2021年10月19日火曜日

【TORCH Vol.133】 「思いどおりになんて育たない」

 教授 賞雅 さや子 

 私の専門分野は保育・幼児教育ですが、「育つ」「育てる」ということ全般に関心があります。ご紹介する、アリソン・ゴプニック著、渡会圭子訳、森口祐介解説『思いどおりになんて育たない-反ペアレンティングの科学-』(森北出版、2019年)は、心理学者・哲学者である著者が「親が子を育てる」という営みを科学的に追及する専門書でありますが、私はこの書を読んで、子どもだけではなく、若者も、大人も、そして私自身も「思いどおりになんて育っていない、育てられない」とひどく納得した、そんな1冊であります。

 「親が子を育てる目的とは何なのだろうか。子どもの世話はきつくて骨が折れるが、たいていの人が深い満足を感じている。それはなぜなのか。それだけの価値があると思える理由は何なのだろうか。」という問いからこの本は始まりますが、著者はこの問いに対して「現在のペアレンティング(親がなすべきこと)と呼ばれるものの考え方は、科学的、哲学的、政治的な観点から、そして人の生活という面から見ても、根本的に誤りであることを論じたい」という立場で、つまり、解説者の森口祐介氏の言葉を借りると「世の中にあふれる育児書に対する不満をぶつけて」、子どもの発達、学習、遊びなどについて論じています。

 本書の原題「The Gardener and the Carpenter(庭師と木工職人)」は、ペアレンティングがこうあるべきと推奨する親像を木工職人に、著者の提案する親像を庭師に例えたタイトルです。木工職人は設計書に従って材料を組み立て、頭に思い描いた品物をいくつでも同じ形に作り上げるのに対し、庭師がいくら念入りに計画を立てて、丁寧に世話をしても、思ったところに思うように花が咲かなかったり、病気になったり、枯れてしまったり、時には蒔いた覚えのない芽が伸びてきたりもします。子どもも植物同様思いどおりには育たないものだし、子育ても園芸のように「思いどおりにいかない」ものであることをイメージするものです。

ではなぜ育てるのか。育てることに価値があるのはなぜなのか。どのように育てたらよいのか。その答えはぜひ、本書をお読みいただき、考えてほしいと思います。この書は子育てに関する本ではありますが、私にとってそうであったように、子育てにとどまらず、広く養成や教育(育てること)、さらには私がどう生きるかということにまでヒントを与えてくれるものと思います。


2021年10月5日火曜日

【TORCH Vol.132】 私の読書歴

准教授 小西 志津夫


 私が初めて出会った本は、「いるいる おばけが すんでいる」という絵本です。このタイトルは後に「かいじゅうたちのいるところ」と変更になりました。作者は、モーリス・センダックという絵本作家で、この作品の他にも数多くの絵本を執筆しています。コルデコット賞や国際アンデルセン賞、ローラ・インガルス賞、アストリッド・リンドグレーン賞等々、多くの賞を獲得している絵本作家です。この「いるいる おばけが すんでいる」の日本語訳監修委員には三島由紀夫の名前も記載されていて、世界的なベストセラーとなり、子どもたちの心を引きつけた絵本です。当時の私はドキドキするストーリーの展開と、心地よいリズムの言葉遣いにはまりながら、表紙や文中に描かれていた怪獣のイラストに恐怖を覚えた記憶があります。物語の主人公は、いたずら坊主のマックスです。ある日、彼はいたずらが過ぎて、お母さんが反省のために子ども部屋に閉じ込めてしまいます。すると、部屋では不思議な世界が広がり、森や海が現れ、マックスは船に乗って怪獣の世界にたどり着いてしまいます。そこで彼は王様となって、怪獣たちと楽しく過ごしますが、次第に家が恋しくなって部屋に戻るというお話です。大人になってからもこの絵本を読むと、夢の世界と現実の世界での出来事が子どもの頃の気持ちを思い出させてくれる一冊です。

 小学校に入学する頃になると、我が家には世界名作全集全○巻という本がやってきました。しかし、私はそれらの本には目もくれず、十返舎一九の東海道中膝栗毛を読んでは伊勢詣でに出かけた弥次郎兵衛と喜多八の面白おかしい旅の物語を空想しながら大笑いしていました。その後、ジォナサン・スウィフトのガリバー旅行記に出会い、ガリバー旅行記は実は4部構成になっていることを知りました。第1部では大きな人間として小人国へ行き、第2部で小さな人間として大人国へ、第3部では空飛ぶ島と気違い科学者アカデミー、この第3部ではイングランドの当時の政策を批判する内容で書かれていたことを後に知りました。そして最後の第4部では、理性ある馬の国へ行く展開になっています。続・ガリバー旅行記の表紙には空飛ぶ島(イングランド)が描かれていて、アイルランドを植民地化して弾圧している風刺画になっています。何気なく読んでいたガリバー旅行記の内容に国家間の政治的な関係が書かれていたことを後々知りました。

 中学生になると、友情という小説に出会いました。作者は、武者小路実篤です。その後、愛と死、真理先生等々を読みました。武者小路実篤は、この世に生を受けた人間ひとりひとりが「自分を生かせる世の中になってほしい」という人間愛を文学作品や戯曲、絵画に込めています。彼は、作家としてだけではなく新しき村というユートピアを創り、そこで短い期間でしたが実際に生活していたようです。私は中学生の時に彼の作品に出会い、彼の人物像と生き方憧れていかもしれません。

 教員になってから手元に必ず置いているスーザン・バーレイ作の「わすれられない おくりもの」という絵本を紹介します。この絵本は、死を迎えるとはとういうことなのか、亡くなった人にどう向き合えば良いのかを分かりやすく教えてくれます。物語は、みんなに頼りにされているアナグマが自分の死が近いことを知り、友達に手紙を書きます。そして、不思議な夢を見ながら死んでしまいます。アナグマの死を受け入れられない友達は、彼との思い出が宝物として心に刻まれていることによって、悲しみを乗り越えることができたというお話です。私がこの絵本を知ったのは病弱児の教育に携わり、小児がんの治療・研究で有名な聖路加国際病院の細谷亮太先生にお会いしてからです。それまで、私は勤務する学校で筋ジストロフィーや白血病、医療的ケアが必要な子どもたちが亡くなるケースを何度となく経験していました。子どもたちの死によって担任の先生のフォローはしていましたが、残された家族のことはあまり考えていませんでした。細谷先生との出会いによって、子どもが亡くなった後の家族のフォローも大切であることを知り、数年後に家族の皆さんの気持ちが落ちついた頃に、この絵本をプレゼントして宝物を発掘しています。

 最後に、このブログを書くにあたり、私の読書遍歴を振り返ることによって自分自身を見つめ直すことができました。最近では、スーパーに買い物に行っても値段や説明書きが読みづらいほど老眼が進んできました。読書によって想像力が豊かになったり、知識・教養が身についたり等々、多くの効果があることは分かっていながら、活字から遠ざかっていたように思います。あらためて、今後、読書が習慣化できるようにしていきたいと思います。


2021年9月21日火曜日

【TORCH Vol.131】 大量調理施設衛生管理マニュアルの理解を深めるために

 講師 真木瑛


 給食とは、「特定多数の人に継続的に食事を提供すること」と定義されており、小中学校や病院、学生食堂などで提供されている食事が該当します。この給食は、喫食する対象者の1食または1日に必要なエネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルなどの栄養素を満たすだけでなく、対象者の嗜好に適した食事を提供すること、季節感や行事食、予算などを考えながら衛生管理に気を付け安心・安全な食事を提供する必要があります。

 栄養士養成課程では、衛生管理について給食分野や食品衛生学分野の授業で学修します。この2つの分野で学修した内容を給食現場(学生のうちは、給食分野の実習や校外実習が該当)で実践できるかが重要となります。実際に、給食現場の栄養士・管理栄養士に求められる能力の1つとして「安全衛生マネジメントができる人材」が挙げられています。

 給食現場での衛生管理のベースとなるのが「大量調理施設衛生管理マニュアル」です。ここに記載されている内容を基に給食の運営を行うため、このマニュアルを熟知することが重要です。このマニュアルの理解を助けるために今回紹介する「改定 管理栄養士のための 大量調理施設の衛生管理(梶尾一監修、株式会社幸書房)」を参考にしていただきたい。(図書館に蔵書されています。)

 例えば、大量調理施設衛生管理マニュアルでは加熱調理をした場合、「中心部温度計を用いるなどにより、中心部が75℃で1分間以上(二枚貝等ノロウイルス汚染のおそれのある食品の場合は85~90℃で90秒間以上)又はこれと同等以上まで加熱されていることを確認する」とされています。基本的には中心温度75℃以上1分間以上で衛生管理をしてもらえば良いのですが、「これと同等以上」とは何でしょうか?筆者が調べた限り、給食分野や食品衛生学分野の教科書でこの件に関して記されているものは本書だけでした。本書では、「Z値を10℃とした場合には、65℃10分、85℃6秒、95℃0.6秒などで達成できる」と記載されています。


 Z値:D値を1桁変化させるのに必要な加熱温度の変化、微生物の場合通常10℃として計算している

 D値:処理の温度で供試菌(食品成分)の90%を死滅(分解)させるのに要する時間


他にも、大量調理施設衛生管理マニュアルの「器具等の洗浄・殺菌マニュアル」の部分で「作業開始前に70%アルコール噴霧又はこれと同等の効果を有する方法で殺菌を行う」と記載されていますが、「70%アルコール」の根拠が記載されていません。(ちなみにこれと同等の効果を有する方法とは、塩素系消毒剤(次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸水、次亜塩素酸水等)やエタノール系消毒剤には、ノロウイルスに対する不活化効果を期待できるものことです。)本書では、「殺菌効果は70~80%濃度で最も強い」ことが記載されています。このことが「70%アルコール」の根拠になると考えられます。また、「第4章調理環境の衛生と管理」では、大量調理施設衛生管理マニュアルの器具等の洗浄・殺菌マニュアルに沿って、写真付きで洗浄・殺菌方法が記載されています。

このような情報を基に、大量調理施設衛生管理マニュアルについての理解を深めていただき、安心・安全な給食を提供できる能力を身につけるために本書を活用いただければ幸いです。


※小中学校で給食の運営を行う際は、学校給食法などのチェックも忘れずに!

2021年9月6日月曜日

【TORCH Vol.130】 「コロナ禍」と「太平洋戦争」当時が似ている!?という話

 准教授 岩渕孝二

 東京オリンピック、パラリンピックの開催を控えた令和3年4月以降、話題になったことのひとつに
   コロナ禍の現状が80年近く前の太平洋戦争に突き進んだ当時と変わらないのでは
というものがありました。
 この話題には多少の幅はあるわけですが、いずれにしても
   ここまで来たらやるしかないと突き進む現状
とか、
   分かっているのにその場しのぎの対策しか講じない
といったもので、さらには、
   意思決定が、非常時になると全く機能しない日本社会の特質を露呈
というものもありました。
 太平洋戦争の話題になると、よく「なぜ、負けるとわかっている戦争を止められなかったのか」といったことが、取り上げられます。
運動競技を行う上での戦術や試合の流れといったことも同様かもしれませんが、警察官として、特に事件捜査に関わってきた私なりに、「進むのか、止まるのか、戻るのか」といったことは、常に考えなければならない課題でした。
 皆さんに分かり易い事例で説明すると、特殊詐欺の犯人グループのアジトが判明したとします。 苦労して判明したアジトですが、犯人は捕まらないように短期間でアジトを変えるのが常ですし、長期間の張り込みや尾行捜査等を行っても犯人グループの個人個人がどこの誰なのかを特定するには至らない、しかもアジトの中の行動が見えないため、10人もいる犯人グループの、誰がどの事件に関与しているのか特定できないということがよくあります。
この間にも犯人グループの犯行が続き、被害の拡大も懸念されるため、いつ、どのタイミングで、どのような体制でアジトを急襲するのかといったことは、アジトが判明した時点で検討しなければなりません。
一方で予定どおりに行かないのが世の常で、それこそ、犯人グループの動きがおかしい、捜査員が遠隔地で病気になり体制が整わない、しかし急襲・突入のタイミングは今しかない、さあどうするということは、日常茶飯事のことでした。
話が若干道をそれた感もあるので本題に戻します。太平洋戦争に関する著作物は、数多ありますが、
  「なぜ必敗の戦争を始めたのか(陸軍エリート将校反省会議)」
   半藤利一編・解説(文春新書)
を読んでみてはいかがでしょうか。
 戦争に関する本ということで毛嫌いされるかもしれませんが、この本を読むと、確かに戦争の中枢にいた将校のほぼ全員が戦争突入を望まず、戦争をしないための努力を惜しまなかったのに戦争に突入することになったこと、終戦後、陸軍や海軍を問わず、中枢にいた将校があらゆる角度から反省を繰り返しているのに、あまり一般の目に触れることなく、国民として反省してみること、考えてみるべきことが伝わっていないことが分かります。
また読み進んでいくと、作戦等の立案に携わった方々は、何か自分のことのようで自分のことではない感情にとらわれているような気がして、益々なぜ戦争を止められなかったのか分からなくなってきます。
様々な政策や経済理論、スポーツ理論等に関しても、高度に確立されたものがあり、そのとおりにやれば(できれば)うまくいくはずなのにそのとおりに行かないのは、感情を持つ人間による思惑のなせる業なのでしょうか。
情報量が圧倒的に少ない太平洋戦争当時はいざ知らず、これだけ情報があふれ、誰でも様々な情報を目にすることが可能となった現在において、誰もが「このままいけば、感染は拡大するだろう。」と感じているにもかかわらず、まさに感染拡大の一途を辿っていることを考えると、それは果たして、指導者側だけの責任と言い切れるのだろうか。
一見すると自分には関係ないと思えるようなことでも、他人事とせずに自分のこととしてよく考えてみることが必要ではないか、紹介した本は、そんなことを考えさせる一冊でした。

2021年2月9日火曜日

【TORCH Vol.129】 不合理だらけの日本スポーツ界

 講師 溝口絵里加

近年の日本スポーツ界は、日大アメフト部の悪質タックル問題、体操やレスリング界のパワハラ問題、日本ボクシング連盟会長の不正問題等々、不祥事がたくさんありました。ただ、これらの問題は近年、同時に「発生」したのではなく、「発覚」した問題だと思います。ずっと以前から行われてきた日本スポーツ界の悪しき伝統、風習が明るみになり、起きるべくして起きた事態と言えます。

そこで私は、スポーツに携わる者として、少しでも日本のスポーツ界を良くするためのヒントを求めて、今回ご紹介する本を手に取りました。

著者はアメリカ・スタンフォード大学のアメフト部でオフェンシブ・アシスタントを務められている河田 剛さんという方です。本書では、指導現場を知る立場から、日米のスポーツ事情や、アメリカのスポーツにあって日本のスポーツにないものや、日米のスポーツビジネスのシステムの違いを明らかにし、日本スポーツ界の問題点を挙げると共に、未来の発展に向けた提案をしています。

本書の中で、私が特に驚いたこと、考えさせられた内容を挙げてみました。

1.          大学スポーツの経済規模の大きさ、指導者の待遇

・キャンパス内に11万人を収容できるスタジアムがある

・学生アスリートを指導するコーチの年俸が10億円を超える

・大学は、スポーツによって年間100億円以上の収益を上げている

 

2.          セカンドキャリア支援の充実ぶり

・所属するプロチームが選手の大学卒業にかかる費用を負担する

・博士号取得にインセンティブを出す

 

3.          マルチスポーツに関する規定

・オンシーズンとオフシーズンを明確に定め、オフシーズンの練習を原則的に禁止する

・練習、活動時間の制限を行う

 

この他にも、多くの観客を虜にする大学生アスリートたちが、「ふつうに勉強している」ことにも大変驚きました。ある一定の成績を取らなければ、いくら“強くてすごい選手”であろうとスポーツの練習や試合に参加することが許されない。つまり、勉強せざるをえないシステムが存在することに、私は衝撃を受けました。

さて、日本スポーツ界のあらゆる問題点は、経済性が向上すれば解決する部分が多くあるのではないかと思うことがあります。スポーツをビジネスとして捉えるのが強く根付いている海外では、多くのスポーツがビジネスとして発展し、得られた利益をもとに選手や競技団体の強化が行われています。しかし、日本はスポーツを「教育」の一環として捉え、スポーツをビジネスとして捉える風潮がまだまだ根付いていない気がします。もっとお金が入り、回るようにするには何を改善し、どう取り組むべきなのか?それを考える上で参考にすべき事案がこの本にはたくさん挙げられています。

日本のスポーツ界、特に学生スポーツ界が大きく変わるための手本として、アメリカのシステムは非常に参考になると思います。ただ、必ずしもアメリカのシステムがすべて良いというわけではなく、その点は著者も本文中で何度も繰り返し言っていますが、日本のスポーツ界の現状と比べるとはるかに優れているのは間違いないです。

ぜひとも、スポーツに関わるすべてのアスリートや指導者、スタッフに読んでいただきたい一冊です。


2020年12月7日月曜日

【TORCH Vol.128】 さあ、才能に目覚めよう

 講師 片岡悠妃

 さあ、あなたの人生がスタートしてからもう20年近く経過しています。丸腰ではなかなか生きづらい人生でもあります。あなたが今生きている真っ最中のこの人生をより楽しむために、時には戦うために、使っている「武器」は何ですか?ここで言う「武器」とは、あなた自身、つまり、「あなたの強み」のことです。言い方を変えます。あなたの強みは何ですか?こう尋ねられた時に自信を持って、「私の強みは〇〇です」と答えられるか。こう尋ねられる機会がなくても、あなたは20年近くずっと付き合い続けている「自分」のことを、どれぐらい知っているか。「強み」に気付けているか。生まれながらにして誰もが人とは違う「自分だけの武器」を持っているのに、その「武器」の存在に気付かず、気付けていたとしてもその正しい使い方を知らないまま人生を終えるのは、あまりにも勿体ない。そして、その強みこそが、あなたの人生を楽しく幸福にする鍵であるということに、今ここで気付いて欲しい。

 ではなぜ、「自分」のこと、「強み」を知ることが人生において重要なのか。過去10年以上に渡りギャラップ社は、世界の1000万人以上を対象に調査を行い、毎日の仕事において強みに取り組む機会がある人は、ない人よりも何倍も意欲的かつ生産的に仕事に打ち込む傾向があり、総じて「生活の質がとても高い」と述べる傾向が高い、という調査結果を出した。幸福や成功の定義は人それぞれ違うだろうが、人は自分の得意なこと、才能を発揮している時の方が幸福と感じやすい。

 よく、ドラマや映画、ドキュメンタリーなどで取り上げられる主人公は、才能を存分に発揮している人よりも、自分の弱点と向き合い能力不足を乗り越えて成功を掴む人が多い。ここから私たちが受け取るメッセージは、「自分の弱点を克服するために努力することの大切さ」というものである。実際に、私たちが受けてきた教育の中にも、このような考えは浸透している。「強み」よりも「欠点」の方に目がいき、「強み」を磨くことよりも、「欠点」の克服に人生のより多くの時間を割きがちな私たちに、本書はこう言う。

『(欠点を克服する)「いばらの道」を選ぶな。何でもなりたいものには「なれない」が、(自分の強みを知り、強みを磨くことで)本当の自分を大きく飛躍させることが「できる」。』(欠点の克服に向き合うことが悪いわけではなく、自分の強みを知らずして欠点ばかり克服しようとすることはナンセンスである、という意味合いだろう。)

 今回紹介する『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版ーストレングス・ファインダー2.0』(トム・ラス著、古屋博子訳、日本経済新聞出版社)は、「人間の強み」に関する膨大な調査データを基に、人々に共通する34の資質(共感性、戦略性、適応性、分析思考、慎重さ、責任感、達成欲…)を言語化し、それらを発見・説明するためのアセスメントを開発し、掲載している。本書の最後のページにある封じ込みをめくって開き、封じ込みの中に記載されているアクセスコードを入手し(この過程が、自分を知るための秘密の鍵を手に入れたようでワクワクする)、オンラインのアセスメントを受ける。質問事項に答えていき、その結果に基づいた自分専用のガイドを利用することで、あなた自身の強み(トップ5)を知り、それに基づいた能力開発プランを策定することができる。つまり、あなたは1800円+税を支払うことで、才能(じぶん)に目覚めるきっかけを手に入れることができる。この値段を安いと思うか、高いと思うか。自分自身を知らないまま時が経ち、他人や社会に振り回されて死をむかえてしまうことを想像すると、ゾッとする。SNS等で他者と容易に接続することができるからこそ、あえてそこを断ち、自分と向き合う孤独な時間を作ることも、今しかできない貴重なことだと思う(大学生のうちに・・・と私自身後悔している)。これから死ぬまで一生付き合っていく自分に、少し時間を割いてはどうだろうか。

 あなたの才能はあなたに見出されるのを待っている。さあ、才能(じぶん)に目覚めよう!


『さあ、才能に目覚めよう ストレングス・ファインダー2.0』

著:トム・ラス  訳:古屋博


2020年12月2日水曜日

【TORCH Vol.127】 図書館には文化を守る役割がある

 教授 氏家靖浩 


 春から健康福祉学科に着任した50半ばのオールドルーキーです。大学の教員歴は20年を超えますし、今は立場上、学生には授業にちゃんと出席しなさい、と厳しく語るものの、若き日の自分は、それはそれはひどい大学生でした。アルバイト、草野球、読書、旅を優先し授業への出席は必要最低限といった感じでした。

 その必要最低限の授業の中のひとつに、1年次の必修科目「国文学史」がありました。月曜1時限目、遅刻は欠席扱いなので必死に出席しました。担当者は奥の細道の研究で有名な先生です。実は私はその先生の著書を既に読んでおり、授業内容は文字通り文学の歴史の基礎知識に関する概論でしたが、時折「これ、知らないでしょ?」と挟み込むエピソードはご自身の著書に関係する話題が多く、私は心の中で「オレ、知っているよ。退屈だなぁ」と思いつつ睡魔と闘って聴講しておりました。

 ところがある日の授業でその先生が突然「君たち、図書館は何のためにあるか、知っていますか?」と問いかけました。何人かの真面目な学生たちは「本を貸すため」とか「高い本は簡単には買えないので、代わりに買って貸す」といったことを答えましたが、先生は少しいらいらした雰囲気を漂わせつつも淡々と「違います」を連発しました。回答は「図書館の本当の役割は、時代の文化を守ること」と答えられたのでした。

 諸説あるのでしょうが、例えば文庫本はどんなに優れた価値や内容を持つものでも、印刷の原版が切れてしまえば印刷はできなくなり、本の形にはなりません。だから、その文庫本が流通しているうちに図書館に収蔵し、その時代の学術文化を守る役割が図書館にはあるのです、と相変わらず淡々と話されてから次の話題に移っていきました。

 電子書籍、PDF化、クラウド保存といった話題が当たり前になっている現在から見ると、ずっと昔のことのようですが、ほんの30年ほど前のこの星のリアルな話です。もはや時代劇ですね。

 ただ、とにかくこの時の私には、青天の霹靂というか、目からウロコが落ちたというか、価値観のコペルニクス的な転換というか「勉強になった、大学に入れて良かった」という熱い思いが込み上げていたのです。『時刻表2万キロ』(河出書房新社、1978年)や『時刻表昭和史』(角川書店、1980年)の著者である紀行作家・宮脇俊三氏が「鉄道の主たる任務は貨物・荷物を運ぶことであり、人間はついでに乗せているに過ぎないということを知って激しい衝撃を受けた」と記し、そのことを宮脇氏を通して私も知って激しい衝撃を受けたことを覚えていますが、それに匹敵する衝撃が走ったのが、この図書館の任務を知った瞬間でした。私も単純に図書館は本を貸してくれるところ、といった印象しか持っていなかったので、それ以来、図書館のことが話題になるたびに、文化を守る役割があるんだよなぁ・・という厳粛な思いを持つようになったのでした。これを知ることができただけでも、大学に入れて良かったと思ったものです。

 しかし、残念な私はその後、この授業の感動はあっという間に忘れてしまい、成績は低空飛行のまま卒業しました。バブル景気がまだまだ加速していた時代でしたが、私はどうしても心の病気を良い方向に向ける医療に関わりたくて精神科病院のカウンセラーとして就職しました。でも、いざ仕事としてカウンセラーをやってみると、知識不足を痛感する毎日です。そんな折、出身の大学の大学院では、社会人の経験も交えて勉強することがとても重要であるというメッセージを打ち出しており、思い切って勤務していた病院を退職し、あらためて大学院生として学生生活を送ることにしたのです。

 社会人の時の蓄えと奨学金、それにパートタイマーとして病院や福祉施設のカウンセラーとして食いつなぐことで大学院生としての生活を送る決意を固めましたが、大学院に入学して早々、大学の図書館からある情報が流れました。それは「大学院生も増えてきたので、図書館を夜も開館したい。しかし、スタッフは少ないので、夜のカウンター業務や急速に進みつつあった図書の電子化登録作業については給与を支払うので、大学院生をアルバイトとして募集したい」というものでした。

 この話を聞いて私の頭には、ふたつのことが思い出されました。ひとつは単純に「お金」であり、もうひとつはあの授業で聞いた「図書館には文化を守る役割がある」という言葉でした。実利と名誉のふたつの思いから早速応募しました。しかし、応募者が多数なので、あとで図書館長が面接をして採用する人を決めます、とのことでした。

 後日、私の面接の日、さて図書館長は誰だろうと思いつつドキドキして面接室に入ると、そこにいた図書館長は、かつて私に「図書館は文化を守る役割がある」という授業をしたあの先生だったのです。その先生は私の経歴を見て「社会人からわざわざ入学したんだ」と少し驚かれ(何年も前のことですし受講している学生も多く、ましてや不真面目だった私のことなど覚えているわけはありません)「図書館は何のためにあると思いますか?」という質問を投げかけて寄こしたのです。私は冷静に心の中の時計を逆回転させて、以前その先生が話されたように回答しました。

 もともと合否は後日お知らせしますとありましたが、この回答が気に入られたのか私はその場で採用が決まり、面接の直後には早くも図書館の仕事を任され、大学院生兼夜の図書館スタッフ(ほかにパートタイマーとしてカウンセラー、ラーメン屋さんのどんぶり洗い、古本屋さんの店番)に就任した次第です。

 まとめです。学生時代にサボりまくった私が言うと説得力に欠けますが、学生の皆さん、学生の本分はやはり勉強です。ちゃんと授業に出て、先生の話に耳を傾けましょう。授業でしっかり学ぶことで時間を有効利用して、部活や学生生活をより一層エンジョイさせることができるはずです。そうすると私のように(?)めぐりめぐって少しはいいことがあるかもしれませんから。