2016年10月24日月曜日

【TORCH Vol.088】学生の皆さんにお薦めしたい一冊「修身教授録」

紀野國 宏明

去年の春、仙台市内の病院に急遽入院することになった兄のお見舞いに行ったところ、ベットに横になっていた兄が「これ読んでみろ、面白いぞ」と言って私に一冊の本を手渡してよこした。
これまで大変忙しく働いていた兄だったので入院の退屈しのぎに読んでしまった本を私にくれるのだろうくらいの気持ちで軽く受け取ったが、見ると「修身教授録」との題名、何やら戦前の古めかしい匂を感じた。
とはいっても、食道ガンで入院した兄がわざわざくれるというのだから、私は素直に受け取り、簡単なお礼を言って家に持ち帰えった。
当時の私は、まだ教育の世界とは似ても似つかない組織で働いていたので、万が一にも自分が教員になるなどとは全く想像もしていなかったし、ましてや兄が逝ってしまうとは考えもしなかった。
今になってみると、もしかしたら兄は私が教員になることを予知していたのか、予感でもあったのかと思ってもみるが、何とも不思議な、この本との出会であった。
そのうち気が向いた時にでも読めばいいだろうくらいの気持ちで持ち帰ったのだが、ページをめくって読んでみると、私は、たちまちこの本の魅力に引き込まれてしまった。その一節一節に心から感動し、夢中になってしまったのだ。
この本は、森信三という先生が、京都大学哲学科を卒業し、大阪の天王寺師範学校で講師をされていたとき、教師の卵である学生に行った講義の記録である。
私がたちまち引き込まれてしまった理由は、おそらく、だれでも一生に一度は考え、悩むであろう事柄について、森先生は一つ一つ真正面から取組み、決して逃げず、丁寧にわかりやすく学生たちに講義されている様子が、生き生きと記述されているからだと思う。それは、間もなく定年退職を迎えようとしていた私にさえも、はっきりと伝わってきた。
森先生が講義された人生において大切な事柄の一つ一つは、実は、私がことごとく色々と理由をつけては後回しにしてきたことばかりだった。考えること自体から逃げ、私自身がいい加減で安っぽい生き方をしてきたことに改めて気付かされ、そのことを心から恥ずかしくさえ思った。
まさに世にいう「教師」とは、このような方を言うのだろうと思うと同時に、その偉大さといったようなものを感じた。

論より証拠ではいが、ここで、その一文を紹介する。

「第2講 人間として生まれて」

さて、諸君らは大部分の人は、大体今年18歳前後とみてよいでしょうね。してみると諸君らは人間としての生を受けてから、大体16,7年の歳月を過ごしたわけであります。
ところが、それに対して諸君は、一体いかなる力によって、かくは人間として生をうけることができたかという問題について、今日まで考えてみたことがありますか。
今ここに諸君らと相見えて、互いに研修の第一歩を踏み出すに当たっては、諸君たちが受け入れると否とにかかわらず、どうしてもまずこの問題から出発せずにはいられないのです。われわれ人間にとって、人生の根本目標は、結局は人として生をこの世にうけたことの真意を自覚して、これを実現する以外にないと考えるからです。そして互いに真に生き甲斐がある日々を送ること以外にないと思うからです。・・・ところがそのためには、われわれは何よりもまず、この自分自身というものについて深く知らなければならぬと思います。言い換えればそもそもいかなる力によってわれわれは、かく人間として生をうけることができたのであるか。私たちはまずこの根本問題に対して、改めて深く思いを致さなければならぬと思うのです。・・・

といった具合で、森先生の講義が進んでいくのだ。
これを読み始めた私は、当時、この講義を受講した学生たちも同じ気持ちだったに違いないと思いつつ、森先生の講義にみるみる引き込まれていった。
この本は、人生の終盤に差し掛かった私のような者にさえ、改めて人生の深さに気付かせ、そして多くの真理を提示してくれている。

学生の皆さんに、是非、一度、手に取って読んでみて欲しい一冊です。 

お勧めの図書 「修身教授録」

著者 森信三
発行者 藤尾英昭
発行所 致知出版社