2019年11月22日金曜日

【TORCH Vol.117】剣道から学んだこと ~1冊の本との再会~ 荒木 貞義


                      現代武道学科 准教授 荒木 貞義


図書館での再会



仙台大学に着任後、図書館で私に衝撃的な出会いがあった、1冊の本である。

岡村忠典先生の『剣道教室』が、図書館の書棚の隅にあった。

その本は、私が大学時代に剣道の指導をいただいた恩師の著書である。

東京を離れ、まさかここで目にするとは思いもせず、不安を感じながら赴任してきた私は、恩師に出会えたような気持ちになった。



この『剣道教室』の内容は、剣道の指導法や練習法について、現代的視点から正しい技術の習得のしかたや、新しい剣道修練のあり方についてまとめられたもので、「剣道は教育である」という立場をとっている。

剣道が個人の限りない人間育成と社会発展に寄与するものでなければならないとし、剣道の練習は何のためにやるのか、続けていたらどのようになるのかを考えるように述べられている。



 全日本剣道連盟は、「剣道の理念」・「剣道修練の心構え」を発表している。(昭和50年3月20日制定)

「剣道の理念」

剣道とは剣の理法の修練による人間形成の道である

「剣道修練の心構え」

剣道を正しく真剣に学び

心身を錬磨して旺盛なる気力を養い

剣道の特性を通じて礼節をとうとび

信義を重んじ誠を尽して

常に自己の修練に努め

以って国家社会を愛して

広く人類の平和繁栄に

寄与せんとするものである



『剣道教室』では、剣道の練習を続けることによってどのような影響があるのかは、人によって違った結果が出ることがあるかもしれない。その人がどのような態度で、どのような方法で、どのような指導者によるかによっても差がでてくる。したがって、一番大切なことは、「正しく、真剣に学ぶ」ということに徹することであり、ただひたすら一生懸命に剣道に打ち込むようにと述べた上で、3つの効果を解説している。

     身体的な面からみた効果

      ・敏しょう性と巧緻性の育成

・瞬発力の育成

・持久力の育成

・正しい姿勢の育成

     精神的な面からみた効果

      ・努力の習慣と忍耐力の増加

・気力が高まる

・集中力と決断力と自主性の育成

     社会的な面からみた効果

      ・責任感と協調性の育成

・相手を尊重し礼儀を重んずる態度の育成

・健康安全に対する態度の育成



学生時代の私は、「強くなりたい」「試合に勝ちたい」と技術に関することばかり考えていた。

岡村先生からは、日々の稽古を通じて「正しい剣道」・「生涯剣道」について指導していただいていたが、当時勝手に理解していた私は、その後「剣道とは何か」「剣道の練習は何のためにやるのか」について、剣道の奥深さを知ることになる。



剣道を通した経験



大学卒業後、皇宮警察に入ってからも剣道を続けることができた。

警察剣道の目的は、技術の向上もさることながら、体力・気力を養い、規律・礼節を身に付けた皇宮護衛官を育成することにより、警察組織の執行力の向上に寄与することにある。

単に体力・技術の向上や勝敗の結果のみにとらわれるものではなく、皇宮護衛官としての職務「皇室守護」に直結したものでなければならないということである。

皇宮護衛官は、現場に臨んだとき、凶徒に対して臆することなく怯まずに制圧逮捕することは当然であり、有事の際にも常に平常心を失うことなく、冷静沈着、且つ、迅速的確なる処置を講じなければならない。また、常に敬意や愛情を持って接することが必要であり、真に国民から信頼される強い皇宮護衛官でなければならないのである。そのためには、平素から真剣に剣道の稽古に励むことが大切であり、日々の訓練を通じて強靭な体力を養い、技術(目付、間合、体捌きや打突など皇宮護衛官の職務執行に必要な剣道の基本的技術)を修得することが必要である。

これらの根底にあるのは、「剣道の理念」・「剣道修練の心構え」である。



特別訓練員として選ばれていた期間には、日本を代表する多くの選手や、先生方と稽古をすることができた。

また、済寧館(皇居内にある道場)で行われた「天覧試合」に出場することもでき、平成12年には、天皇皇后両陛下の外国御訪問の際、側衛官(側近護衛を担当する皇宮護衛官)として同行し、フィンランド国ご滞在中に、当時の首席随員として随行された橋本元総理大臣と同国の剣友と稽古するという特別な経験もさせていただいた。なんと政府専用機内に剣道の防具を積み込んだのは、この時が初めてだったらしい。

同国での稽古状況については、帰国途上の専用機内で首席髄員から両陛下へご説明され、その場で両陛下から「お言葉」をかけて頂けた。

後日談となるが、側衛官は、両陛下から名前で呼ばれることはないのだが、それ以降退官するまで、しばしば「剣道の荒木さん…」と呼ばれた。

このことは、私にとって生涯忘れることができない。

このような数々の貴重な経験ができたことは、剣道を辞めずに続けてこれたおかげだと思う。

今まで指導をしていただいた先生方や、剣道を続けさせてくれた家族に対し、感謝の気持ちでいっぱいである。



私は剣道を指導するにあたり、試合に勝つことも大切なことだと思うが、剣道の真の目的は、「何か人のためになる人間に成長すること」と伝えていきたいと考えている。



図書館で『剣道教室』と再会したことで、剣道から学んできた原点に再び振り返ることができた。

2019年9月28日土曜日

【TORCH Vol.116】第4次産業革命とインパクト 金 一坤



                       現代武道学科  講師  金 一坤



この書籍は、私が未来産業のトレンドを知るため、ふと、入手した一冊の本であり、4次産業革命が我々社会にもたらす多様なインパクトについて興味深く耽読できた。さらに、5年後である2024年までに革新される産業革命データを用いて語っているのでわかりやすい。

2020年度東京オリンピックを前に控えていて、最近、我々は「第4次産業革命」という言葉をよく耳にしているだろう。AIICT、5Gといった最先端技術の実現によって未来社会は生産、販売、消費といった経済活動に加え、健康、医療、公共サービス等の幅広い分野や、人々の働き方、ライフスタイルにも影響を与えると考えられる。 

しかしながら、「第4次産業革命」技術系の話をすると多くの人らは、それを別世界の話にしたり、また興味があっても、余りにも抽象的で難しく思い込んでしまい興味をなくしてしまうことも頻繁である。 

4次産業革命時代の到来にあたり、内閣府は第4次産業革命を、ICTの発達により、様々な経済活動等を逐一データ化し、そうしたビッグデータを、インターネット等を通じて集約した上で分析・活用することにより、新たな経済価値が生まれると述べている。また、AIにビッグデータを与えることにより、単なる情報解析だけでなく、複雑な判断を伴う労働やサービスの機械による提供が可能となるとともに、様々な社会問題等の解決に資することが期待できる。

つまり、社会全体でみると、高齢者にとっては、第4次産業革命の恩恵は相対的に大きいとみられる。具体的には、ウェアラブルによる健康管理、見守りサービスによる安心の提供、自動運転による配車サービスなど公共交通以外の移動手段の普及などにより、高齢者も活き活きと生活できる環境の整備が進むものと期待できる。









[1. 4次産業革命の技術革新のコア]




20161月に決定した「第5期科学技術基本計画」においては、「超スマート社会」、「Society 5.0」を打ち出している。少子高齢化が進む日本において、個人が活き活きと暮らせる豊かな社会を実現するためには、IoTの普及などにみられるシステム化やネットワーク化の取組を、ものづくり分野だけでなく、様々な分野に広げることにより、経済成長や健康長寿社会の形成等につなげ、人々に豊かさをもたらす超スマート社会実現に取り組んでいる。

この書籍はすでに4次産業革命は始まり、2024年に向けてデジタルトランズフォーメーション(デジタル転換技術社会) 変化が起きつつ、今まで認知出来なかったデジタル革命、eスポーツの台頭、次世代ITとしての宇宙ビジネス、農業革命となるAgritech(アグリテック)、産業用ドローンなどの革新技術がもたらす未来新産業について次のように語っている。



一つ目は、デジタル革命である。「デジタル革命」とは、デジタル技術を駆使して、継続的成長が可能な企業に生まれ変わることである。このミッションを実現するため、経営理念や哲学に則り、磨くべき事業に資源を集中させ、それ以外の事業は縮減させている。そして、社員の再教育し、再配置している。そこで今後、求められる人材は、デジタル技術を正しく理解し、正しく駆使できるデジタル人材でる。いわゆる多様なデジタル機器を使える「デジタルネイティブ」人材が必要とされていることである。果たして我々は腹をくくって、デジテル技術の勉強を始めようとしているだろうか。



二つ目は、台頭するeスポーツ産業である。「eスポーツ」とは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指し、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称である。日本国内では、まだ認知が不十分でないものの、海外に目を向けると他のプロスポーツなどに引けを取らない人気を博している国もあるほど、急速に存在感が高まっている。すでに2018年アジア競技大会(ジャカルタ)では、デモンストレーション種目として採用され、2022年大会(中国)では正式にメダル種目として決定された。また、2024年に開催されるオリンピック・パラリンピックの新種目としても採用の検討をされており、世界中で盛り上がりを見せている。従って今後、かつてゲーム大国であった日本がeスポーツ大国となることも十分あり得るだろう。



三つ目は、次世代ITとしての宇宙ビジネスである。「宇宙ビジネス」は、人口衛星発射及び深宇宙探査などを目的として、今まで国の政府主導の色が濃い産業であった。しかし、2017年度から民間主導の宇宙ビジネスが活発なりつつ、ビジネス領域も拡大している。特にインターネット未普及地域におけるデータ通信ビジネスアは驚くほどのことである。世界全人口は約76億人(2017年度)のうち、インターネットに接続できない人々は約30億人以上存在していると報告されている。政策上、利用できない国・地域もあるが、多くの驚くにも十分なインフラが未整備の山岳地帯、砂漠などにおいて利用できていない。そのようななかで注目を集めているのが、衛星による通信ビジネスである。民間宇宙企業は沢山の衛星を打ち上げ、地球を取り囲ませて全世界どこでもインターネットがつながる環境づくりをしている。日本のソフトバンクグループをはじめ多くの企業が2020年サービス展開に取り組んでいる。果たして、来年になると全世界どこに行ってもインターネットがつながるだろうか?



四つ目は、農業の革命となるAgritech(アグリテック)である。Agritech(アグリテック)とは、農業(Agriculture)と技術(Technology)を組み合わせた造語である。

生産者の高齢化・減少による労働力不足を背景に農業分野とIT分野の融合は、無限の可能性を秘めており、かなり広範囲で使用されるのが現状である。例えば人工知能やIT、ロボティクスを始めとした最先端テクノロジーを農業に応用させ、効率的農業を目指す事を指す時もある。農業とITテクノロジーが重なり合う事業領域、IT技術に特化した農業分野のスタートアップをする事を指す時もある。またセンサー、ドローン、クラウド、モバイルデバイスを駆使した農業のIoT化も、アグリテックと捉える事ができるのである。



 五つ目は、産業用ドローンである。ここ数年の技術の革新で、空撮ホビー用に使われていたドローンが輸送、測量、空撮・監視、点検・検査、農業などの産業において様々な用途で活用されるようになってきた。政府主導でルールづくりも進んでおり、活用の機運は今後も高まっている。今後、ドローンは人を運ぶ「空飛ぶ車」へと役割が広がる可能性を秘めている。もはや地上ではない空で移動する時代がやってきているといっても過言ではない。



最後に、この本を読んで筆者は、第4次産業革命をさらに理解するようになり、第4次産業革命よって今まで各自機能していた銀行、新聞、メディア、生必品製造企業などのビジネスがいつの間からデジタル化され、直接その場所まで行かなくてもサービス享受が可能になっている。

今後、政府政策のように、2024年にはICT技術を用いて全てが可能となるデジテル時代に生まれ変わるだろる。

この書籍は、将来、社会安全・安心、スポーツ分野を目指す学生諸君にとって、未来社会の変化を参考にした上で、自分の進路決定に役立てればよい。










【参考資料】


内閣府、新たな産業変化への対応、https://www5.cao.go.jp/keizai3/2016/0117nk/n16_2_1.html
野村総合研究所、「ITナビゲーター2019年版」、東京:東洋経済新報社、2018

2019年7月8日月曜日

【TORCH Vol.115】私の大切な一冊『旅をする木』星野道夫



体育学科 講師 小勝健司



 この本に出会ったのは、2001年、私が29才の年だった。当時、大学時代の友人が主催していた異業種交流会に、当時勤めていた出版社の上司とともに参加することがあり、その友人が手に持っていた本が、「旅をする木」星野道夫著(文春文庫)だった。上司が、その本をみて「いい本だよね」と言っていたこともあり、後日書店で購入することにしたのだ。



 星野道夫は、大学の先輩にも当たるが、自分の信念に従い自分の人生を歩んだ写真家である。星野が19才の時に神田の古本屋で目にしたアラスカの辺境にあるエスキモーの村の航空写真(シシュマレフ村)に心惹かれ、その村に手紙を出したことがきっかけで、 22才でアラスカ大学野生動物学部に入学し、同時に写真家としてのスタートを切った。その後18年間、アラスカに暮らし、人を寄せ付けない圧倒的な自然やそこで暮らす動物、また、その自然に寄り添う人の営みに対して撮影し発表してゆく。また写真だけでなく、深く優しい文章を書き残したエッセイストでもある。

 1996年の夏、44才でカムチャツカにて熊に襲われ亡くなった星野道夫の代表するエッセイが「旅をする木」であった。その本との出会いは、その後、悩める29才の男の背中を後押しすることになったことは間違いない。

 私が大学を卒業した1990年代後半は、バブルが崩壊し日本社会が大きく変革してゆく過渡期でもあったが、それでも企業では新入社員一括採用、年功序列、終身雇用がまだまだ当たり前とされていた時代だった。しかし私は、1年で最初の会社を辞めた。その後、出版社に就職したものの、29才になっても社会人としてのキャリアプランを構築できずに悶々と過ごしていた。今思うと、大学までサッカーを続けた自己認識に固執しつづけ、社会人へのマインドシフトに失敗したダメな社会人だった。ただ、自分の本質に正直にいたいと思ってきた結果でもあった。

 そんな私であったが、出版社に入社したことで本が好きになった。知識と情報を授かり、ストーリーを楽しみ、作者の思考を覗くこともできる。見知らぬ土地を探索することや他人の人生を体験することも可能となった。さらに、本のどこかに潜んでいる自分の心にとどまる一章節との出会いは、知識と想像力を養い、人生を豊かにするツールとなることを再確信することができた。



 久しぶりに「旅をする木」を本棚から探し出してきた。気になるページの角を折るのは、私の本を読む時の癖である。ページをめくってゆくと、当時のことがリフレインしてくる。

 当時、私の気になったセンテンスをいくつか書き出してみたい。

・『北国の秋』より

[無窮の彼方へ流れゆく時を、めぐる季節で確かに感じることができる。自然とは、なんと粋なはからいをするのだろうと思います。一年に一度、名残惜しく過ぎてゆくものに、この世で何度めぐり合えるのか。その回数をかぞえるほど、人の一生の短さを知ることはないのかもしれません。アラスカの秋は、自分にとって、そんな季節です。]

・『春の知らせ』より

[一羽のベニヒワがマイナス50°の寒気の中でさえずるのも、そこに生命のもつ強さを感じます。けれども、自然はいつも、強さの裏に脆さをひめています。そしてぼくが惹かれるのは、自然や生命のもつその脆さの方です。日々生きているということは、当たり前のことではなくて、実は奇跡的なことのような気がします。]

『もうひとつの時間』より

[ぼくたちが毎日生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。]

・『生まれもった川』より

[人間の風景の面白さとは、私たちの人生がある共通する一点で同じ土俵に立っているからだろう。一点とは、たった一度の一生をより良く生きたいという願いであり、面白さとは、そこから分かれてゆく人間の生き方の無限の多様性である。]

・『ある家族の旅』より

[二十代のはじめ、親友の山での遭難を通して、人間の一生がいかに短いものなのか、そしてある日突然断ち切られるものなのかを僕は、感じとった。私たちは、カレンダーや時計の針で刻まれた時間に生きているのではなく、もと漠然としていて、脆い、それぞれの生命の時間を生きていることを教えてくれた。自分の持ち時間が限られていることを本当に理解した時、それは生きる大きなパワーに転化する可能性を秘めていた。]



 星野道夫の優しく温かい文体は、アラスカの厳しく壮大な自然と日々の風景、悠久の時間の中を生きる人々の暮らしと多様性を描きながら、生命と死に対する作者のメッセージとして強く訴えてくる。日本から遠く離れた異国の話だけではなく、同じ時間を生きる地球上に存在するすべての生き物の原理原則であり、本質的な問いかけと感じた。当時の私にとって、時間的、空間的視座を上げてくれた本であった。

 その年(2001年)の911日、アメリカ合衆国で同時多発テロが起きた。私は、自分にもう一度向き合った。その年、私は会社に退職届けを出し、もう一度サッカーの世界に戻ろうとトレーナーの道に進むことを決意した。



 あれから約20年経過し、ITAI、バイオなどの台頭とともに世界規模で変化のスピードが加速している。より便利に効率的に、成果を追い求める我々の生き方は、物質的豊かさと引き換えに多くのモノを見失っている気がしてならない。本当の豊かさとは何なのか。星野の写真と言葉は、時代の変化とともに違ったメッセージを投げかけてくる。



 「旅をする木」は、自分の生き方を後押ししてくれた大切な本である。このような一冊にいつ出会えるかわからないが、本を通して未知の世界との出会いをこれからも楽しみにしてゆきたい。

2019年1月15日火曜日

【TORCH Vol.114】「菜根譚」 洪自誠著 吉田豊訳 徳間書房


子ども運動教育 教授 原田健次 


「菜根譚」は中国の明の万暦年間(1573~1619)の人、洪自誠(こうじせい)が残した随筆集です。「菜根譚」には、醜い政争に巻き込まれる苦難の中で人間を観察し、晩年は達観の境地に至った洪自誠ならではの、鋭い洞察から生まれた多くの処世訓が書かれています。

「菜根譚」は前集(二二五項)と後集(一三四項)に分かれており、前集は主として社会生活上の心得を説き、後集は主として俗世を超えた深遠な境地や、静かな暮らしの楽しみを語られています。

「菜根譚」の特徴は「儒教・仏教・道教」の融合思想です。内容は儒教経典からの引用が多くあります。儒教経典の四書は『大学』『中庸』『論語』『孟子』です。さらに道家の文献である『老子』『荘子』で説かれる思想や、仏教経典の思想も色濃くみられます。



 私はこの本を大学卒業時に恩師から贈られ出逢いました。当時は内容の意味もあまり分からず、自分の人生自体を真剣に向き合っていなかったので深く読むことはありませんでした。しかし、社会経験を積んでいくと仕事や人間関係で失敗や成功の経験をし、心が沈んだり、投げやりになったりしているとき、ゴールを見失いそうになっているとき、成長したいけど方法が解らないときに、この本から解決のヒント・きっかけとなる言葉が見つかりました。今回はその中の言葉を紹介させてもらいます。



三八 「自心を降ろす」

  【意味】まず、自らのこころに打ち勝とう。そうすれば、どんな誘惑、迷いも退散させることができる。そして、自らのこころを平静にしよう。そうすればどんな妨害をもはねつけることができる。己の敵は相手ではなく自分である。



 自身が大学時代の競技スポーツをしているときは常に相手に勝つことばかり考え取り組んでいました。大学の看板を背負い、部員の代表としてただ勝つことを目的にして生きていました。勝てないときにもがき苦しみ何とか打開をしようと努力をしても報われることはありませんでした。その時にふと自分のこころと向き合うことができ、本当に勝たなければいけないのは相手ではなく、自分であることに気づかされました。卒業後この本を手にページを捲っていくとこの言葉に出逢いました。出逢った瞬間、大学で部活に専念させてくれた両親に感謝の気持ちでいっぱいになりました。



一一0 「人間らしい生き方」

  【意味】利益を求めて人に恩を売るよりは、正々堂々とした意見に味方しよう。新しい人とむやみに交際するより、昔からの友人を大切にしよう。派手な商売をするより、目立たぬ貢献を心掛けよう。風変わりな言動で世間を騒がせるより、人間として当然の道を尽くそう。



 社会人になり自己実現欲求が強くなりました。いい仕事をして、いい給料がもらえて、有名になりたいと思いがむしゃらに働きました。社会に出て10年目、またこの本を捲っているとこの言葉に出逢いました。「何のために」「誰のために」が自分であり家族のための営みだったことが社会貢献につながるのであればこんないい生き方はないと思えるようになりました。自分がこうしたい、こうありたいという自己実現が社会貢献につながる生き方になれば嬉しいと思います。



二一二 「実るほど頭を垂れる」

【意味】理想主義者は協調のこころを持つことによって無用の争いから救われる。成功した人は謙虚のこころを養うことによって嫉妬を受けずにすむことができる。 

四字熟語の類似語に「和光同塵(わこうどうじん)」仏が仏教の教えを理解できない衆生()のために、仏が自身の智徳の光(姿)を隠して人間界に現れ民を救ったことを表し、自分の才能や徳を隠して、世の中に交じって慎み深く、謙虚に暮らすという意味。

「大智如愚(だいちじょぐ)」優れて賢い人は一見では愚者に見えることということ、本物の賢者は知識を見せびらかさないという意味。「内清外濁(ないせいがいだく)」心の中は清らかでありながら外見は汚れたように装い、世俗と上手く付き合っていく処世術を表している。「金声玉振(きんせいぎょくしん)」備わっている才知と人徳が釣り合っている人のこと。孟子が孔子を賛美したとされる言葉。等があります。



 稲はまっすぐに空に向かって成長し、やがて実()をつける稲穂に成長します。更に稲穂の中の実が成長してくると、その重みで稲穂の部分が垂れさがっていきます。そ子に至るまでには、台風のような大雨、暴風、また雨も降らない暑い日を乗り越えなければ、立派な稲に成長し豊かな実を付けることはできません。これを人間に例えて、若い頃はまっすぐに上だけを向いて立派に成長し、たくさんの苦労を乗り越え、人として立派な人格を形成した人物は、偉くなればなるほど、頭の低い謙虚な姿勢になっていくという意味として表現されています。この言葉はこれからの自分自身の生き方として目標にしていきたい言葉です。



 最後に、「菜根譚」は、醜い政争の中で辛酸をなめる経験をし、やがて達観の境地に至った元官僚の洪自誠が、その経験から導き出した、現実に沿った処世訓です。私たちは、これから生きていく中で心の迷いやぶれることが必ずやってきます。その時に、また心に響く言葉ときっと出逢うはずです。そのことを期待して、学生の皆様にご紹介させていただきます。

【TORCH Vol.113】「志」を抱いて生きる

 教授  江尻雅彦


高校野球の監督時代、決勝戦の壁を破ることが出来ず、近いようで遠かった「甲子園」への道、「自分に足りないものは?」と、もがき苦しみ自問自答した日々、そんな時出会った作者が「中村天風」でした。中村天風は、著書の中で「人の運命は自分の心が決める」と言っている。

ここで紹介したい著書は、中村天風の影響を受け、「人はどう生きるべきか」ということをテーマに語っている田坂広志の「未来を拓く君たちへ」です。田坂は、生きるためには「志を抱いて生きるべき」と語っています。是非学生たちに薦めたいと思います。

 

 以下

「未来を拓く君たちへ」著者 田坂広志 より引用



 若者は、これから「二つの未来を切り開いていく」



 一つは「自分自身の未来」である

 人はこれから自分の人生の歩みを通して、自分自身の未来を切り拓いていく

 これから何十年かの人生を歩む君は、あたかも、人生という名の山に登ろうとしている登山家だその登山の途中には、最高の何かが待っている

しかしそれは、まだ誰も登ったことのない山

どこにも道はなく、頼るべき地図もない 

だから、その山において、歩むべき方向を定め、道を切り開くのは君自身 

地図がなければ、自分の力で地図を描き、道がなければ、自分の力で道を切り拓く

君はそうやって人生という名の山を登っていかなければならない

 

もう一つの未来とは「人類の未来」である。

 君は自身の未来を切り拓くことによって、人類の未来を切り拓いている

そのことを知ってほしい。

 君が、自身の未来を切り拓くということは、実は、人類の未来を切り拓いていくということである

 君が、君の素晴らしい可能性を実現するということは、そのことを通じて、人類全体が一つの可能性を実現していくということである

 では、どうすれば君は、自分の未来を切り拓いていくことができるのか

 どうすれば君は、目の前にそびえ立つ、人生という名の山を登っていくことができるのか

 そのために決して忘れてはならないことは「志」を抱いて生きることである

 では「志」とは何か?

   与えられた人生において、

己のためだけでなく、

多くの人々のために、

そして、世の中のために、

 大切な何かを成し遂げようとの決意

これが「志」である

2018年12月14日金曜日

【TORCH Vol.112】宇宙は足元にある ~『荒野に叫ぶ声 女収容所列島』(雫石とみ著、1976年)~


スポーツ情報マスメディア 准教授 日下三男

 

冬の電車に乗ると、車窓に息を吹きかけると文字や絵が現れるときがある。先の週末に乗ったJR仙石線がそうだった。向かい側の長いシートに親子だろうか、母親と小学男児が並んで座り、共に窓に漢字を書いては消し、また書いては息をハーハー吹き掛けている。「これが『上』、こっちが『下』」「『上』はこうで、『下』はこう?」「そうそう、もう一回」…。



電車で見た光景を、その夜、石巻駅近くの居酒屋で落ち合った旧友に話した。数年ぶりに実家に帰ったという旧友は「さすが仙石線だ。電車の窓が黒板か。考えてみりゃ、勉強なんて、どこでもできるからな」と感心した後、すぐに「そういえばシズクイシさんのこと覚えてるか? シズクイシさんの賞、ついになくなるんだぞ」と言い、寂しそうな表情を見せた。シズクイシ? その名を呪文のように唱えてもすぐには思い浮かばなかった。深酒がもう記憶の古層にまで染み入っていた。らちが明かない飲んだくれをおもんぱかってか、旧友はそれ以上その話題には触れなかった。



「誰だろう」。帰りの電車で酔いをさましながら、気になった名をふと車窓に書いてみた。当てずっぽうに、何となく岩手の地名を思い出して「雫石」と。息を吹きかけてみた。



雫石とみ。1911(明治44)年、宮城県桃生郡深谷村(現石巻市)の貧しい農家に生まれた。地元の広渕小を出て奉公に出た。両親の病死をきっかけに20歳で上京。社会の底辺をはうように生き、65歳のときに自身の生涯をつづったノンフィクション『荒野に叫ぶ声 女収容所列島』(社会評論社)を著した。

戦前に建設作業員と結婚し3人の子に恵まれた。幸せは昭和20年の東京大空襲で暗転する。家族4人を失い、一人上野の山に逃げ込んだ。しばらくはたばこの吸い殻を拾い集めて食いつないだ。さまよい続けて10年。ようやく母子家庭から老人まで約1000人収容の寮に入ることができた。公的施設は名ばかりで、女たちは職員たちに愚弄された。それでも雫石は職安で工事現場の雑仕事を得た。寮には寝るに帰るだけだった。毎日へとへとだったが、ある一つだけ欠かさなかったことがある。日記をつけた。新聞の折り込みチラシの裏や薬袋の余白に思いのたけを書いた。小説のような、手記のような、詩のような、そんな文章だった。

46歳のとき、職安でたまたま文芸作品を公募するポスターを目にする。短編の原稿を送ってみた。入賞した。4年後にはコツコツ貯めたお金を元にして埼玉県に土地を買い、2畳一間の家を建てた。掘っ立て小屋に近い。仕事の方は相変わらず日雇い暮らしとはいえ、時代が東京五輪を控えて建設ラッシュ。忙しかった。体はついに悲鳴を上げた。入院したベッドで書いたのが『荒野に─』である。齢は65を重ねていた。

 雫石の生涯で目を見張るのは、実はこの後である。76歳になった1987年に家や土地を売り払い、総額2800万円で基金をつくり「銀の雫文芸賞」を設けた。200391歳で没してからも「NHK銀の雫文芸賞」と名を変え、「高齢社会をどう生きる?」というテーマで文学界にささやかながらも息吹を注ぎ続けた。

しかし、第31回を迎えた今年、使命を終えたとして作品公募が終わった。



 石巻の旧友とは高校時代に知り合った。共に公立校の受験に失敗し、自暴自棄になっていた。入学した仙台市内のミッション・スクールにはほとんど通わず、2人で他校の仲間とロックやジャズのバンド活動に明け暮れた。ある日、3年生の秋だったろうか、もうすぐ定年を迎えるだろうという進学担当の先生からわれわれに呼び出しがあった。定まらない志望校や将来の夢などを聴かれた。明確な未来図を持たなかった私は「何にもなりたくないんです。特にやりたいものもありません。勉強? 強いてあげれば星が好きなので天文学でしょうか」と答えた。隣に座った友人は「私も星は好きです。ロックスターを目指します」と言い放った。先生は怒るどころか熱心に資料を調べた後、静かに口を開いた。「天文学は東北大にはない。専門の先生がいるのは東大と京大ぐらいしかない」「ロックスターもいいが、音楽を系統立てて勉強するのもいいんじゃないか。音大という道もあるぞ」。こう言いながら先生は自身の机の引き出しから一冊の本を取り出して私たちの前に差し出した。その本が『荒野に─』だった。「いいか、宇宙なんてものは空の上にだけあるんじゃないぞ。もっと足元を見てみろ。この本は君たちにやる」。先生の懇願するような眼を今でも覚えている。

 あのとき本を回し読みした2人は少しだけ大人の階段を上ったような気がする。空に夢を見ていた「井の中の蛙」はやがて、大学で「天」の1字が足りない学部に進み新聞記者となった。一方、友人はもめごとや争いごとが絶えない喧騒たる社会を法理で解こうと弁護士となった。振り返れば、それぞれのフィールドには果てしない宇宙が広がっていた。空は青く、深いものであった。



 電車は終着の仙台駅に近付いていた。雫石が歩んだ道のりをあらためて考えていると、彼女の生前の口癖を思い出した。「読み書きは一生の宝」「一行でも書けばいい」。なぜだか「お前はどうだ」という声がどこからともなく聞こえた。車窓の向こうの闇に向かってため息が出る。たちまち窓ガラスは曇り、さっき書いた「雫石」の字が浮き出た。そして消えた。

思えば、教員の仕事は窓に息を吹きかけることに似ている。見えない問題に光を当て、隠れている才能を引き出す。駅のホームに降り立ち夜空を見上げると、いっぱいの星が瞬いていた。

2018年11月19日月曜日

【TORCH Vol.111】東田直樹 「飛びはねる思考-会話のできない自閉症の僕が考えていること-」イーストプレイス


健康福祉学科  准教授 篠原真弓

私には先生がたくさんいます。これまで出会いご指導をいただいた先生方と、これまでお会いした様々な病気や障害をお持ちの方とご家族の皆さんです。出会った皆さんからの学びを、これから出会う方々にお返しするつもりで実践と教育に関わっています。当事者の著書からもケアを必要とする方を理解するためのヒントをたくさんいただいています。

認知機能は、外界からの刺激情報をどのように解釈するかといった主観的な世界なので、他者が理解することは大変難しいと感じています。自分が「普通」と思っていること「普通」と感じていることが、他の人にとって「普通」でないということに気づくことはありませんか?「痛い」と感じる閾値も、物理的な強度に関係なく我慢強い人、痛みに弱い人とで、感じ方や表現は様々ですね。神経の損傷により手足が麻痺して動かないという現象は、見てわかるのですが、その人にどのように見えているか、どのように聞こえているのか、どのような感覚なのか、どのように理解しているのか、認知機能は見えにくいので理解することが難しいのです。

認知機能障害を生じる病気はたくさんありますが、アスペルガー障害をお持ちの当事者本人が、語ってくださる機会が増えました。これらの著書は、理解したいが理解することが難しい他者から見ると不思議な言動の意味を理解するためのたくさんのヒントを与えてくれます。


 今回ご紹介したい本は、

著者:東田直樹 「飛びはねる思考-会話のできない自閉症の僕が考えていること-」イーストプレイス



東田直樹さんが抱える「自閉症」は、生まれつきの脳機能障害で、コミュニケーションや日常生活に様々な困難が生じます。自閉症スペクトラムの人は症状や程度が非常に多様で、一般の人には理解されにくい障害でもあります。この文章から想像される東田さんと、東田さんの実際の言動はかけはなれているように感じる方も多いと思います。表現される見える言動だけでは、本当の心の中は理解できないことがよくわかります。

東田直樹オフィシャルチャンネル「自閉症のうた」出版記念講演会の質疑応答の様子です。


 

以下、「飛びはねる思考」より引用 

話せない僕の望み

 ~略~ 僕は思い通りに話せなくて、いらいらしたことはあまりないです。なぜかというと、言いたいことが相手に伝わらないのは、僕にとっての日常だからです。話すことで気持を表現できないのが、どれだけ大変かは想像される通りですが、僕はそのためにもどかしい思いをするより先に落ち込みます。まるで、人間失格の烙印を押された気分になるからです。~略~ 

幼かった頃、家族は僕の様子を観察し、泣いている原因を探そうとしましたが、理由は様々でした。それに気づいてからは、少しでも泣いている僕の気持ちが軽くなるよう努力してくれたのです。

 母は僕が泣くと「つらかったね」「悲しかったね」と言って、よしよしとしながら抱きしめてくれました。父や姉から、泣くなと注意されたこともありません。母の腕の中で、泣きたいだけ泣くことができたのは、本当に幸せでした。

 僕の望みは、気持ちを代弁してくれる言葉かけと、人としての触れ合いだったと思います。

 どんな自分も受け止めてもらえるという体験ができたからこそ、僕は壊れずに生きてこられたのでしょう。

   

よりどころ

 何かにすがりたいという気持ちは、みんな持っていると思います。だから、お守りやパワーストーンを身につけたり、縁起をかついだりするのでしょう。

 僕は、そういうことにはあまり興味はありませんが、心の安定のためにしていることがあります。

 それは、電子レンジのドアを少し開けて、すぐにパタンと閉じることです。まったく意味のない行為ですが、一日に何度もこれをやってしまいます。

 きっかけは、些細なことです。もう何年も前になりますが、電子レンジでご飯を温めて取り出したあと、電子レンジのドアがうまく閉まらず、もう一度やり直したことが事の始まりです。その時のきちんと閉まった感覚に、はまってしまいました。

 電子レンジのドアが閉まる音を聞くと、気持ちがいいというより、すっきりするのです。ひと仕事終わったときのようにほっとします。

 人から見れば、ばかばかしい行為にしか見えませんが、僕にとっては重要なことです。

 気持ちを落ち着かせてくれるものは、自分に有効であればいいのです。誰かに見せるためでも、教えるためでもないからです。それがあると思うだけで、自分が強くなれるのであれば、なくてはならないものではないでしょうか。

 これさえあれば大丈夫と思えるものがある、僕は、そんな人間の心理に興味があります。

 はっきりした根拠もなく、効果があるとも言い切れないのに、それをせずにはいられないのは、人が弱いからというより、何かにすがることで、運までも味方につけたいという願いがあるのでしょう。

 そんな人間が、少し滑稽で、哀しくもあります。

 僕が、電子レンジのドアを開け閉めしている様子を見ている人たちも、同じような気持ちなのかもしれません。

 無駄に見える行動の中に、心のよりどころがあるというのが、なんだか人間らしいと思うのです。



東田さんの「繰り返し行う電子レンジの開閉」を専門用語では「常同行動」といいます。多職種連携の中で対象者を支えていくためには、多職種間の共通言語が必要です。東田さんのこの行動は「常同行動」ですが、その「常同行動」の具体的な言動と、その人にとっての言動の意味を見つけ皆で共有できるようにすることが、実践者に求められています。通訳みたいなものだと思っています。

東田さんが世界をどのように見て、世界をどのように受け止め、他者とどう関わろうとしているのか、東田さんの個別性、独特の感覚を知ることから始めてみましょう。それは、まだ言葉を使えない幼い時代に発達障害を持つ子の言動の意味を理解していくヒントにもつながると思います。



東田直樹さんの著書

東田直樹、東田美紀,「この地球にすんでいる僕の仲間たちへ-12歳の僕が知っている自閉の世界-」エスコアール.

東田直樹,「自閉症の僕が飛びはねる理由」(角川文庫),KADOKAWA.

東田直樹,「風になる-自閉症の僕が生きていく風景-」ビッグイシュー日本.

東田直樹,「自閉症のうた」,KADOKAWA.

他 多数

東田直樹HP https://naoki-higashida.jp/