2013年5月22日水曜日

【TORCH Vol.017】「博士の愛した数式」


教授 大内悦夫

 私は、高等学校の教員として25年間にわたり数学を教えてきた。諸君に、苦手な教科は何かという質問をすると、多くの人が「数学」を第1番目にあげると思う。数学に携わってきた者としては寂しい限りであるが、「数学嫌い」という人たちをつくり上げたのは、私のような指導者の責任でもあると思っている。「数学嫌い」の原因を追求するのはこのぐらいにして、本来の本の紹介に入ることにする。

 ここで紹介する本は「博士の愛した数式」である。作家小川洋子(芥川賞をとった作家で、毎週日曜日の10時からdate FM仙台で名作を紹介する番組を担当している。こういう番組も聞いてみてはいかがかな。)が10年前に発表した小説で、第1回の本屋大賞を受賞している。また、映画化もされているので内容を知っている人もいると思う。数学を教える人たち(数学者や教師)が書いた本は、数学の専門的な知識が必要な場合が多く、一般にはなかなか読者とはなり得ないが、この本はそうした態度をとらない。従って本屋大賞を受賞することになったのであろう。

 この作品は新潮文庫の解説にもあるが、小川が数学者の藤原正彦に取材して書いたものであり、そのときの取材ぶりを藤原は、「携えたノートに質問事項がびっしり書いてあり、次々と質問を投げかけてきた。新聞記者や雑誌記者などと違い、録音はしていなかった。・・大学院生のような熱心さの合間に、時折、数学界の巨星ガウスに似た鋭い視線を私に送ったり、かと思うと夢見る乙女のような眼差しで微笑んだりした。」と書いている。質問の内容については覚えていないが、数学者としてごく当たり前のことばかり答えたようであると語っている。(数学者藤原正彦についても触れておきたい。お茶の水女子大学名誉教授であり、父は著名な作家の新田次郎である。父の才能をも受け継いだのであろうが、数学を研究する以外にも、多くのエッセイを著している。興味のある人は図書館等で探してみてはどうか。)

 小川はこの取材をしてから1年半後にこの作品を発表している。私がこの本に出会ったとき、数学を教えている自分が、それまで知らなかった数学の知識を吸収することになって、多少自己嫌悪に陥ったことを思い出す。藤原は、自分の専門である「数論」に関連することを小川に伝え、小川は、藤原から聞いた数学の内容を整理し、独特の感性で「数学の美学」を表した作品であると思っている。機会があったら読んでみてほしい。

  以上で「博士の愛した数式」についての話は終わるが、私自身は歴史小説も好きで、山岡荘八の「徳川家康」(とっても長い)や藤沢周平、司馬遼太郎の作品を読んでいる。
諸君も活字に触れ、様々な教養を身につけてほしいと思っている。

所蔵Information <図書館で探してみよう!>

  • 山岡荘八「織田信長」『現代長編文学全集』23-24巻 918 書庫
  • 司馬遼太郎「妖怪 / 酔って候」『現代長編文学全集』45巻 918 書庫
  • 司馬遼太郎「梟の城 / 新撰組血風録(抄)」『現代長編文学全集』46巻 918 書庫
  • 司馬遼太郎「坂の上の雲」1巻のみ所蔵 913.6 Sr 図書館2階

2013年5月13日月曜日

【TORCH Vol.016】「言葉の力」を通して「生きる力」を高めよう!


准教授 笠原 岳人

「読書離れ」が進むと、社会の活力や創造性も低下していくのではないか… こういった危機感から、より読書をすすめるために国会で決議され、2010年に「国民読書年」が制定された。読書に対する国民意識が高まりを見せている昨今であるが、その具体的な取り組みとして…

東京都では、「活字離れ」を回避するため、局部署による横断的な「『活字離れ』対策検討チーム」を立ち上げ、活字の大切さを改めて見直すとともに、世界基準とされる「言語力」の向上を通じて、世界で活躍できる若者を育成すべく「言葉の力」再生プロジェクトが実施されている。

文部科学省では、次代を担う子どもたちに向けて、これからの社会において必要となる「生きる力」を育むための新学習指導要領をスタートさせた。以下に記した内容は、小学校版の言語活動の充実に関する指導事例集に記されている主要項目からの抜粋である。

  • 事実等を正確に理解すること
  • 他者に的確に分かりやすく伝えること
  • 事実等を解釈し、説明することにより自分の考えを深めること
  • 考えを伝え合うことで、自分の考えや集団の考えを発展させること
  • 互いの存在についての理解を深め、尊重していくこと
  • 感じたことを言葉にしたり、それらの言葉を交流したりすること

(第2章 言語の役割を踏まえた言語活動の充実より)

このように、公の機関が、そろって「言葉の力」を通して「生きる力」を高めようとする試みの背景には一体何があるのか?

この世に生を受けたヒトは、始めに覚える言葉として「ま」「ぱ」などの破裂音を使いながら、「まんま」「ママ」などの発語からスタートする。そして、幼児期、少年期、青年期…を通して、多くの言葉を読み書きしながら社会の中で「生きる力」を確立していく。しかし、最近の学校現場では、子どもたちの「読む・聞く・書く・話す」といった国語力の低下が、より深刻化しているようである。公の機関が行う取り組みの背景には、子供たちのコミュニケーション力の低下、論理的思考能力の低下、創造力の低下…といった「言葉の力」全体が低下し、それによって子供たちの「生きる力」そのもの崩壊を招いてしまうのでは…と、危惧している証かもしれない。

では、これから社会の一躍を担う大学生の「国語力」はどうだろうか?街中では、大学生はもちろんのこと20代の若者たちの多くが、紙媒体にふれることはなく携帯メールや、DSおよびiPodなどの電子媒体のみに没頭している姿を目にする。このままでは、出版社も新聞社もあっという間に絶滅してしまい、紙媒体の本も新聞も地球上からきれいさっぱりと消滅してしまうかもしれない。そうなれば未来の人々は、いずれ電子画面の上だけで文字を読むようになるにちがいないであろう。そう思うと少々暗澹たる気分になってしまうが… せめて、教員や指導者を目指す学生だけでも本を読む楽しさや意義を理解し、彼らの教え子となる子供たちへ本の持つ素晴らしさを継承してもらえさえすれば、人類の未来はいずれ明るく輝くようになるかもしれないではないか…

社会人目前の学生諸君には、宮台真司の「14歳からの社会学 これからの社会を生きる君に」という本を一読していただきたい。タイトルの「14歳から…」とはいえ、大学生でも十分ためになる書籍である。内容の一部を紹介すると、第4章の「君が将来就く仕事と生活について」が印象的である。筆者は、これから社会に出て仕事に就く若者に「自己実現できる仕事があるという考えを捨てろ、そうじゃなく、どんな仕事でも“自分流”にこだわることだけを考えろ」と警告している… では、色々な受け取り方のできる“自分流”とはいったいどのようなことなのか?

パソコンや携帯電話が大衆化していない一昔前の話しであるが、社会人となった若者たちに対し、「真っ先に感じる学生時代との違いは」と問いたところ、その多くが「周りは全て自分よりも年上である」との回答であった。当たり前のことであるが、百戦錬磨の大人たちと肩を並べ、仕事を通して自分の存在を認めてもらうには、一日も早く多くの知識を吸収することであり、そのためには、色々な事柄を“自分流”に調べ上げ、そして必死で覚えたものである。つまり、そこで得ることのできた知識や技術などの集積が、自分自身の「生きる力」の糧になっていたのである。

これに対して、情報化社会で生活する現代の若者たちの多くは、自分の興味のあることについては「オタク」と呼ばれるほどに情報を収集するが、それ以外のことへの関心はきわめて希薄な人たちが目立つことである。つまり、自分の幅を広げて成長することより、安全圏を確保してその内側に収まっていることのほうを優先する人たちが多いというのが気がかりなことである。だから彼らは、ストーリーを追っただけのダイジェストと、平均的な解釈を述べた解説を読んで満足し、その向こう側(大人たちの世界)へ踏み込もうとはしないのではないだろうか…

このような若者たちの態度が、大人たちとのつき合い方に大きく反映しているのであれば、社会生活を営むうえで、大きな歪みが生じてくるのではないだろうか? 今の若者たちをみる大人たちの偏見だろうか…

流行語ともいうべき「空気を読む」とは、自分を多数派に同調させてワクをはみ出さないこと、つまり、その場をお互いの安全圏として維持し、「つき合い」を続けるための知恵である。強い自己主張や他人への過度の干渉は、「KY」として排斥される傾向にある。こうしてみると、「活字離れ」と見られる現象の根底にあるのは、他人との濃密な関係を嫌う「他者離れ」があるのでは…と考えてしまう。何とも、もったいない話しである。若者たちよ… せっかく、ヒトとしてこの世に生を受けて育ってきたのだから、もっと「言葉の力」を信じようではないか!

本稿の最後になるが、私自身、大学生活の4年間というのは、厳しい世の中で生きていくために必要な“知識や技術”を修得するための時期であると同時に、自分自身の秘めたる“ブランド力”をより高めることができる最高の時期であると思っている。そこで、是非とも学生時代に以下に記した書籍に目を通していただき、「言葉の力」を通して「生きる力」を養い、そして、ヒトとして大きく羽ばたいてくれることを願っている。

  • 「人を動かす」デール カーネギー 創元社
  • 「人間学」伊藤 肇 PHP文庫
  • 「人間力を高める読書案内」三輪裕範 ディスカヴァー携書 
  • 「進化する人、しない人」竹野 輝之 角川学芸出版

2013年4月5日金曜日

【TORCH Vol.015】人それぞれにあった読書から得る“灯”


教授 遠藤保雄

 率直にいって、私は読書が苦手だ。いやむしろ嫌いだと言ってよい。小さい時に我が家に本らしい本が一冊もなく本を読みふけったなどという記憶はない。それ以上に自らの性格がそもそもブキッチョなことも影響している。本を読み始めると自分の感性にあった表現に出会うやそこで立ち止まりあれやこれや考え込んでしまう。そして、遂には自らの考え方を整理しはじめる。もちろん、先には進まなくなり、一冊読み終えるのに相当の時間を要してしまう。その結果、読書とは難行苦行を意味し、否が上にも好きといえない作業となる。

 読書に目覚めた、否、関心を持たざるを得なかったのは、確か中学の高学年の時である。淡き恋心を抱いた同級生が文学少女風に色々小説を語っていたこと…こりゃーいかんと、文学少年振る必要に駆られた。付け焼刃である。もちろん身に付くはずはない。

 高校時代に新聞部に属した。何か社会問題に関心を有し、いっぱしの分析屋になりたかったからかもしれない。ここで、先輩、同級生、下級生の多くの読書家に出会う。彼らの口からはドフトエフスキーがどうの、トルストイがああだ、スタンダールはこうだ、ビィクトル・ユーゴーの世界とは、そしてジイドとは…と聞いたことのない世界が次々と飛び出した。この野郎と思いつつ、陰で『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『アンナ・カレーニナ』『赤と黒』『レ・ミゼラブル』『狭き門』などを乱読した記憶がある。その動機は、話を合わせなければというものではあった。しかし、そこには、今までにない大きな感動があり、登場人物に自らを重ねてそこに自分の化身が投影されているなどと大人ぶった反応が自らの体の中から湧き出てきた。そして、いつしか本に対峙し、本に没頭していくというものに変化していった。

 大学生時代は、柴田翔『されど われらが日々―』が我々の世代を席巻した。今、スポーツや運動を専門とする大学に席を置く身だが、我々の学生時代、「運動」とは「学生運動」を指した。そして、全共闘のゲバルト(暴力)を描いたこの小説は、“我が国の体制変革・良くしよう日本”を夢見た若者の心をとらえた。

 大学を卒業すると、その多くは企業戦士に変身していった。高度成長期からニクソン・ショックと2度のオイル・ショックという世界経済の変化を経て我が国経済は安定成長期に移行した。そんな中、米欧を凌駕する形で追いつけ追い越せの勢いを胸に、夜を徹して働く企業戦士の一群が形成されていった。勤務初日から、午前様。土曜日も夜の10前に帰ったことがない日々が続くことはざらである。仕事が早く終わる日でも、上司から麻雀につきあうことが求められ、断らないのがルールであった。従って、唯一の休日、日曜日は、いかに睡眠をとるかが重要な課題となった。東京に出て地下鉄というトンネルを通って通勤するものだから、何年たっても東京都はいかなるところなのか、さっぱり分からない。加えて、読書の時間はめっきり減った。寝ること、喰うことが先であった。

 そんな中、自然の摂理に従い、人の命に直結する食料・農業関係の仕事をしている自分にとり、極めてショックな本に接した。レイチェル・カーソン『沈黙の春』である。農薬の自然生態系破壊を鋭く描いていた。生産性の低い農業をどう効率化するか…それのみ心を砕いていた自分の頭を鉄棒で叩かれる思いであった。有吉佐和子『複合汚染』はそれに輪をかけた。すごい論理力と分析力、そして、説得力に圧倒された記憶がある。以来、有吉佐和子の論理的な小説に嵌った。『紀ノ川』『出雲の阿国』『華岡青洲の妻』などなどである。

 企業戦士にとり、純文学はまどろっこしいし、頭に入らない。人の生きざまを鋭く描く小説に引きつけられた。疲れた時に、時を忘れ、自らを鼓舞する力が欲しかったのかもしれない。言わずもがな、その人は司馬遼太郎である。山内一豊とその妻を描いた『功名が辻』、日露戦争に身をささげ明治天皇と共にこの世を去った乃木希典を描いた『殉死』、そして、『坂の上の雲』『竜馬が行く』『菜の花の沖』などを通勤の途中、仕事から解放される電車の中でむさぼり読んだ。

 山崎豊子の小説もその一つだ。閨閥を軸として動く銀行を舞台にした『華麗なる一族』、商社の海外ビジネスの展開の苦闘を描いた『不毛地帯』、大学の権威の象徴医学部での狭く息苦しい権力闘争『白い巨塔』などを、他のビジネス戦士と同様、のめり込んで読んだ。

 企業小説の雄、城山三郎の作品も疲れをいやすものとなった。『鼠 鈴木商店焼打ち事件』、ミスター通産省といわれた“ドン”佐橋滋や“国際は官僚”山下英明など実在した通産官僚の姿が手に取るように分かる『官僚たちの夏』、民間人として太平洋戦争の戦犯として唯一絞首刑に処された職業外交官、広田弘毅を描いた『落日燃ゆ』、経済成長の中、日本人の食生活に大きなインパクトを与えた外食チェーン店『ロイヤルホスト』の創始者江頭匡一を描いた『外食王の飢え』など、その生きざまは、打つものがあった。そのような小説に深い思想性があるのかという問いかけは当然にあるであろう。しかし、置かれた環境の中で、ある意味で、それなりに必死に生きてきた局面で、その生きざまが心を打ったのは否定しえない。いわば、それが人それぞれにあった読書から得る“灯”なのではないだろうか。

 国連農業食料機関(FAO)に身を置いているときの2008年、世界的な食料危機に直面した。そのあとを受け、FAOはそのレポート『2050年に地球は人を養えるのか』という極めて野心的な問題を提起した。人口が現在の70億人から90億人に増え、その大半が途上国での人口増であり、かつ、これらの人々は高い経済成長の下、その食料の消費を増加させるのみならず、現在の先進国同様、高級多様化した食事を追求していくことが見込まれている。現に、中国、インド、ブラジルなどのBRICSと言われる諸国はその先行指標になっている。このレポートが出されて以来、ずっと考えていることがある。それは、第2次大戦後のいわゆる「戦後世界」が北の先進国主導のものから途上国による牽引の形に大きく変わりつつある。問題は、その転換点は、いつからであったのか、そして、世界はここからどこに誰が主導して進んでいくのか、しかも、Sustainable development 即ち、エネルギー開発や食料・鉱工業生産、IT・金融・投資をはじめとするサービィス産業の経済社会の席巻が進む中で、自然環境の保全を図りつつ持続可能な形で発展は可能かである。

 そんな疑問を抱く中、英国の歴史学者O.A.ウエスタッドの『グローバル冷戦史:第3世界への介入と現代世界の形成』を手にしえた。著者は、戦後の冷戦構造とは超大国米ソ間のグローバルな対立が国際情勢を支配したものであり、それは東西対立と米ソ間のアジア、アフリカ、ラテンアメリカといったグローバルな多数派である第三国の支配を巡る覇権争いという形をとったと定義する。但し、著者は、それは所詮二つの対立する“ヨーロッパの近代思想”に基礎をおいた対立であり帝国主義との違いは「搾取や制圧」ではなく「統制と改善」であった、その枠組みの中で第三世界の支配者は資本主義と共産主義に代わる「第3の道」を追求したものの実態は米ソのいずれかの開発モデルと手を組み時として途上国の人民の生活の破滅的結果をも生んだ、と分析する。そして、今日、この第三の世界が世界の成長の牽引車として台頭し始めている。これは冷戦構造が崩壊した1990年前後には考えもしなかった事態だが、この21世紀に支配的となろうとしている。

 その世界に仙台大学の学生諸君は、生き残りをかけた戦士として道を歩まざるを得ない。その際、いかなる道を開拓していくべきなのか…。学生諸君の感性にあった書籍を手に取り、一人一人の生きるべき道の“灯”とはなにかをじっくり議論し共に学んでいけたらと念じている。

所蔵Information <図書館で探してみよう!>

  • 『罪と罰』(世界文学全集16巻〜17巻) ドストエフスキー 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『カラマーゾフの兄弟』(世界の文学17巻〜18巻) ドストエフスキー 中央公論
    908 S 図書館2階
  • 『アンナ・カレーニナ』(世界文学全集18巻〜19巻) トルストイ 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『赤と黒』(世界文学全集2巻) スタンダール 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『レ・ミゼラブル』(世界文学全集6巻〜8巻) ヴィクトル・ユーゴー 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『狭き門』(世界文学全集26巻) アンドレ・ジッド 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『沈黙の春』 レイチェル・カーソン 新潮社
    519 Ca 図書館2階
  • 『複合汚染』 有吉佐和子 新潮社
    498.4 As 図書館2階
  • 『坂の上の雲』 司馬遼太郎 文芸春秋
    913.6 Sr 図書館2階
  • 『華麗なる一族』 山崎豊子 新潮社
    913 Yt 図書館2階
    『官僚たちの夏』 山崎豊子 新潮社
    913.6 Ss 図書館2階
  • 『グローバル冷戦史:第3世界への介入と現代世界の形成』 O・A・ウェスタッド 名古屋大学出版会
    319.02 We 図書館2階

2013年3月22日金曜日

【TORCH Vol.014】私がはまった本とそのきっかけ


助教 岡田成弘

「本を読みなさい」

 私が学生時代に両親に言われ続けた言葉です。私は10代から20代のほとんどを、ろくに本を読まずに過ごしました。本を読んだ方がいいということは、何となく分かっていたのですが、それよりも面白いものが周りにたくさんあったため、わざわざ時間をとって本を読むことはしませんでした。

 そんな私を見て親は冒頭の言葉を何度も投げかけてくれました。それでも、私は本を読みませんでした。大学院に進学して、自分の専門分野(野外教育)や論文に必要な本は読みましたが、それ以外の本はほとんど読みませんでした。

 30歳になった今、私は本を読んでいます。忙しくて時間が取れないときもありますが、月に1〜2冊くらいのペースで読んでいます。

 私には、本を読むきっかけがありました。2010年12月(27歳)、左膝膝蓋骨を骨折し、手術・入院する羽目になりました。かなり落ち込んで、ちょっと自暴自棄になりかけましたが、今思うとこの入院こそが、私が本を読むきっかけになりました。入院中、やることがなく暇を持て余していたので、彼女(今の嫁)が持って来てくれた本を読むことにしました。彼女は、長編は疲れるだろうと気を遣い、彼女が好きな作家の短編小説集を何冊か買って来てくれました。私は、入院中にそれらの本を読み、「ゆっくり本を読むのも悪くないな」と思いました。その時読んだ本が、奥田英朗の「イン・ザ・プール」、「空中ブランコ」、「町長選挙」、それから東野圭吾の「怪笑小説」でした。

 そして、退院し、横浜の実家で少し時間を過ごした後、電車で筑波に戻る時、北千住駅で乗り換えの時間があったので、エキナカのランキンランキン(ranking ranQueen)に何気なく入りました。そこで、今売れているランキング1位の東野圭吾の最新作「白銀ジャック」が目に入りました。

「東野圭吾は入院中に読んで面白かったし、ランキング1位だし、買ってみるか」

 そんな軽い気持ちで購入した本ですが、今思うとそれが大きな転機となりました。電車の中で、久々の長編小説を読みながら、小説の世界にどんどんはまっていく自分に気がつきました。電車を降りても続きが気になり、筑波の家に着いてからも食事も食べずに、そのまま最後まで読み切りました。

「東野圭吾はこんなに面白いのか」

 数日後、本屋に出向き、東野圭吾作品で、売れているという「秘密」、「容疑者xの献身」を購入しました。この2冊もまたはまりました。その後、古本屋で「白夜行」と「幻夜」を購入し、数日で読破。それから、東野圭吾好きの友人から、10冊をまとめ借りし、足を怪我して思うように動けないという状況も後押しして、それら全てを1ヶ月で読み切ってしまいました。それ以来、今でも東野圭吾にはまっています。

 東野圭吾をよく読むようになると、身の回りで少し変化が生じました。友人と、本の話をするようになったのです。実は多くの人間が、東野圭吾にはまっているのだと気がつきました。ある時は、どの作品がベスト3だという論争を繰り広げ、ある時は話が盛り上がったテンションで「容疑者xの献身」をツタヤで借りてプロジェクターで上映したり・・・。その後は、嫁や母親に紹介されたダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」にもはまりました。これまたファンが多く、ダン・ブラウントークで盛り上がりました。本を読むということが、人間関係にも影響するとは、昔は考えたこともありませんでした。今でも、東野圭吾を紹介してくれた嫁と一緒に、月に1回くらいは大河原図書館に行き、東野圭吾を数冊借りてきます(その全てを読めているわけではありませんが。)

 そうやって本にはまってから、時々、冒頭の「本を読みなさい」という言葉を思い出します。あれだけ言われても本を読まなかった私が、今これほど本を読む(読みたいと思う)ようになるとは自分でも想像していませんでした。その後、両親に私の考えを伝えたことがあります。

「本を読め、本を読め、というのではなく、とにかく面白い本を1冊紹介するだけでよかったのに・・・」

 今では、母親は私に面白い本を薦めてくれます。

 学生の皆さんの中には、きっと学生時代の私と同じように、色んな面白いものやことに囲まれていて、わざわざ本を読む時間をとろうと思わない人も多いでしょう。私は「本を読みなさい」とは言いません。その代わり私は、私の好きな本を紹介するに留めます。怪我でも、長時間の移動でも、実家に帰って暇な時でも、何かきっかけがある時に読んでみて下さい。

 私の経験則から、5人以上が「面白い」と言っている本は、大体外れがありません。ただし、テレビやネットの情報ではなく、自分の周りの身近な5人です。自分の身近な人は、少なからず自分と価値観が類似していると思われますし、そういう人のうち5人以上が面白いというのだから、自分も面白いと思うはずです。まずは、自分の身近な人に、どんな本(作家)が面白いのかをリサーチしてみて下さい。その中で、きっと複数名があげる作品や作家がいるはずです。そして、5人以上があげた作品や作家を覚えておいて下さい。いつか、本を読むきっかけが来る日まで。

 以下は、私がお薦めする本です。今私は、難しい論説や自己啓発本は読んでいません。長編小説が面白いと思っています。でもこうやってみると、ドラマや映画化されているものが多いので、やっぱり面白いんでしょうね。

東野圭吾作品 私のベスト3
1. 秘密 
2. 時生 
3. 悪意 or 容疑者xの献身

 ストーリーや魅力は敢えて書きません。東野圭吾の作品は、緻密に計算された布石が最後でつながり、ラストに「えーーーーっ!!」というサプライズが用意されていることが多いです。その他にも、斬新な手法を用いたり(悪意は作品の書き方自体が面白かったです)、下らない馬鹿話をまとめたりと(歪笑小説などの笑小説シリーズ、超・殺人事件等)、何十冊読んでいても飽きません。

私のお薦めの作品
★ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」、「天使と悪魔」
 母親や嫁に薦めてもらいました。展開がスピーディーで、次はどうなるのかワクワクハラハラしながら読み進めました。レオナルド・ダ・ヴィンチやキリスト教、バチカン市国のことについて「へー」や「なるほど」がたくさんあり、知的教養も深まりました。2013年序盤に話題になったコンクラーベについても、「天使と悪魔」で知りました。

★重松清「流星ワゴン」
 崩壊寸前の家庭を持つ主人公が、交通事故死した親子のオデッセイに乗り込むことから物語が始まります。重苦しいシーンもありますが、主人公が過去や今を行ったり来たりする中で、家族や親子について色々考えさせられる一冊です。途中で思わず涙しました。東野圭吾の「時生」もそうですが、30代目前になって親父と息子を描く物語に少々惹かれてしまうようです(笑)

★東野圭吾「天空の蜂」
 奪取された超大型ヘリコプターに爆薬を積載させ、稼働中の原子力発電所に落とすと脅迫して来たテロリスト。福島原発問題の10年以上も前にこのテーマで問題提起をしていた東野圭吾の視点に脱帽しました。原発やヘリコプターについての専門用語が多くてしんどい箇所もありましたが、スリリングな展開に一気に読破できました。

2013年3月18日月曜日

【TORCH Vol.013】本格的読書の前に、きっかけとしての「漫画」~日本文化の「漫画」から読書を考える~


講師 石丸出穂

 ここで執筆された先生方もそうであったが、私も学生時代に活字本をたくさん読んでいたかというと、実はそうではなかったと思う。必要に迫られてか、興味が自然と湧いてきたのか、大学院生時代頃からさまざまな本を読む機会が多くなった。私は大学の業務上、出張が多い。電車やバスでの長時間での移動中は、なぜか読書が進む。出かけるときには必ず数冊の本と、家電教員(?)必須アイテムのiPad(ダウンロードした本や、自ら自炊した本を入れている。雑誌も含めると100冊程度、常時入っている)を持って行く。最近iPad miniを購入し、さらに持ち出しやすくなった。読書は本当にさまざまな知識と経験を与えてくれる。一言でいうと、世界観が広がる。この知恵の宝庫の魅力を知ると、本屋さんに足を運ぶことが本当に楽しくなる(ちなみに私は、電気屋と本屋がなぜか一番落ち着く)。しかし、大学生時代やそれ以前に本を読んでいなかったわけではなく、その頃たくさん読んでいたのは、「漫画」だ。おそらく今の学生たちも多くは、「漫画」は読んでいるのではないだろうか。

 私の小学生時代は、週刊少年ジャンプの全盛期だった。今でも「ONE PIECE(1997年~現在)」は大人気の作品であるが、当時は「キン肉マン(1979~1987年)」「キャプテン翼(1981~1988年)」「北斗の拳(1983~1988年)」「ドラゴンボール(1984~1995年)」などを毎週欠かさず読んでいた。他の雑誌で読んでいた作品では、「YAWARA!(1986~1993年)」「オフサイド(1987~1992年)」「修羅の門(1987~1996年)」「シュート!(1990~2003年)」「20(21)世紀少年(1999~2007年)」など、映画化されたりドラマ化された作品も多く、「はじめの一歩(1989年~現在)」「リアル(1999年~現在)」「キングダム(2006年~現在)」「鉄拳チンミ(1983年~現在)」「龍狼伝(1993年~現在)」と、今でも楽しみに購読している作品も多い。空想の世界であるが、ワクワクしながら読んでいたものだ。

 私が高校生時代に、受験勉強の助けにもなった歴史ものの作品に、「三国志(1971~1986年)」がある。横山光輝氏による史実に基づいた物語で、主人公の劉備玄徳と曹操との対決を中心に描かれている作品ではあるが、“桃園の誓い”で知性と武力を兼ね備えた関羽と、豪傑張飛との義兄弟の契りを結ぶ場面や、諸葛亮孔明を“三顧の礼”をもって軍師に招き入れる場面など、歴史ももちろんであるが、人間としての義理人情の部分も描かれている。“赤壁の戦い”では、軍師を中心にした戦術・戦略のやり取りなど、今振り返ってみると、私が専門としているスポーツ情報戦略につながる、戦うためには緻密な戦略と情報が必要であることを、考えるきっかけとなったと思う。なにより物語の人間模様を読みながら、“徳”について学んだところは大きかったと思う。全60巻と大長編であるが、興味のある方はぜひ手にとって読んでもらいたい。

 スポーツを題材にした作品で特に印象に残っているのは、「スラムダンク(1990~1996年)」だ。恥ずかしながら高校生時代、スラムダンクに登場する、三っちゃんこと三井寿の「安西先生、バスケがしたいです」のシーンで、コンビニで立ち読みしながら涙したくらいだ(他にも安西先生の言葉には名言が多くある。「あきらめたらそこで試合終了だよ」は、最後まであきらめない、メンタルの重要性を教えてくれている)。そこには間違いなく感動と、言い過ぎかも知れないが教育の側面があったのではないかと、今思うと考えられる。

 関連して、「スラムダンク」を題材にした、いわゆる活字本が出版されているのはご存じだろうか。「スラムダンク勝利学」「スラムダンク論語」「スラムダンク武士道」「スラムダンク孫子」などだ。あの頃を思い出し、思わず手に取ってしまった。そこにはスラムダンクの登場人物の特徴を捉え、それを学術的(?)に説明し、試合に勝つための考え方とは、論語とはどういう学問なのか、日本古来の武士道とは一体何なのか、孫子の戦術とは、など、わかりやすく解説している。「論語」「武士道」「孫子」だけでは、堅苦しそうでなかなか本として手に取れないが、自分が好きだった漫画の世界からひも解いて解説してあるこれらの本は、本格的な学問の世界に飛び込む、よいきっかけとなる。漫画好きの学生たちにも読んでもらいたい、お薦めの本たちだ。

 スポーツの世界からは少し離れるが、日本アニメ界の巨匠、宮崎駿氏の作品の一つである「風の谷のナウシカ」は、みなさんアニメ映画としても一度はご覧になった作品であろう。実は、この「風の谷のナウシカ」は、「漫画」としての作品(1982~1994年)でもあり、映画化された場面は、全7巻中、ほんの2巻程度しか描かれていないことはあまり知られていない。私は大学時代に機会あってこの全巻を手に入れ、何度も読み返したが、実に奥が深く、一度読んだだけではなかなか理解が出来ない、難しい内容である。火の7日間戦争で近代文明が滅んだあとの世界という設定が舞台で、腐海と呼ばれる死の森の瘴気におびえながらも、この世界とともに生きていこうとする人々を描いている。ナウシカを中心に、腐海はなぜこの世に生まれたのか、読みながら現実世界にも通じる世の中の謎を解く旅に出ることが出来る。人間の傲慢さと愚かさを見ると同時に、やさしさと力強さ、を知ることも出来る。「人間は世界の残酷さと美しさを知ることが出来る」という最後のナウシカの言葉は胸に刺さる。腐海や巨大な虫たち、オームや巨神兵に至るまで、現実世界に生きる人間そのものを表しているのだ。お固く言えば、現実社会でも問題提起されている、環境汚染、地球温暖化問題などを独自の目線で切り込んでいる。とにかく機会があれば一度読んでほしい作品である。

 私の専門であるバレーボールについて描かれている作品は、「アタックNo.1(1968~1970年)」「涙のバレーボール(1986~1987年)」「健太やります(1989~1994年)」「リベロ革命(2000~2002年)」など、野球やバスケット、サッカーを題材とした作品に比べると格段に少ない。「キャプテン翼」や「スラムダンク」の影響で、サッカーやバスケットを始めた人たちも多いと聞く。小・中学校世代の男子バレーボール人口が激減している昨今、新しく連載され始めたバレーボール漫画に、期待しているバレーボール関係者は私だけではないはず・・・。

自ら所有する雑誌や書籍を、スキャナーを使用して電子媒体に変換する行為


所蔵Information <図書館で探してみよう!>
図書館には残念ながら漫画は収録されていないのですが、設置してあるフリーペーパー『スポーツゴジラ』(キーナート先生ご提供)の第18号の特集「スポーツマンガは凄い!」では、様々なスポーツマンガが紹介されています。

2013年3月8日金曜日

【TORCH Vol.012】最近の読書から


現代武道学科 教授 伊藤重孝

縁があって職員の立場にあり、その任に相応しい学生との対話、知識、手法を研鑽すべく、図書館のお力添えを頂き、文献をあさり乱読の状況にあります。未熟ながら、仰せにより紙面を汚させていただきます。

さて、甚だしい勘違いであるが、生活の知恵と知識の区別を安易にし、「知識はないが知恵はある」と自負し、疑うこともなく思い込んでいた。しかし、「物事の理を悟り適切に処理する能力」には知識と知恵を切り離せない一体の関係にあるという、現実を悟らず愕然とする始末。今日、この程度の自分が、寄稿の指名に戸惑いつつ・・・・・失笑を覚悟です。

昭和57年、論文作成のため各種文献を乱読したが、その中に「縮」志向の日本人(李御寧)がありました。日本の短歌、俳句等や扇子、ラジオ等のように、縮めて日本オリジナルの文学、科学技術とする等々の論調であった。

当時はなるほどという内容であったが、30年を経過した昨今、いかなる次第は不明ですが
再度、話題になっているようです。しかし、現在はフロッピーからUSBまで情報の「縮小」コンパクト化傾向は、止まるところを知らない状況にあります。

自分は、警察大学において組織の執行力向上を目的とし、経験実学という限定的な内容で、職務を通じて同一線上にある関係者教育であり、経験から安易に引き受け今日をむかえている。

これまでの指導に関する手法は、学問、知識ではなく、失敗の反省経験から学んでいた。
しかし、対象となる学生の多彩、教育の内容の多岐に困惑し、「教育・伝達」とその「手法と真髄」等の関連文献を探し求め、図書館スタッフには大変お世話になっています。

この度、研究課題「動物(馬)を介した心理・教育的アプローチ」を共同研究するにあたり、何気なく実施した乗馬の経験から、馬に対し、何をどのように伝えるか、その結果の検証等・・・・に関連し、試行錯誤のさなかに巡り合った一冊

  • 平田オリザ著「わかりあえないことから」コミュニケーション能力とは何か

を読み「目からウロコ」までは行きませんが、得るものがあった。

<伝えたいという気持>
子供の中に(自分達の中に)ないのなら、「伝える技術」をどれだけ教え込もうとしたところで、「伝えたい」という気持ちがどこから来るのだろう。その技術は定着していかない。では、その伝えたいという気持ちそれは「伝わらない」という経験からしか来ないのではないかと思う。今の子供たちには、この「伝わらない」という経験、コミュニケーション教育の問題も、おそらくここに集約される。・・・・・・一番いいのは、体験教育だ。障害者施設や高齢者施設を訪問し、ボランティアやインターンシップ制度を充実させる。外国人とコミュニケーションをとる・・・・・・

<慣れのレベル>
今、中堅大学では、就職に強い学生は二つのタイプしかないと言われている。一つは、体育系の学生(きびきびした言動)、もう一つは、アルバイトをたくさん経験してきた学生・・・・・・・能力云々・・要するに大人(年長者)とのつきあいに慣れている学生ということだ。・・・20歳を過ぎたなら「慣れも実力のうちだよ」・・・能力云々、これに対する批判は、正しいと思うが、・・・負け犬の遠吠えだけでは生きられないと思う。

以上は「わかりあえないことから」の抜粋であります。

筆者は、人が人に意思を伝える能力の向上手段を「演劇の教育学」から知的価値としての「コンテクスト活動での成長」すなわち、コミュニケーションデザインへと論じている。研究のテーマは動物と人とのコミュニケーション行動から、人と人とのコミュニケーション能力向上に発展させるものであります。電車の中で友人と一緒に座り、会話もせず夢中になってスマホを操作する姿をみると・・・しかし、会話が下手になったのではなく、昔は、以心伝心のように黙っていても理解し合えることが、美徳とされ、今は、むしろ表現力の面では確実に豊かになっている。

それは、服装、ダンス、唄、演劇等々多岐にわたり、一方ではペットの動物と関わり、交わりも癒しとして存在し、それぞれに表現の方法が必要とされ多くなったとも言えよう。
人間が母音、子音を駆使し会話へ進化した過程と、動物が声を発する行為は、言葉の意味につながるものなのか、自然界における自由な動物の姿と、調教された動物の従順な姿との差違、これがコミュニケーションに値するものと言えるだろうか。

動物を介した場合これがどのように進展するか等々、先が見えない高い山は多々あるが、本学における足跡として後世の人々に評価されるものとしたい。馬の背は高いが、怖いものではありません。体験乗馬によるデーター収集へのご協力、幅広い参考意見は大歓迎です。皆様のご協力をお待ちしております。


所蔵Information <図書館で探してみよう!>

  • 平田オリザ著 「わかりあえないことから」 講談社現代新書
    361.45 Ho  図書館1階

2013年3月1日金曜日

【TORCH Vol.011】「警察の進路~二十一世紀の警察を考える~」を読む


現代武道学科 准教授 飯塚公良夫

 この書籍は、私が前職の東北管区警察学校で教務部長をしていたときに紹介されたものである。

 東北管区警察学校というところは、主として、東北6県の各警察に勤務し巡査部長に昇任予定の警察官、警部補に昇任予定の警察官等初級幹部と呼ばれる警察官を対象に、幹部としての役割や責任、警察業務に関する専門的な知識、技能等を教養訓練するところで、幹部警察官に対し、若い警察官たちを指揮、指導しながら警察業務を効果的に推進して社会の安全と安心のために寄与させる力を付けさせるための教養施設である。

 したがって、当然、社会構造の変化に伴って発生する新たな阻害要因に対応する安全・安心対策を教養していかなければならないという課題があるが、社会の安全・安心を阻害する要因の最たるものは、国民の被害意識が極めて強い犯罪であることは言うまでもなく、警察がなすべき犯罪対策等の警察行政を考えるに当たり、まずは第二次世界大戦終結後の20世紀後半から21世紀にかけて激動の一途をたどってきた社会、経済や国民意識など警察行政を取り巻く環境の変遷を理解する必要があり、それらを踏まえた上で、社会の安全・安心のためにより効果的な警察活動を実践できる幹部を育成することが重要視されていた。

 そのため、いかにして初級幹部を育成すべきかと、幹部教養の方向性に悩んでいた平成21年6月、私は、初めてこの書籍のことを知った。当時、東北管区警察学校に出入りしていた東京法令出版という法律関係図書の出版会社の東北営業所長から、新刊の警察業務に関する参考書として紹介されたからである。

 しかし、このときは、歴代の警察庁長官や警視総監、それに警察庁各局の警察庁幹部が協力して執筆し編集された書籍であり、二十一世紀における警察の課題と将来の展望、課題への対処方策の検討等についてまとめられた書籍であるとしか聞かされておらず、それであれば、警察庁の出先機関である各管区警察局や都道府県警察に示される警察庁通達や連絡文書等とそう変わりはないだろうという気持ちで、その書籍を取り寄せて実際に手に取ってみるというところまではいかなかった。

 ところが、警察を退職後、私はこの大学に籍を置くことになったわけであるが、その際、大学での所属学科が新設されたばかりの現代武道学科であり、担当すべき科目が武道の社会的応用を重視した内容のものであって、その中で社会の安全・安心に関する武道の応用という分野の教養を担当して欲しいと言われ、これまで比較的自由な環境の中で育ち社会の安全・安心に関してはいわば素人同然の学生に対し、社会の安全・安心を保つことの大切さ、安全・安心に対する国民としての考え方や取り組み姿勢等を講義するに当たって如何にすべきかと考えたとき、ふと、この書籍のことが脳裏に浮かんだのである。

 人間なら誰しも、人の役に立ちたい、社会のためになる仕事をしたい、国を動かす仕事をしたい、そして安全で安心して生活できる世の中にしたいという気持ちを持っているものである。そのことを考えたとき、真っ先に頭に浮かぶ仕事は、国や県、市区町村等地方自治体で仕事をする公務員であり、特に人々の先頭に立って安全と安心を守るという意味では、警察という仕事にほかならない。

 平成23年3月11日、あの東日本大震災が発生した直後、住民の避難や被災者の救出・救護活動の現場で先陣を切って活動したのは、現地警察署の警察官や地元の消防団員等地域に密着して活動している人たちであった。しかし、後から駆け付けた消防レスキュー隊や自衛隊、そして他国の救助隊等の活動がマスコミで大きく取り上げられているにもかかわらず、大災害の発生に真っ先に対処して大津波の犠牲となった警察官や地元消防団員のこと、警察による行方不明者の捜索活動や犠牲者の身元確認作業のことなどは、当時それほど大きくは捉えられていなかった。

 あの大震災以降公務員を目指す若者たちが増えていると言われているが、そのことは、純粋に社会の役に立つ仕事をしたいという意欲の表れであろうと信じている。だからこそ、幾多の公務員が存在する中で、ほかのどんな公務員よりも毎日毎日人々の目の前で直接活動し、人々が抱えるあらゆる問題に対して最前線の現場で対処している警察官という崇高な仕事を目指す若者が一人でも多く育って欲しいというのが、今は勿論のこと、大震災直後の、私の偽りのない気持ちであった。

 そんなとき、以前紹介された書籍の執筆者が、いずれも激動する二十世紀後半から二十一世紀にかけ警察組織の中枢において全国の警察を指導監督し、警察活動の実際においても現場の指揮指導に当たった経験のある人たちや、現在も実際に現場で指揮指導に当たっている人たちであり、社会の安全・安心のために中枢となって寄与すべき警察組織が抱える課題を的確に把握し、将来の警察組織に期待する施策や行動等についてだけではなく、社会や国民自身が取り組むべき安全・安心のための行動等について深く考察を加えているのではないかと思い当ったのである。

 したがって、私が初めてこの書籍を手に取ったのは、私が所属する現代武道学科が発足した平成23年の9月に入ってからであり、仙台大学図書館に依頼し、発行元の東京法令出版から他の書籍とともに個人研究用の大学蔵書として取り寄せてもらってからである。
実際にこの書籍を手に取ってもらえばわかると思うが、編者は、元警察庁長官で、あの狂信的宗教集団オウム真理教による地下鉄サリン事件や弁護士一家殺害事件等一連の事件で全国警察の捜査指揮に当たり、その捜査の最中何者かによる銃撃を受けて生死の境をさまよった経験があり、退官後もドクターヘリの導入促進に尽力されている国松孝次氏や、同じく元警察庁長官であって、警察組織の国際犯罪組織や暴力団等による組織的な犯罪に対応する組織犯罪対策部門を改編充実させた佐藤英彦氏などであり、執筆者も、東京都の副知事を務めた経験のある竹花豊氏、内閣法制局参事官に出向している露木康浩氏、そして海外警察の政策支援に当たっている前宮城県警本部長の竹内直人氏など、警察組織のシンクタンクともいわれている人たちが名を連ねている。

 本書籍の内容は、これら警察組織の中枢に位置し、激動の時代といわれている現代、全国の警察官を指揮指導してきた、そして現在も実際の現場で指揮指導に当たっている人たちが協力し、現代の警察が抱える諸問題の中から最も重要と思われる論点について、「社会・経済構造の変化への対応」、「行政・司法システム改変への対応」、「グローバル化への対応」、「技術革新への対応」と題して考察し、また、警察制度・組織をめぐる歴史的考察を踏まえ、諸外国の警察制度と比較しながら、我が国の警察制度に内在する論点を浮き彫りにして将来の我が国における警察組織の在り方についての課題を呈示するなど、警察という仕事が持つ意義と今後真剣に取り組んでいくべき社会の安全と安心に関する方向性についての意見を示したものである。

 将来警察官を目指す学生諸君にとって、また本大学における「社会の安全・安心概論」「応用武道概論」等を学習するに当たって、大いに参考となるのではなかろうか。


所蔵Information <図書館で探してみよう!>

  • 『警察の進路〜21世紀の警察を考える』
    【著者】安藤忠夫, 国松孝次, 佐藤英彦
    【出版社】東京法令
    【請求記号】317.7 Ke
    【配架場所】図書館2階