2014年3月14日金曜日

【TORCH Vol.051】「身につけたい 江戸しぐさ」

教授 齋藤浩二

 近年、日本人のマナーが低下していると言われている。自分勝手な言動が日常的になっているところが原因なのか。また、学校へ躾まで要求する親がいると聞くが、人間教育が欠落してしまっているのか、よいマナーを教えるべき“すべ”を知らないためなのか・・・。

 あまり電車に乗らない私ですが、出張の帰りに仙台から東仙台まで乗った。乗った車両のほとんどの乗客はみなスマホとにらめっこをしている光景を目にした。酔っ払いの大声で話されるよりはいいが、何か違和感をもった。座れるスペースが少しあったので近くに行って「すいません」と言ったがスマホに夢中なのか気が付かず、少し経ってからようやく座ることができた。しかし、座ったが何か後味がわるかった。そこで思い出したのは、『江戸しぐさ』の本のことであった。江戸町人の共生からくる相手への思いやりが根付いた、気持ちよく暮らすための心得のことである。「人にして気持ちいい、してもらって気持ちいい、はたの目に気持ちいい」と言うもので、人みな気持ち良く笑顔で暮らせるようにし、金や物よりも何より人間を大切にしたことである。その中に、「こぶし腰浮かせ」といい、渡し場で舟に乗るときに、後から来た客のために、こぶし分だけ腰を浮かせて詰めることである。誰かが言ってそうするのではなく、咄嗟に動きゆずりあう気持ちや行動のことである。

 私の好きなしぐさは「うっかりあやまり」で自分の「うかつ」を反省するところである。他人の不注意で自分に迷惑をかけられたときに「私もうかつでした。すいません。」と謝ることである。たとえば、電車の中で人の足を踏んでしまったら謝るのが当然ですが、踏まれた人が「足を避けられなかった私もうかつでした。すいません。」などと言葉を発せなくてもその場のしぐさで対応すること。これは身につけたいしぐさのひとつである。また、「肩引き」と言って、すれ違う際の自分の右肩・右腕を後ろへ引いて互いにぶつからないようにするしぐさ。(江戸時代は武士が刀を左腰に差していたことから、左側通行のために右肩を引いたわけであり、今日では左肩や左腕を引くこと)さらに、「傘かしげ」は雨や雪の日、相手も自分も濡れないように、傘を人のいない外側に傾けてすれ違うしぐさである。どちらも何気ないように普段行っているが、そこをサットやる身のこなしがイキに感じる行為である。この他に、「駕籠止めしぐさ」訪問先の手前で降りる謙虚さ、「階段では上がる人が立ち止まりを」「腕組みや足組みのしぐさは慎むべき」など失礼のないようにしぐさが挙げられている。

 江戸時代は人間とかいて「じんかん」といい、人と人にはよい間合いが大切であると説いている。親しき仲にも礼儀ありで、人付き合いをうまくやることが基本であることを教えてくれている。江戸しぐさは、武士道と同様に道徳的義務ではないかと思っている。

 大学教育の在り方についての教育再生実行会議の第三次提言に「日本人としてのアイデンティティを高め、日本文化を世界に発信する。」と盛り込まれている。我が国の伝統文化について理解を深める取り組みが行われ、中学校の武道必修化もそのひとつである。日本の良さ(文化)を紹介・指導できる人材の育成等が挙げられている。

 この日本の文化のよさとは何であろうか。東京オリンピックの開催決定で「おもてなし」が話題になったが、私はそのまえに「思いやり」があるのだろうと思った。今、忘れかけている礼儀や相手に対する思いやり、日本人が昔から身についていた振る舞い、人として恥ずかしくない心構え(しぐさ)ではないであろうか。この思いやりを日本の文化として実践すべきであると考えている。先日、剣道研修会にて講師の先生から、上記の「江戸しぐさ」について触れられ、古きよき日本人の養育から鍛育と続く段階的養育法「三つ心(三つ子の魂)、六つ躾(まねる)、九つ言葉(挨拶)、十二文、十五理で末決まる」について紹介された。その当時の外国人は日本の子供のことを「無邪気、利口、自由、手伝いをする、礼儀正しい」と見ていた。人間の基本をつくり始める大切な時期に、愛情深く接して心に豊かさを持つように躾をされていたのではないだろうか。時代が変わっても忘れてほしくない事がある。人と人々との出会い、人間が暮らしていくうえで大切に守りあう心としてのルールがあることを。

 私は他の学校を訪問した際、学生や生徒の行動をみるとその学校の指導がよく伝わってくることがある。これと同様に外部の方が本学に来訪されたとき、学生の姿がどのように映るのであろうかと学生の行動を見ることがある。人間は外見ではなく中身であるとよく言われているが、まずは外見や態度を整える事が大切であると思っている。服装を整える、靴をしっかりと履く、挨拶は自分からする、返事をはっきりという、脱いだ靴は揃えるなどを当たり前のことが自然のしぐさとしてできるようにしたいものである。さらに、暮らしていくうえでのルールやマナーを守ることが人とうまくやっていけることであると伝えていきたい。

・越川禮子『身につけよう!江戸しぐさ』kkロングセラーズ