体育学科 教授 宮西 智久
大学で学ぶということは、知識を覚えることだけではない。むしろ重要なのは、「何が問題なのか」を自ら考え、その問題をどのように捉え、何を解決すべきなのかを考えることである。その意味で、学生に薦めたい一冊が、佐藤允一氏の『問題構造学入門―知恵の方法を考える』(ダイヤモンド社,1984)である。
本書は、問題解決のための方法を論じた本である。しかし、単に「問題が起きたら、この方法で解決すればよい」という実用書ではない。本書の核心は、問題を解決する前に、「そもそも何を問題としているのか」を明確にする必要があると指摘していることである。
私たちは、「試験の成績が悪い」「授業に学生が来ない」「大学の志願者が減っている」「スポーツの競技成績が伸びない」といった現象を、すぐに「問題」と考えがちである。しかし、それらは本当に問題そのものなのだろうか。
本書では、「問題」を目標と現状とのギャップとして捉える。つまり、目の前の現象が問題なのではなく、「こうありたい」という目標、すなわち「あるべき姿(理想)」と現状との差異を認識することによって、初めて問題が成立するのである。「成績が悪い」という現象も、どのような成績を目標としているのかによって、問題になる場合とならない場合がある。同じように、「志願者が減少している」という現象についても、大学が何を目標としているのかによって、その意味は異なる。
さらに重要なのが、「問題」と「問題点」を区別し、問題を構造として捉える視点である。教育、スポーツ、社会における問題は、通常、一つの原因から生じるものではない。複数の要因が相互に関連し、その結果として一つの問題が形成されている。そのため、「原因はこれだ」と単純に決めつけるのではなく、問題を構成する要素と、それらの関係を明らかにする必要がある。そのうえで、構造の中から、解決することが可能で、かつ解決すべきものを「課題」として設定する。この過程によって、漠然とした問題認識が具体的な課題へと転換される。
この考え方は、少子高齢化、人口減少、地域社会の衰退、教育改革など、複雑化した現代の社会問題を考えるうえでも有効である。必要なのは、いきなり解決策を提示することではない。まず問題の構造を理解し、その中から「何を解決すべき課題とするのか」を明らかにすることである。
もちろん、「目標と現状とのギャップ」という枠組みだけでは、誰が目標を設定するのか、異なる価値観を持つ人々の間で目標をどのように共有するのか、といった問題までは十分に説明できない。だからこそ、本書の方法をそのまま受け入れるのではなく、その考え方を手がかりとして、自らの問題認識を批判的に問い直すことが重要なのである。
この視点は、大学生にとって特に重要である。卒業論文や研究活動では、「何を研究するのか」「なぜ研究する必要があるのか」「何を明らかにするのか」を自ら設定しなければならない。例えば、「野球選手の打撃動作を研究する」というテーマだけでは、研究上の問題は明確ではない。何を問題とし、どのような状態を望ましいとするのか、現状との差は何によって生じているのかを考え、その構造の中から研究によって明らかにすべき課題を設定する必要がある。ここまで考えて初めて、単なる「研究テーマ」が具体的な研究課題へと転換される。
生成AIが急速に普及する現在、このことは一層重要である。AIは短時間で多くの情報や解決策を提示できる。しかし、AIがどれほど優れた答えを提示しても、最初の問いが適切でなければ、得られる答えもまた適切ではない。これからの時代に求められるのは、「答えを知っていること」だけではなく、「何を問うべきなのか」を自ら考える能力である。
本書を読む際には、佐藤氏の方法を覚えることだけを目的とせず、「自分はいま、何を問題だと思っているのか」と問い直してほしい。その問題は本当に問題なのか。どのような目標とのギャップとして捉えられるのか。その構造を構成する要素は何か。そして、その中から何を課題として設定すべきなのか。こうした問いを繰り返すことが、問題を考えるということである。
大学での学びにおいて重要なのは、正しい答えを早く出すことだけではない。答えを出す前に問題を明確にし、その問題の中から解決すべき課題を見いだし、問いそのものを吟味することである。
その意味で、『問題構造学入門』は、問題解決の本である以上に、「考えるとはどういうことか」を学ぶための本である。卒業論文や研究活動に取り組む学生だけでなく、将来、社会の中で自ら問題を発見し、その構造を捉え、解決すべき課題を設定しようとする学生に、一度は読んでほしい一冊である。
なお、本書の考えをより平易に学びたい場合には、同氏の『図解 問題解決入門―問題のとらえ方と打つ手の見つけ方』(ダイヤモンド社,1987)も参考になる。
【参考資料】
AKIコンサルティング(2025)「問題構造学~全てのビジネスパーソンに持って欲しいフレームワーク~」. AKIコンサルティング「問題構造学」, (参照日2026年8月19日).