2013年6月8日土曜日

【TORCH Vol.020】一期一会・よい本との出会いを求めて

教授 太田四郎
はじめに
 日本が子どもの読書活動の推進に一段と力を入れ始めたのは、学生諸君が小学校低学年の頃でした。平成12年の「子ども読書年」を契機に読書の重要性がより強く叫ばれるようになり、読書することがそれまで以上に奨励され、読書活動への取り組みが強化されました。以下は読書活動にまつわる話です。将来、教員やスポーツ指導者、介護福祉士、栄養士、情報関連の仕事、人々の安心・安全を守る仕事などに就き、リーダーとなる学生諸君に向けて書かせていただきます。

1 読書奨励の意味
 読書の重要性については古今東西変わっていませんし、読書は常に奨励されていました。しかし、平成13年以降、読書活動がより積極的により具体的に推進されるようになりました。その理由の一つは、時代の趨勢により活字文化離れが急速に進んだこと、二つ目は、昭和62年8月までに中曽根内閣時の臨教審答申が、今後予想される日本の大きな変化として示した、国際化、情報化、少子・高齢化、価値観の多様化、核家族化などのうち、とりわけ国際化、情報化に著しい進展が見られたことです。読書活動推進はこのような日本の現状に対応したものと考えられます。
 読書活動は、知識の獲得のほかに、日本文化や国際文化の理解、様々な価値観への判断力の涵養、心の時代といわれる21世紀を生き抜くための豊かな感性の陶冶などに役立ちます。これは、小・中は平成20年3月、高校は平成21年3月に告示された学習指導要領の総則に初めてもりこまれた「言語活動」の根幹をなすものともいえます。

2 子ども読書の日と読書週間
 平成13年12月12日、議員立法として「子どもの読書活動の推進に関する法律」が制定、施行され、「子ども読書の日」が4月23日と定められました。これと併せて、昭和34年以来5月1日から5月14日までの2週間だった読書週間も、4月23日から5月12日までの3週間に延長されました。

3 朝の読書
 学生諸君は、この「朝の読書」ということばにどんな思い出がありますか。昨年12月、3年のA君が、エントリーシートを見てほしいということで来室しました。そのときのエントリーシートで印象に残ったことが二つありました。一つは、それぞれの自己PRの欄に項を立てて見やすくしていること、もう一つは、趣味・特技の欄の項の中に「朝の読書」があったことです。A君はほどなくその会社に内定しました。
 千葉県の船橋学園女子高校(現・東葉高校)の先生が提唱・実践した「朝の読書」が全国的なひろがりを見せたのは平成9年です。授業前の10分程度、子どもと先生が一緒に本を読むという読書活動は、先の議員立法が制定される以前から実践されていました。この頃、学生諸君は小学生だったのではないでしょうか。おそらく最も早い時期にこの「朝の読書」を体験した学生諸君がいることでしょう。そして、A君のように現在も続けている人がいると思います。
 ちなみに、「朝の読書」は、平成25年2月22日の調査によると、全国の小・中・高の76%に当たる2万7656校で実施されているということです。文科省が「朝の読書」を推奨したのは申すまでもありません。

4 図書館
 言うまでもなく読書活動を支えるのが図書館の大きな役割の一つです。文科省は、図書館を充実させるため、平成13年に、「あいさつのできる子」、「正しい姿勢」という従来の教育運動方針に「朝の読書運動」を加えて三本柱とし、5年計画で地方交付税ではあるものの1,000億円を図書購入の費用として支援することにしたのです。文科省のこのような支援にもかかわらず、全国的には図書館はそれほど充実していないと言われています。それは、地方自治体の図書購入費への予算配分が不十分だったからです。
 本学の図書館についてはどうでしょう。蔵書については、体育・スポーツ関連図書を中心に学生諸君の期待に十分応えられる書籍を有していますし、内部の構造については、開架式で書架の配置も使いやすくなっていること、中央の螺旋状の階段から2階に移動する独特のつくりになっていること、閲覧のための座席の配列に多くの工夫が施されていることなどの素晴らしい特色があります。法人を始めとして本学の図書館にかかわって来られた方々の努力の結果だと思います。利用している学生諸君のマナーもよく、週2、3回は図書館に足を運びますが、いつ行っても静かな雰囲気の中で読書や学習にいそしむ姿が見られます。

5 推薦図書
 様々な種類の本の中で小説は最も親しまれているジャンルの一つです。私が、高校の教員だった頃、この一冊として薦めていたのは、テーマの広大さから、トルストイの『戦争と平和』です。小説には、それぞれにテーマがあります。例えば、『源氏物語』には「もののあはれ」、『罪と罰』には題名のとおりのもの、『大地』には激動する時代に翻弄される王家の人々の生きる姿、などなどです。
 それでは『戦争と平和』にはどんなテーマがあるのでしょうか。私は、学生時代にこの作品を読みました。そのときの感想は、<宇宙の一つの星である地球に生きる人間の姿のすべてが愛をもって書かれた作品>だったと記憶しています。私は、これをテーマと考えています。先日、久し振りに、図書館から『戦争と平和』中村白葉訳・河出書房新社〔世界文学全集NO21、22、23〕を借りました。特に、ナターシャが初めて登場する場面とアンドレイがナポレオン戦争で負傷し地面に仰臥して広大な青空を眺めたときの様子が印象に残っていたのでそこを中心に読み返しました。改めてこの作品の素晴らしさを認識しました。どんな登場人物でも生き生きと描写し、人々の生活を優しく、緻密に描きながら、その背後に跋扈する戦争のむなしさ、おろかさを訴えていました。迫力ある訳文で、相当体力がないと読了できません。

おわりに
 一期一会・よい本との出会いを求めて読書に邁進できるのは学生時代です。安岡正篤先生の「大学」「小学」の講義をまとめた『人物を創る』の中に「顔之推の家訓に言う、<一体書を読み学問する所以は何かと言えば、もともと本当の心を開き、見る目を明らかにして、実践することに活発ならんことを欲するだけのことである。>」という文があります。本学の建学の精神である「実学と創意工夫」を想起させる文言です。読書のあり方の一つとして大切にしたいものです。

所蔵Information <図書館で探してみよう!>

  • 『戦争と平和』トルストイ 世界文学全集 第21巻~第23巻 河出書房新 908 Ka 2階
  • 『罪と罰』ドストエフスキー 世界文学全集 第17巻 新潮社 908 Si 2階 
  • 『源氏物語』新日本古典文学大系 第19巻~23巻 岩波書店 918 Iw 2階

【TORCH Vol.019】中長距離走と主体性

助教 門野洋介

2011年9月のベルリンマラソン。当時の世界記録保持者ハイレ・ゲブレセラシエ(2時間3分59秒,エチオピア)とパトリック・マカウ(ケニア)が,スタート直後から世界新記録ペースで激しいデッドヒートを繰り広げていた。
「勝負が大きく動いたのは27km地点。マカウが仕掛けた。ゲブレセラシエが背後にピッタリとついていたのを嫌い,コース上を左に右にジグザグに走ったかと思うと,次の瞬間,猛烈なスパートをかけて一気に引き離しにかかった。それに対して必死にペースを上げるゲブレセラシエ。しかし,その直後,彼はコースアウトし,苦しそうな表情を浮かべながら,手で胸を押さえつけた。・・・
42.195kmを走っている時は,周りがどんな様子かを見ながら,多くの戦術を駆使しなければなりません。例えば,僕が速いペースで走れないフリをしたら,相手はどう思うでしょう? 相手は『僕には余りエネルギーがない』と思って,追い抜こうとします。当然,追い抜くためには,体に大きな負担がかかります。つまり,相手は多くのエネルギーを使って抜き去ろうとしますが,それはある意味で,相手の体力を浪費させる戦術になります。・・・
(NHKスペシャル取材班「42.195kmの科学―マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」角川書店より抜粋)」
27km地点でゲブレセラシエを振り切ったマカウは,30km以降もスピードが衰えることがない。
「30kmを過ぎ,一人で走っている時は,自分のペース配分により集中しなければなりませんでした。エネルギーはありましたが,ペースを維持するのはとても大変でした。なぜなら,遅すぎれば世界記録を達成できなかったでしょうし,速すぎても途中で疲れて達成できなかったでしょう。だから,ある一定のペースを維持することに集中しなければならず,それを頭で計算して足で実践するのは本当に大変でした。特に,最後の2kmは多くの観衆がいます。そこで,観衆に乗せられて必要以上にスピードを上げてしまうとペースが乱れるため,スピードをおさえるために苦労しました。・・・
(NHKスペシャル取材班「42.195kmの科学―マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」
角川書店より抜粋)」
マカウは30km以降もペースを落とすことなく走り抜き,2時間3分38秒の世界新記録で優勝した。一見単なる持久力勝負にみえるマラソンであるが,実はそう単純な競技ではない。選手やコーチは,目標とする成績を収めるために,レース中に起こりうるあらゆる事態を想定して様々な準備を行なう。それは,トレーニングやコンディショニングに関することはもちろん,レースの作戦や戦術の考案まで多岐に渡る。そしてレースでは,選手自身が感じる主観的なキツさや余力度,周りの選手の状況,ペース配分,ゴールまでの距離,気温や風,給水など,時々刻々と変化する自分や周りの状況を正確に把握し,その状況に応じて適切な判断を下すことにより,自らのパフォーマンスを最適化することが要求される。しかも,個人競技である陸上競技では(リレーや駅伝を除く),最終的に競技するのは選手一人なので,基本的にはこれらの思考・判断を選手自身が「主体的に」行わなくてはならない。

さて,私は現在陸上競技部で監督・中長距離コーチをしており,主に中長距離種目が専門の学生を指導しているが,上述の種目特性はもちろん,相手が学生であるという点も考慮し,なるべく学生自身が主体的に考えて取り組めるよう,試行錯誤しながら指導をしている。ところで,この「主体性」はどのようにして教えられるのだろうか。例えば,学生に対して「主体的にやりなさい」と言ったところで,彼らは「主体的に」できるようになるものではない。かといって,こちらが教えれば教えるほど,彼らはますます受動的になり,「主体性」を失っていく。では一体,「主体性」はいかにして教えられるのか。そもそも「主体性」とは何なのだろうか。その「主体性」について,医学教育を例に考察している興味深い本があったので,以下にその一部を抜粋して紹介する。
「過去にあった事例Aを目の前の事例Bに適用する。この帰納的な方法は,我々医者がしばしば用いる常套手段である。が,しかし,ある帰納法が有効であるという根拠はどこにもない。帰納法は有効な時も無効な時もある(ちなみに,演繹法にしてもこれは同じで,有効な場合とそうでないときがある)。そして,どういうときに帰納法が有効で,どういうときに無効かを言い当てる根源的な方法は,ない。・・・
AとBの違い。両者を区別することは,過去の事例にすがるのではなく,目の前の患者を診,そして判断を下すよりほかにない。AのときにはなかったBの特徴を見出すよりほかない。患者の問題がどこにあるのか,自らの力で「主体的に」考えなくてはならないのだ。・・・
事例に応じて立場をコロコロ変えていく節操のなさが,医療においては大切な態度となる。逆に一貫した,「常に」同じという硬直的な態度は,複雑であいまいな医療の世界にはうまくフィットしない。医学の世界ではあり世界観に固定されないほうがよいのだ。世界観の固定は思考停止と同義である。どの世界観が今このときの目の前の患者に一番フィットするのか,常に考え続けなければならない。世界観の固定,思考停止は複雑で曖昧な医療・医学の世界にはそぐわない。・・・
主体的に学ぶとは,自らが自分の意志で学ぶことである。思考停止に陥ることなく,「ほんとうにそうだろうか」と前提を問い続け,考え続ける態度で学ぶことである。したがって,そこには誤謬が伴わなければならない。なぜなら,思考を重ねることは試行錯誤を重ねることであり,思考の果てには必ず「誤謬」があるからである。ああでもなく,こうでもなく,と試行錯誤を繰り返し,誤謬を重ねながら,正解の見えない正解を模索していくのが,主体的に学ぶということだからである。
(岩田健太郎「主体性は教えられるか」筑摩選書より抜粋)」
興味を持たれた方は,先に紹介したNHKスペシャル取材班「42.195kmの科学―マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」角川書店とともに,ぜひ一読されたい。

所蔵Information <図書館で探してみよう!>

  •  『42.195Kmの科学 − 「つま先着地」vs「かかと着地」』 NHKスペシャル取材班 角川Oneテーマ21新書 角川書店 782.3 Nh 1階新書コーナー

【TORCH Vol.018】バカの壁

講師 岩田 純

私が仙台大学に来てから、ある先生に薦められて読んだ本です。2003年のベストセラーと言われる本で、「世の中で起こった出来事」や「物事の考え方」などを“なるほど”とか“そんな見方もあるのか”などと思わせるような視点で書いてあります。

読んだ人によってどう感じるかは違うと思いますが、例えば、将来の事など何かに行き詰まったり、今の生活に疑問を感じていたりする人には、何かのきっかけ作りになるかもしれません。著者の話を出版社の人が文章にしたもので、比較的読みやすく書いてあると思います。

仕事が忙しくて、ニュースもろくに見ていなかった頃、世の中のことに目を向けてみるきっかけ作りにもなりました。本の中に出てくる世の中で起こった出来事については少し古い内容もありますが、とにかくおもしろいと思います。

「超バカの壁(2006年)」は「バカの壁」の続編ですが、場合によってはこちらのほうがわかりやすいかもしれません。それら2つの本の間に「死の壁」という本も出ています。こちらはまだ読んでいませんが、近いうちに読んでみるつもりです。

所蔵Information <図書館で探してみよう!>

  • 「バカの壁」 養老孟司 新潮新書 304 Yt  図書館2階
  • 「超バカの壁」養老孟司 新潮新書 (現在は所蔵なし)