2021年10月19日火曜日

【TORCH Vol.133】 「思いどおりになんて育たない」

 教授 賞雅 さや子 

 私の専門分野は保育・幼児教育ですが、「育つ」「育てる」ということ全般に関心があります。ご紹介する、アリソン・ゴプニック著、渡会圭子訳、森口祐介解説『思いどおりになんて育たない-反ペアレンティングの科学-』(森北出版、2019年)は、心理学者・哲学者である著者が「親が子を育てる」という営みを科学的に追及する専門書でありますが、私はこの書を読んで、子どもだけではなく、若者も、大人も、そして私自身も「思いどおりになんて育っていない、育てられない」とひどく納得した、そんな1冊であります。

 「親が子を育てる目的とは何なのだろうか。子どもの世話はきつくて骨が折れるが、たいていの人が深い満足を感じている。それはなぜなのか。それだけの価値があると思える理由は何なのだろうか。」という問いからこの本は始まりますが、著者はこの問いに対して「現在のペアレンティング(親がなすべきこと)と呼ばれるものの考え方は、科学的、哲学的、政治的な観点から、そして人の生活という面から見ても、根本的に誤りであることを論じたい」という立場で、つまり、解説者の森口祐介氏の言葉を借りると「世の中にあふれる育児書に対する不満をぶつけて」、子どもの発達、学習、遊びなどについて論じています。

 本書の原題「The Gardener and the Carpenter(庭師と木工職人)」は、ペアレンティングがこうあるべきと推奨する親像を木工職人に、著者の提案する親像を庭師に例えたタイトルです。木工職人は設計書に従って材料を組み立て、頭に思い描いた品物をいくつでも同じ形に作り上げるのに対し、庭師がいくら念入りに計画を立てて、丁寧に世話をしても、思ったところに思うように花が咲かなかったり、病気になったり、枯れてしまったり、時には蒔いた覚えのない芽が伸びてきたりもします。子どもも植物同様思いどおりには育たないものだし、子育ても園芸のように「思いどおりにいかない」ものであることをイメージするものです。

ではなぜ育てるのか。育てることに価値があるのはなぜなのか。どのように育てたらよいのか。その答えはぜひ、本書をお読みいただき、考えてほしいと思います。この書は子育てに関する本ではありますが、私にとってそうであったように、子育てにとどまらず、広く養成や教育(育てること)、さらには私がどう生きるかということにまでヒントを与えてくれるものと思います。


2021年10月5日火曜日

【TORCH Vol.132】 私の読書歴

准教授 小西 志津夫


 私が初めて出会った本は、「いるいる おばけが すんでいる」という絵本です。このタイトルは後に「かいじゅうたちのいるところ」と変更になりました。作者は、モーリス・センダックという絵本作家で、この作品の他にも数多くの絵本を執筆しています。コルデコット賞や国際アンデルセン賞、ローラ・インガルス賞、アストリッド・リンドグレーン賞等々、多くの賞を獲得している絵本作家です。この「いるいる おばけが すんでいる」の日本語訳監修委員には三島由紀夫の名前も記載されていて、世界的なベストセラーとなり、子どもたちの心を引きつけた絵本です。当時の私はドキドキするストーリーの展開と、心地よいリズムの言葉遣いにはまりながら、表紙や文中に描かれていた怪獣のイラストに恐怖を覚えた記憶があります。物語の主人公は、いたずら坊主のマックスです。ある日、彼はいたずらが過ぎて、お母さんが反省のために子ども部屋に閉じ込めてしまいます。すると、部屋では不思議な世界が広がり、森や海が現れ、マックスは船に乗って怪獣の世界にたどり着いてしまいます。そこで彼は王様となって、怪獣たちと楽しく過ごしますが、次第に家が恋しくなって部屋に戻るというお話です。大人になってからもこの絵本を読むと、夢の世界と現実の世界での出来事が子どもの頃の気持ちを思い出させてくれる一冊です。

 小学校に入学する頃になると、我が家には世界名作全集全○巻という本がやってきました。しかし、私はそれらの本には目もくれず、十返舎一九の東海道中膝栗毛を読んでは伊勢詣でに出かけた弥次郎兵衛と喜多八の面白おかしい旅の物語を空想しながら大笑いしていました。その後、ジォナサン・スウィフトのガリバー旅行記に出会い、ガリバー旅行記は実は4部構成になっていることを知りました。第1部では大きな人間として小人国へ行き、第2部で小さな人間として大人国へ、第3部では空飛ぶ島と気違い科学者アカデミー、この第3部ではイングランドの当時の政策を批判する内容で書かれていたことを後に知りました。そして最後の第4部では、理性ある馬の国へ行く展開になっています。続・ガリバー旅行記の表紙には空飛ぶ島(イングランド)が描かれていて、アイルランドを植民地化して弾圧している風刺画になっています。何気なく読んでいたガリバー旅行記の内容に国家間の政治的な関係が書かれていたことを後々知りました。

 中学生になると、友情という小説に出会いました。作者は、武者小路実篤です。その後、愛と死、真理先生等々を読みました。武者小路実篤は、この世に生を受けた人間ひとりひとりが「自分を生かせる世の中になってほしい」という人間愛を文学作品や戯曲、絵画に込めています。彼は、作家としてだけではなく新しき村というユートピアを創り、そこで短い期間でしたが実際に生活していたようです。私は中学生の時に彼の作品に出会い、彼の人物像と生き方憧れていかもしれません。

 教員になってから手元に必ず置いているスーザン・バーレイ作の「わすれられない おくりもの」という絵本を紹介します。この絵本は、死を迎えるとはとういうことなのか、亡くなった人にどう向き合えば良いのかを分かりやすく教えてくれます。物語は、みんなに頼りにされているアナグマが自分の死が近いことを知り、友達に手紙を書きます。そして、不思議な夢を見ながら死んでしまいます。アナグマの死を受け入れられない友達は、彼との思い出が宝物として心に刻まれていることによって、悲しみを乗り越えることができたというお話です。私がこの絵本を知ったのは病弱児の教育に携わり、小児がんの治療・研究で有名な聖路加国際病院の細谷亮太先生にお会いしてからです。それまで、私は勤務する学校で筋ジストロフィーや白血病、医療的ケアが必要な子どもたちが亡くなるケースを何度となく経験していました。子どもたちの死によって担任の先生のフォローはしていましたが、残された家族のことはあまり考えていませんでした。細谷先生との出会いによって、子どもが亡くなった後の家族のフォローも大切であることを知り、数年後に家族の皆さんの気持ちが落ちついた頃に、この絵本をプレゼントして宝物を発掘しています。

 最後に、このブログを書くにあたり、私の読書遍歴を振り返ることによって自分自身を見つめ直すことができました。最近では、スーパーに買い物に行っても値段や説明書きが読みづらいほど老眼が進んできました。読書によって想像力が豊かになったり、知識・教養が身についたり等々、多くの効果があることは分かっていながら、活字から遠ざかっていたように思います。あらためて、今後、読書が習慣化できるようにしていきたいと思います。