2018年6月19日火曜日

【TORCH Vol.103】「先生」のため?「子ども」のため?

講師 渡邉泰典  



 ここに「開かれた学校の功罪 ボランティアの参入と子どもの排除/包摂(武井哲郎著,明石書店)」という一冊があります.本書は著者武井哲郎氏が数々のフィールドワークを通して,学校と家庭・地域の関わり方について講究した全7章の構成になっています.まえがきを読み始めると,なるほど,著者の問題提起はクリティカルで,各章で次々に提示される課題とそれに対する論考は随所に示唆に富んでいます.
 もしかすると,このブログの読者である学生の皆さんもボランティアとして学校における教育活動に参加している方もいらっしゃるかもしれません.それでは,子どもの学びや育ちにとって有効な「開かれた学校」とはどのようなものなのでしょうかと尋ねてみたとします.実際にボランティアとして活動に参加する皆さんにあっては,「そんなの,学校からの依頼に基づいて活動することが子どものためになるでしょ?」とでも答えるでしょうか.あるいは,「現場の先生たちが担ってきた雑務を保護者・地域住民のボランティアが肩代わりすれば,教職員が子どもに向き合える時間が確保されるよ!」とでも考えるでしょうか.確かに,それらが子どもたちの学びや育ちに一定の意義を持つことは否定できませんが,これはむしろ「先生のため」になることとして取り組まれていることではないでしょうか.本書は,「先生のため」に活動することが必ずしも「子どものため」になるとは限らない,というところから物語がスタートします.今日,こうした学校に関わるボランティアに暗黙の前提条件として存在する学校と家庭・地域の対立なき関係は,子どもの最善の利益を守るという目的を前にしては,時に対立をも辞さない姿勢で各々の関係性を再構築することの必要性に気づかされます.




 本書は,ボランティアの拡大には「動員」という罠が隠されていること,そしてそのボランティアが現場の教師と同じ価値や規範を共有し,自省性―再帰性(現状とは別様の可能性を探ろうとすること)を持ち合わせていなければ,かえってボランティアの参入が教室内の差別や排除の構造をより強固なものとする様子が生々しく記されています.

本書は,インタビューを通して,実際に現場で活動に参加しているボランティアの方の葛藤や苦悩の様子が,当事者たちの語り口調そのままに記されており,かなり多くのページが充てられていますので,全体的に読みやすいと思います.これから教育の現場に立とうと志し,一心に採用試験に向けて勉強している学生の皆さんには,コーヒーブレイクタイムにでも是非一度,手に取って読んでほしい一冊です.

2018年6月14日木曜日

【TORCH Vol.102】「一投に賭ける」



体育学科スポーツコーチングコース

陸上競技部 投てきコーチ 

宮崎 利勝


 私は陸上競技の投てきを専門としています.日本人で投てきといえば,アテネ五輪の金メダリスト,室伏広治選手を思い浮かべる人が多いと思います.しかし,室伏選手が世界トップで活躍する以前に,投てき競技において世界と肩を並べて活躍していた日本人がいました.本書はその人,溝口和洋選手のやり投げを記したものです.

 1989年,溝口選手はやり投げで8768を投げました.当時の世界記録を2センチ上回る記録です.場内に世界新記録樹立がアナウンスされましたが,なぜが再計測….再計測の結果は8760.当時の世界記録(8766)に6センチ足りない記録となりました.「幻の世界記録」となりましたが,世界トップの実力を示し,その後も世界の舞台で活躍をしました.

 この本の中では,溝口選手がやり投げという競技にどのように向き合ってきたかが,本人の言葉で表現されています.

 例えば,

『「やり投げ」を考えるだけで,これまでのトップ選手のフォームが脳に焼きついてしまっているので,偏見から抜けきらない.そこで私が考えたのは,「全長2.6m,重さ800gの細長い物体を遠くに飛ばす」ということだ.』

これはトップ選手の真似をするのではなく,自身のやり投げを作っていく過程での言葉で,他にも投げの動作を『やりを保持して全力で走り,車に衝突するイメージ』などと独自の表現をしています.自由な発想,独自の視点を持ち,自身のやり投げを極めていきました.

また,溝口選手は体格で欧米人よりも劣る分,ハードトレーニングを積み重ねたことでも有名でした.

12時間ぶっとおしでトレーニングした後,23時間休んで,さらに12時間トレーニングすることもあった』

『他の選手の3倍から5倍以上の質と量をやって,初めて限界が見えてくると私は考えている』

私も知人から聞いたり,記事を読んだ事がありますが,本当の壮絶なトレーニングを自分に課していたそうです.

記録を残すために想像を絶するトレーニングを課す課程はなかなか真似のできることではないと思いますが,世界トップクラスまで上り詰めた溝口選手の生き様は,現在部活動に取り組んでいる学生の皆さんにもぜひ読んでもらいたいと思います.

 






                          





2017年10月19日木曜日

[TORCH Vol.101]「ラーニング・コモンズに集う電子ジャーナル編集長、勉学に励む学生、そして将来を担う幼児達」

                                 柴原茂樹
     
    小学生の頃、探偵小説や冒険小説に夢中になっていました。そのおかげで、熱帯地域には恐ろしい熱病であるマラリアが猛威を振るっていることを知りました。以来、マラリアは私の興味の対象であり、講義で赤血球関連の話になると熱が入るのはそのためです。なお、マラリア原虫は肝細胞経由で赤血球に寄生し、脳マラリアなどの重篤な合併症を惹起します。事実、年間約30万人の乳幼児がマラリアで亡くなっています(WHO 2015年)。 
    大学生時代もそれなりの読書家だったと思いますが、卒業後、読書量は激減しました。現在、読むのは研究に関連する文献、他人が書いた投稿論文、及び週刊誌Natureだけです。よって、本ブログを書く資格は無いのですが、折角の機会を与えて頂きましたので、長年従事している編集長業務、関連する諸問題、及び雑感を紹介します。卒業論文を書く学部学生諸君と修士論文を書く大学院生の皆さんに、多少なりとも参考になれば幸いです。

The Tohoku Journal of Experimental Medicine http://www.journal.med.tohoku.ac.jp/
私は、平成15年(2003年)より、月刊の英文総合医学雑The Tohoku Journal of Experimental Medicine (TJEM) の編集長を務めています。平成25年度より科学研究費助成事業 (研究成果公開促進費)「国際情報発信強化」の支援 (No. 252007) を得ている立場上TJEMを紹介させて頂きます。TJEMは、1920 (大正9) 、東北帝国大学医科大学により創刊された日本最古の国際的な総合医学雑誌です。当初より、国内外の医学研究の成果を広く世界に紹介してきました。特に、終戦直後の1946年を除き、定期的に発行され続けてきた実績は高く評価されています。創刊号から毎月の最新号を含め、TJEMの全掲載論文がweb上で無料公開されています(オープンアクセス刊行)なお、2011年の東日本大震災を契機に、防災科学をTJEMの対象領域に追加しました。東京オリンピックが開催される2020年に、TJEMは創刊100周年を迎えます
毎年、700編の論文がTJEM投稿され、そのうち約80%が海外からの投稿です。国外の研究者からこれほど支持されている国内刊行雑誌は他に例がありません。投稿論文の審査は、査読者(reviewer)、編集委員、及び編集長の連携に基づき、全員のボランティア活動として実施されます(平均査読日数:約16日)。毎年、のべ約800人の世界中の研究者に審査(peer reviewして頂いており、査読者の皆様には心より感謝しています。継続して刊行されてきた実績に加え、公平、的確、かつ迅速な審査体制が、TJEMの人気を支えています。なお、論文の採択率は20%程度であり、掲載されるのはかなりの難関となっています。

電子ジャーナルの問題点
大手の出版社が刊行する電子ジャーナルは、善意の研究者によるpeer reviewを経た論文を掲載します。そして、当該出版社は大学等(研究者)に電子ジャーナルを販売し、莫大な利益を得ています。このような現状への批判から、近年、無料でアクセス可能な電子ジャーナルが多数誕生しています。事実、毎日のように、私にも論文投稿の依頼メイルが届きます。しかし、増加する電子ジャーナルの信頼性が懸念されています。例えば、著者を食い物にするような雑誌Predatory journals”が知られています (Nature 549: 23-25, 2017)。すなわち、おざなりの審査で論文を採択し、高額の掲載料を徴収する雑誌です。一方、電子ジャーナルの信頼性を探る為に、善意の(?)専門家がイカサマ論文 Spoof paperを作成し、標的とする雑誌に投稿します。このようなSpoof paper には専門家が審査すればすぐわかるような欠陥・瑕疵が仕込まれています。もしイカサマ論文が採択されると、著者はその論文を撤回し、採択した雑誌名を公表するのです(Science 242: 60-65, 2013)Spoof paperを採択してしまった雑誌は面目を失うことになります。

論文執筆者(著者)の問題
        世界的に研究不正が大きな問題になっています。残念ながら、研究者・著者は嘘をつくのです。研究データの捏造は論外ですが、捏造されたデータを容易に見抜けるものではありません。興味のある方は、黒木登志夫(著) 「研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用」 (中公新書)  をご一読ください。ご参考までに、時に経験する具体例を紹介します。
 ・剽窃(ひょうせつ): 概ね、コピー・アンド・ペーストのことです。TJEMでは、2012年から剽窃検知システムを導入し、全ての投稿論文を予め調べています。例えば、英語を母国語としない著者が、先行論文の英語表現を借用する場合です。なお、引用文献を明記し、著者自身の先行論文からの転用であっても、問題になり得ます。現在、多くの大学は剽窃検知ソフトを導入し、学位論文などにおける盗用の有無を調べています。
 ・Fake peer review: 偽の論文審査という意味です。前述のように、peer reviewは論文の質を担保する最も重要な過程ですが、そこに疑念が生じているのです (Nature 546, 33, 2017)。例えば、偽名と偽メイルアドレスを使って著者自身、あるいは仲間の研究者を査読者に推薦し、当該雑誌が推薦された査読者に審査を依頼すると好意的な評価意見が届くという仕掛けです。よって、好意的な意見であっても、油断はできません。

仙台大学が誇るラーニング・コモンズ
編集長は多様な著者達に対応しなければならず、苦労は尽きません。幸い、私の研究室はラーニング・コモンズ棟(LC棟)2階にあります。インターネット全盛の時代であっても、学生にとっての図書館の重要性に変わりはありません。近年、多くの図書館が「ラーニング・コモンズ」の機能、すなわち、学生のための学習スペースの整備に力を注いでいます。仙台大学では、図書館にラーニング・コモンズLC1階)が隣接しています。そこには机と椅子が配置され、学生諸君が、自由な議論、あるいは様々な資料を広げて学習できるようになっています。ラーニング・コモンズを活用している学生諸君を眺めると、なんとなく私も鼓舞されます。

特筆すべきは、LC1階にはプレイルーム(保育室)が隣接していることです。そこに集う幼児達の姿や声は私を癒してくれます。神経系の発達が著しい幼児期にこそ楽しく体を動かすべきであり、遊び(楽しい運動)により、子どもの健全な発育が促されます。将来、心身共にバランスのとれた社会人、あるいは研究者に育ってくれることでしょう。関連して、仙台大学が開学50周年を迎える2017年に、子ども運動教育学科が新設されたことは素晴らしいと思います。同学科の発展を楽しみにしています。

2017年10月6日金曜日

[TORCH Vol.100] 「私の読書遍歴?と最近読んだ本について」

                          現代武道学科 講師 田 中 政 孝

  私はこれまで、あまり本を読んでこなかった。強いて本を読むといえば、推理小説である。今回、書燈への投稿依頼があり、さて、何をどうしたらよいか考えたとき、まず、自分の読書遍歴?について考えてみることにした。小学校の頃によく読んだのは、アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』である。中学校以降は、朝から晩まで部活の連続で時間もなく、教科書や参考書のほかはあまり読まなかった。そして、社会人となった警察官時代は、仕事や昇任試験対策として法学関係の本や参考書等が大半であった。そんな中で、現在まで、息抜きとして時折読む本がある。それは、西村京太郎の『十津川警部シリーズ』である。テレビドラマでも放映されて、ご存じと思うが、警視庁捜査一課の十津川省三警部が主人公で全国各地を舞台としたトラベルミステリーである。 

これが学生諸君にお勧めかどうかはわからないが、私にとっては、一種のオアシスである。特に事件の謎解きと人間模様、土地柄の描写が好きで、十津川警部になりきっている自分がそこにいるのである。また、出張や旅行でその場所や列車に遭遇した時の何とも言えない懐かしさ、喜び(自己満足)は格別である。 

さて、私の読書遍歴は前置きとして、本題に入らなければならない。そこで、まず、これまで各先生方がどのような投稿をされているのかを確かめたくて、「書燈・平成29年4月1日発行版」を読んでみた。その中で、中井憲治先生が紹介している元警視庁警察官の大館和夫氏の語りを収録した『ゼロ戦特攻隊から刑事へ』という本に興味を持ったので、早速、読んでみることにした。本書の概要については省略するが、中井先生が文中で書かれておられるように「少年特攻隊員の貴重な歴史資料であるともに、刑事、そして民間人として生涯、剣道を見事に実践した記録として第一級のもの」と私も感じるとともに、大変感銘を受けた。すでに、学生諸君をはじめ、多くの皆さんが読まれていることと思うが、まだの学生諸君には、是非とも読んでほしい一冊である。 

次に、図書館の新刊コーナーで、ふと目に入ったのが『古代史が解き明かす日本人の正体』(関 裕二 著 ㈱実業之日本社)という本である。「古代史が解き明かす」というフレーズは何かロマンを感じずにはいられない。また、「日本人の正体」とくればますます興味がそそられ、読んでみることにした。本書では、日本人の正体について、世界に類を見ない「天皇」の存在。日本独自の信仰「神道」の秘密。日本人の本当の「戦争倫理」。日本人と日本がこれから「歩むべき道」。の順に歴史や日本書紀を引用しながら論じている。 

元来、日本人は、勤勉で実直であり、礼儀正しく、穏やかで、お人好しだったのではないか。太古の昔から日本人は、大自然を恐れ、崇め、祀ってきた。そして、「和をもって貴しとなす」、「大いなる和の国」として統一されたのが大和朝廷である。こうした考え方から日本人の資質や性格が形成され、美徳として伝承されてきた。16世紀において西欧人は、日本人の資質や性格を称賛している。しかし、そんな日本人が、なぜ、戦争に熱狂し、無謀な対米戦争に突入していったのか。

そして、なぜ、日本人は戦後、歴史を喪失し、日本的な信仰、考え方、立ち居振る舞いを忘れてしまったのか。何もかも欧米的なことが格好良く、正しいわけではない。「昔のままで良かったのかも?」、そして、日本人の正体とは?。これから日本人と日本が歩むべき道とは?。一読してみてはいかがだろうか。 

今、世界の人々が日本の良さに気付き、学ぼうとしている。学生諸君も「温故知新」、もっと日本の歴史、伝統文化と和の心を知り、日本の良さ、日本人の良さを知り、日本人としての誇りを持って世界に羽ばたいてほしいものである。

2017年8月10日木曜日

[TORCH Vol.099] 保育士による『政治学入門』―子ども・反緊縮・アナキズム―

三谷 高史


ブレイディみかこ(2017a)『子どもたちの階級闘争―ブロークン・ブリテンの無料託児所から―』、みすず書房

このブログの読者(として想定されているはず)の学生の皆さんは、「積読(つんどく)」ということばをご存知でしょうか。買った、借りた、いただいたなどした本を「あとで読もう」、「必要な時に読もう」と、積んでおく行為(=積んどく=積読)を指します。そう、「読」という字が含まれていながらも、実際には読んでいないのです。積読とは怠慢…ではなくて、忙しさの象徴です。今回、皆さんに紹介する本は積読状態──お恥ずかしい話、わたしの場合は完全に怠慢だったものなのですが、とても「良い」本でしたので皆さんに紹介したいと思います。

本書の著者、ブレイディみかこ氏は福岡県出身で1996年から英国在住、現地の保育士資格を持っている方です。著者は英国南東沿岸部に位置するブライトン市の「平均収入、失業率、疾病率が全国最悪の水準1パーセントに該当する地区」にある無料託児所――「底辺託児所」に2008年から2010年までボランティアとして従事し、その間に国の支援プログラムを利用して保育士の資格を取得しました。「底辺託児所」のある施設は、公的扶助を頼りに暮らす政治的急進主義者やアンダークラス(貧困階級)、移民の家族といった多様性に富む人びと・家族が利用していて、著者はそこで子どもたちと「格闘」しながら、英国社会を眺め、暮らしてきました。その後、著者は民間の保育所に勤務することになるのですが、そこがとある事情から潰れることとなり、2015年にまた「底辺託児所」に戻ってきます。
しかし、2015年以降の保守党政権による緊縮(財政支出を縮小する)政策の影響を大きく受けた「底辺託児所」はすっかり様変わりし、最終的にはフードバンク(現物[食料品]給付のみを実施する施設)となってしまいます。著者を育んでくれた「底辺託児所」は、最終的に潰れてしまうのです。本書は様変わりした託児所――「緊縮託児所」での日々からはじまり、後半はかつての「底辺託児所」での日々、という構成となっています。

紙幅の都合上詳細は割愛せざるを得ませんが、本書の内容には日々の出来事や保育内容・方法に関する内容も多く含まれていて、保育実践記録(というほど固い書き方でもありませんが)として読んでも充分に読み応えがあります。驚くような「問題」行動を起こす子どもたちと著者とのかかわりの中に、著者の保育者としての力量、専門性を見ることができます。しかし、わたしには本書はそれとは別の価値が、さらに言えばそれ以上の価値があるように感じられました。ただの(というと語弊がありますが)困難をかかえる託児所での保育実践記録ではない、という意味です。さらに、ここでいう価値とは保育士や教師といった子どもにかかわる仕事を目指す人だけでなく、すべての人にとっての価値です。
 具体的には、著者が日々の暮らしを通して見た英国社会のありようの記述と、それと切り離されずに語られる政治的主張です。本書における著者の主張を強引に要約すれば「反緊縮とアナキズム」となるでしょうか。極めて政治色が強く、かつ矛盾するかのようなこの二語が保育士の仕事と結びつくとは、すぐには信じられないかもしれません。「わたしの政治への関心は、ぜんぶ託児所からはじまった」という著者は、「政治は議論するものでも、思考するものでもない。それは生きることであり、暮らすことだ」と述べます。著者は緊縮が子どもの生活や保育の現場に与える影響を肌身で感じとり、反緊縮を主張します。著者は社会から「どうしようもない」とされた人間のたまり場だった「底辺託児所」が無くなる経験をもとに、人間の尊厳――アナキズム*を主張します。

 ポリティクス**はわたしたちのごく身近に存在するという事実を、子どもたちとかかわる仕事を通して教えてくれる本書は、「保育士による『政治学入門』」と評しうる1冊だとわたしは思います。

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*アナキズム[アナーキズム](anarchism=無政府主義、反権威主義などと訳されますが、アナキズムほどその内実が多様な政治思想・実践は珍しいと思います。『子どもたちの階級闘争』では、著者がアナキズムをどのように捉えているか、そう多くは語られていません。どちらかと言えば2013年に出版された『アナキズム・イン・ザ・UK─壊れた英国とパンク保育士奮闘記─』(Pヴァイン)の中にその記述が多く見られると思います。また、下記の著作リストにある複数の著作とあわせて読むと、一人の人間としての著者の思想を読み取ることができると思います。

**ポリティクス(politics=政治、政治学、政治的かけひきなどと訳されますが、もう少し広い関係性の概念として捉えておいたほうが良いと思います。政治の世界(国会や諸議会)だけで議論されるようなことがらのみを指すのではなく、日常的にも存在する「政治的・権力的関係を含む人と人とのかかわり」と捉えておくほうが良いのではないでしょうか。

【ブレイディみかこ著作リスト】※本文中で取り上げたもの以外
2014)『ザ・レフト──UK左翼セレブ列伝』、Pヴァイン
2016a)『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』、岩波書店
2016b)『THIS IS JAPAN――英国保育士が見た日本』、太田出版
2017b)『花の命はノー・フューチャー──DELUXE EDITION』、筑摩書房(初版単行本は碧天舎から2005年に出版)
2017c)『いまモリッシーを聴くということ』、Pヴァイン

【ブログ】
The BradyBloghttp://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/ [viewed 2017/08/09]

2017年8月1日火曜日

[TORCH Vol.098] 「睡眠導入剤としての本も…」


佐々木 鉄男


今から44年前、大学受験のため通っていた東京の予備校で、英文解釈を担当していた慶応大学のある教授が、「夜寝付かれないとき、適当なところを開いて読んでみたまえ。睡眠導入剤になるから…」と薦めてくれたのが、エルネスト・ディムネの『考える技術』(弥生選書・大西尹明訳)でした。昭和45年初版で、私が購入したのは48年の第3版。転居を繰り返しながら、紛失せずにまだ手元に残っていますが、外観はかなり黄ばんでいます。
確かに「じじつ、プラトンからハーバート・スペンサーにいたるまでのあらゆる哲学者は、その哲学のうちに教育論と思考の技術との二つを包含しており、したがってその二つのつじつまは合っているということになる(p.78)」等の文章をしばらく読みすすむと、心地よい眠りに誘われていきました。ところが、眠くなりかけてきたところで、急に視界が開くように活字の先に広がる世界が見えてくることがあります。そうすると、目が冴えてくる。困った本でした。(エルネスト・ディムネは1866年フランスに生まれ、第一次世界大戦後にアメリカに移住し、1930年代にベストセラー作家になったという。1954年死去。) 

 イスラム教徒の国でありながら、政教分離を進めて西側との関係を深め、EUへの加盟を目指してきたトルコの人たちの心情や日常を垣間見ることのできる小説があります。1996年にノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムクの『雪』(上下巻・早川epi文庫)です。主人公は、ドイツから13年ぶりにイスタンブールに戻ったKaという詩人。彼が少女の連続自殺の取材で訪れたトルコの北東の辺境の町カルスで、昔の学生運動の仲間だった美貌のイペキと再会。彼女との関係を中心に展開するストーリーで、世俗主義の現体制を守ろうとする勢力と、イスラム主義者、イスラム過激派のテロリストとの微妙な関係の上で日常が営まれる中、突如大雪の3日間にクーデターが発生する。トルコの人たちの置かれている複雑な状況を肌で感じることができる作品でした。
 エルドアン大統領が、首都アンカラの郊外に、まるでオスマン帝国時代のスルタンの宮殿を思わせるような大統領公邸を作り話題となった2014年の秋に妻とトルコを訪れました。ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王を公邸に迎え会談したタイミングでした。まだトルコ国内でのテロの発生はほとんどなく、イスタンブールやエーゲ海沿いのトロイ、エフェスはもちろん、中央アナトリアの方まで足を伸ばして、トルコを満喫しました。
 しかしその後、2016年に軍の一部がクーデターを起こして失敗、するとエルドアン大統領はクーデターに加わった軍人だけでなく警察や公務員、記者などに至るまで大規模な粛清を行います。さらに大統領の権限を大幅に拡大する憲法改正の国民投票を実施し、独裁体制を確立します。小説をも上回るスケールで展開するトルコの行く末に唖然とするしかありませんでした。 

スポーツに関連する本をひとつ。『たかが江川されど江川』(新潮社・江川卓+玉置肇・西村欣也・長瀬郷太郎著)
私が仙台放送に入社した昭和53年の11月に行われたプロ野球ドラフト会議、江川卓は前年のドラフトで指名されたクラウン(福岡)を断って野球留学していたアメリカから戻り、巨人と電撃契約する「空白の一日事件」の渦中、阪神が江川との交渉権を獲得。最終的に江川は一旦阪神に入団した後、小林繁との交換トレードで巨人に移籍します。
この一件によって江川はマスコミから総攻撃を受けることになります。しかし、そんな江川を冷静に見つめ、取材を続けてきた記者がいました。その一人が日刊スポーツの玉置肇氏です。彼は私の大学時代のサークルの後輩でもあり、若いころ仙台支局にも籍を置いていました。
『たかが江川されど江川』を読むと、心から野球を愛しながらも、ある「仮面」をかぶり続けて現役時代を送らざるを得なかった江川と、適度な距離を保ちながら、時代の証言者として江川を取材し続けてきた玉置記者との関係が見えてきます。
残念ながらこの本は絶版になっていて、amazonで中古か、kindle版でしか入手できないようです。

最後にお勧めの本をもう一冊
 
野球を愛したルーズベルト米大統領は「一番おもしろい試合は、8対7だ」と語ったそうで、それ以来、8対7で奇跡の逆転劇を果たした試合をルーズベルト・ゲームと呼んでいます。池井戸潤の『ルーズベルト・ゲーム』(講談社)は、廃部寸前となっていた社会人野球部が、リストラの嵐の中で存続できるのか、奇跡の逆転劇を見せるのか、夏休みに楽しみながら読める本です。テレビドラマで見てしまった人にはお勧めしませんが…。でも学生の皆さんは新聞をとらないばかりか、テレビもあまり見ていないようなので大丈夫かもしれませんね。