に肯定的な意見だが、一方で「経済的な利益を受けるのは、建設業やスポーツ関係団体だけ。」という意見や「建設した施設等のインフラがその後財政の負担となる場合もあり、長期的には開催による経済効果はマイナスとなる。」という声も多くあるのが事実だ。
 我々のようなスポーツに携わる人間は、オリンピック開催によって直接的でなくても間接的に多くの恩恵に与る側になるからこそ、負の一面を積極的に知る事は大切な事であろう。そういった意味で、本からは多くの事を学ぶ事ができる。客観的な視野を持ち、スポーツがもっと社会に受け入れられるように、これからも読書を続けていきたい。
今回はブラジルワールドカップに関連し、最近読んだ本のうち下記2冊を紹介したい。
 2010年に発刊された「あの野球選手とゴルフ選手はどちらが儲かるのか?」(著者;松尾里央、税理士)では、東京オリンピックで一番儲かるのは誰か?という問いと東京都が公表していた「予算表」を基に筆者の見解等が書かれている。スポーツ関係者以外の開催国・開催都市の市民にはどのような開催メリット、デメリットがあるのかを再考する一つの材料となった。この本はスポーツという身近なものから「会計」を学んで欲しいという思いで筆者が書いたものだそうだが、税理士の方から見た「スポーツ業界」というのが大変興味深く一気に読み進んでしまった。
 もう一冊は、プロ野球やJリーグに独占的にデータを提供する(株)データスタジアムの元会長である森本美幸氏から先日紹介頂いた「今いるメンバーで「大金星」挙げるチームの法則」(著者;仲山進也)である。「ジャイアントキリング」という漫画を題材に取り上げ、いろいろなチームビルディングのマネジメント手法が誰でも簡単にわかるように書かれている。チームの成長法則が取り上げられ、一般的にチーム(企業)の成長ステージには4つの段階があり、1)フォーミング、2)ストーミング、3)ノーミング、4)トランスフォーミングの段階を踏むことが説明されていた。
 前回南アフリカワールドカップに臨む岡田ジャパンは、直前の親善試合等で負け続けストーミングの時期に入り、多くのメディアから岡田ジャパンは酷評されたが、大会が進むにつれトランスフォーミングの段階まで一気に進み、最終的にベスト16という結果を残した。今回ブラジルワールドカップに臨むザックジャパンは、数年前に一度ストーミングの時期があったが、その後順調にきている。
相手もある事でこの状態がどのような結果を生むか現段階ではわからないが、是非ともわくわくするような魅力的な試合となって欲しいと願っている。

紹介した本
「あの野球選手とゴルフ選手はどちらが儲かるのか?」(著者;松尾里央、税理士)
「今いるメンバーで「大金星」挙げるチームの法則」(著者;仲山進也)