2020年11月25日水曜日

【TORCH Vol.126】 キャンプで感じる疲労は良い?悪い?

 講師 井上望


 今回、私が紹介する本は下光輝一さんと八田秀雄さんが執筆された「運動と疲労の科学―疲労を理解する新たな視点」である。この本を読んだきっかけは、ある保護者からの問いかけでした。

 「キャンプに行ってとても疲れて子どもが帰ってきたが、これは良いことなのか?」

 私は、野外教育が専門で、子どもを対象としたキャンプを多く実施してきたが、この質問を受けたのは三年前で、初めてであった。確かにキャンプをすると普段とは違う生活をするために「疲れる」し、それが「当たり前」だと思っていた。おそらく、多くの人が「キャンプに行って疲れるのは当たり前で、それでも望んでキャンプに参加している」と思って、良し悪しについて「説明不要」だと思っていた。その時は、キャンプの疲労について書かれた論文を参考にして、説明をして納得をしてもらったが、核心に迫る必要性を感じた。そこで疲労についてもっと良く学びたいと感じ、この本を読む事にした。

 さて、本の内容ですが、ただのレビューであると私が本を紹介している意味がないので、キャンプ(野外教育)に置き換えるとどうなる?と自問自答しながら紹介したいと思う。まず、疲労の定義としてまえがきにはこう書かれている。


『疲労を原因の如何を問わず、生体機能が低下し、その機能が可逆的に復帰できる状況を保っていながら、低下前の状態に復帰できていいない生体機能の低下状態とし、可逆的に復帰できない器質的変化を伴う生体機能の低下状態は含まれない。』


 このことをキャンプでの疲労という観点で考えると慣れない環境で寝不足になる、活動量が増えて筋肉痛になるなどを指す事となる。また、この定義から考えるとキャンプそのものが「疲労の状態に追い込む」とも言える。読み進めていくとこの様に書かれている。


『疲労の多くの場合、複合的要因で形成されると考えられる。性別、年齢、睡眠や食事などの生活習慣、健康状態等が疲労度に影響を与える可能性がある。』

『身体活動度が高いほど疲労が低く、逆に身体活動度が低いほど疲労が高い』

 

 またキャンプで考えると、疲労度は参加者が普段の生活で行っている生活習慣に依存する可能性が高く、個々によって差があるため、主催者(私)が「このぐらいなら適切だろう」と思って行ったプログラムがある人にはかなりの疲労を与えることになるのではないかということになる。この事はわかってはいたが、この様にはっきりと記されると、自分が行ってきたキャンプの中で子どもたちに「適切な疲労に対するケア」はできていなかったのではないかと感じた。

 そのあとは、精神的な疲労の定義と測定、身体的な疲労の定義と測定について続き、最終的には、オーバートレーニング症候群についてエピソードを踏まえて解説してあった。

 読み終えて、総じて感じた事は自分の疲労に対する無知である。自分の今まで感じていた疲労に対する認識とこの本に書かれている事は似ている部分もあり、とても共感できるものであった。一方、私が知らなかった事も多く書かれており、冒頭で挙げた保護者からの質問に答えるにはこの様なエビデンスが必要であるとも感じた。

 最後に、タイトルの「キャンプで感じる疲労は良い?悪い?」という問いかけだが、私なりの回答は「両方ある」という事である。過度な運動やトレーニングが中枢性疲労を引き起こすため、キャンプでも過度な登山行程などは「悪い疲労」となるが、キャンプ生活におけるストレス(寝れない、仲間とうまくやっていけないなど)は回復する事で「適応」という形となるため、「良い疲労」になるのではないかと考える。

 先ほども述べた様に、これはあくまで私の個人的な見解であるため、是非、読んでいただき、違う答えを導き出して欲しいと思う。また、疲労についてはかなり細かく書かれている1冊となるため、疲労のメカニズムについて知りたい方にもおすすめです。

2020年11月11日水曜日

【TORCH Vol.125】 睡眠科学と自己改善 ―寝なくても元気な学生のみなさんへ―

講師 賴羿廷


  大学では、知識だけでなく人生のあり方についても、主体的に学んでいく姿勢が求められています。しかし、これまで自ら立てていた活動計画がいつの間にか安易な方向に流されてしまい、「自分」に 負けたという悩み・悔しさがありませんか?


 実は私自身も学生の頃から大人になった現在でも、よくそういう「自分」という敵に負けてしまいます。どうすれば自分をうまく駆使しコントロールできるかという課題、いつも試行錯誤しながら困っています。目標に向けて思い通りにいかない自分と、どう向き合えばよいのか、小説などの文学作品から学ぶこともありますが、私は、より自分への理解を深められる本や自己改善に繋がる本(いわゆる自己啓発本?)を探して読む傾向があります。


 そういうわけで、私は、学生の皆さんにも、その「自分」をコントロール・管理する本を紹介します。その1つは、『スタンフォードの自分を変える教室』という本で、意志力を鍛えて確実に行動できるまでの科学的な方策を明らかにしています。本学図書館のブログ「書燈」を確認してみたら、すでに栗木先生がご紹介しておられましたので、ぜひそちらを合わせて読んでください。(http://shotoh.blogspot.com/2013/02/torch-vol010.html)


 もう1つ。今回は私が自分自身への好奇心を満たしてくれた、ポピュラーサイエンスの “Why We Sleep:The New Science of Sleep and Dreams” の本を紹介したいと思います(翻訳版では、桜田直美訳『睡眠こそ最強の解決策である』SBクリエイティブ出版)。私たちの人生の1/3、約25年間以上も占める睡眠ですが、人間の3大欲求(生きるための基本的ニーズ)の中では、一番解明されていないそうです。寝ることを大切にしている睡眠科学者のマシュー・ウォーカー教授が、近年ようやく解明されてきた睡眠について、科学的に分かりやすい例をあげて解説しています。


 この本では、「睡眠という難問の謎を解明していく」、「睡眠の効果と睡眠不足の恐ろしさについて見ていく」、「夢を科学的に説明し、夢を見ている人の脳をのぞき見る」、「不眠症を含むさまざまな睡眠障害について見ていく」という4つのパートで構成されています。


 私が最も魅了されたのは第2章と第3章:人はどう眠くなっていくのか、寝ている間に脳内にどういうことが起きているのか、私たちにどういう働きかけをしているのか、といった睡眠のメカニズムと役割について触れた部分です。「寝ている時は、外界への認識がなくなるほか時間感覚も失われているということだ」と、“ふむふむ~”誰でも感覚的に判断できることをこのように科学っぽく言われてみると確かに新鮮です。また、著者は「『睡眠紡錘波』は夜間の見張りをする兵士のようなものだ、外界の音を脳から遮断し、眠りをまもっている」というように、私の想像を膨らませてくれる表現で説明してくれますので、最新の睡眠科学を読んでいるはずなのに、全然苦にならずに読み進めることができます。


 今まで、寝る時間が惜しく感じることもありましたが、この本を読んで睡眠という自然な行為が、心身にとって、とても大切であることが分かりました。私は、ついつい研究や趣味で夜更かししてしまう自分の生活習慣を見直すことにしました。この本は自己啓発本ではありませんが、本当に自分自身へのコントロール/管理効果を高める良い本です。夜更かしがやめられない人、朝寝もやめられない人、だけどなんとか生活改善したい人、特に寝なくても元気そうな大学生の皆さんに(笑)、ぜひ、一読をお勧めします!