スポーツ情報マスメディア学科 助教 吉村広樹
書籍「行動経済学が勝敗を支配する」(著者 今泉拓氏)をご紹介したいと思います。
本書は、心理学と経済学を融合させた「行動経済学」の視点から、スポーツにおける意思決定のメカニズムを鋭く分析した一冊です。著者は、行動経済学において、スポーツのデータは「人間心理が凝縮された宝庫」であると述べています。極限のプレッシャーがかかるスポーツの現場では、人間の本質的な心理傾向が如実に表れるからです。本書を通じて明らかになるのは、どれほど訓練を積んだプロのアスリートや審判であっても、「つい不合理な選択をしてしまう」という驚きの事実です。
本書は、各章ごとに1つの「認知バイアス(思考の偏り)」を取り上げ、多様なスポーツ事例を題材に解説する構成となっています。単なる事例紹介にとどまらず、これらの認知バイアスを理解し克服することが、最終的な競技力の向上につながるという実践的なメッセージが込められています。本書で紹介されているバイアスの中から、特に興味深い2つの事例を紹介します。
1つ目は損失回避バイアスです。本書で紹介されているゴルフを題材にした事例をご紹介します。人間は損を嫌う生き物であるため、「バーディー=得」、「ボギー=損」と意識し、バーディーを取ろうと難しいパットに挑戦するよりも、ボギー(=損)を嫌って安全なパットをする可能性が高いと提唱されています。本来、ゴルフはボギーの少なさやバーディーの多さを競う競技ではありません。18ホールを回って最終的に少ない総打数であることが最も重要なはずです。しかし、トッププロであっても損失の恐怖が不合理な慎重さを招くことを示しています。
2つ目はフレーミング効果です。サッカーと野球(MLB)では、ビデオ判定によって判定が覆る確率が大きく異なります。これは「誰が」「どのような枠組み(フレーム)で」判断するかが影響しているようです。サッカーは、主審自身が映像を見て最終判断を下し、MLBでは、 別のスタッフが最終判断を下す。というフレームになっています。主審が自分自身で映像を確認する場合、「自分の判定は正しかったか?」という疑いの目で再確認することになります。「疑いのフレーム」を通して再度プレーを確認する事で、判定が覆る可能性が生まれるのです。同じプレー映像でも、どのような心理的枠組みで見るかによって結果が変わることを示唆しています。
本書は、スポーツのあらゆる場面における意思決定の裏側で、いかに多くの「不合理な意思決定」が行われているかを教えてくれます。
人間である以上、バイアスから完全に逃れることは難しいかもしれません。しかし、少しでも行動経済学の知見を取り入れ、自分たちの陥りやすい罠を理解することで、冷静な判断が可能になり、結果として競技力が向上するかもしれない――本書は、そんな希望と新たな視点を与えてくれる本です。皆さんもぜひ一度、読んでみてください。