2014年3月3日月曜日

【TORCH Vol.049】私のおススメ本 ― 東北、宮城に因んで

教授 佐藤幹男

(1)荻原井泉水:『奥の細道ノート』(新潮文庫)

 松尾芭蕉の書いた「奥の細道」は、誰もが知っている古典であり、東北人にとってもなじみ深い作品である。1689年5月、江戸を出発した芭蕉は、門人の曾良とともに約150日間で東北、北陸を巡り、その時の旅の記録をもとに12年後に作品に仕上げたものが「奥の細道」である。芭蕉は、西行や能因といった「古人」のたどった足跡を歩いたわけだが、現代人は「奥の細道」に記されている芭蕉の足跡をたどり、東北各地の風物や人に触れることとなる。東北の人にとっては地元のPRに大いに役立つ作品といってよい。

 仙台大学のあるこの船岡の地も当然、彼らは通過している。前夜の宿泊地である福島の飯坂温泉を出発し、白石、船岡を経て、その後、岩沼、仙台へと歩みを進めた当時を思い起こすと、何となく芭蕉に親しみを感じるから不思議である。

 しかし、これだけ有名な本であるにもかかわらず、これを読んだという人は意外に少ないのではないだろうか。昔の木版の定本は半紙53枚の薄い本だったというから、古典に慣れ親しんだ人が本文だけ読むなら30分もあれば足りる。しかし、現代人にとっては、昔の言葉で書かれていることもあって読んでもわかりそうもない。注釈書に頼るのも面倒である。ということで、あらためて「奥の細道」を読んでみようかなという方におススメしたいのがこの本である。荻原井泉水という著者はすでに故人となっているが、松尾芭蕉研究者としても有名だった俳人である。専門書のようにも見えるが、予想に反して、映画解説のように面白く解説してくれている本がこれである。今から40年以上も前に読んだ本だが、私が出会った本のなかでも思い出に残る貴重な1冊である。

 特に、この「奥の細道」という古典は、単なる「紀行」ではなく、「紀行的な作品」であるという指摘に興味をひかれた。以前からも「奥の細道」にはフィクションがあるという指摘は知っていたが、それはそれで芸術作品として少しも差し支えない、むしろそうした作品と思われるものの方に却って名句があるという荻原の指摘にうなずきながら読み進めていったことを覚えている。特に、昭和になってから再発見された曾良の「随行日記」と対照してみると、かなりフィクションが多いこと、事実誤認や間違いも多いこともわかってきたことなどが紹介されている。その例が具体的で面白い。

 例えば、「荒海や佐渡に横たふ天の川」という新潟での名句は、客観的事実ではなく、主観的事実に基づいて作られた作品であるという。天の川は一般に秋の季題とされるが、芭蕉の時代には七夕との関連で7月7日に取り上げるべき季題であった。しかし、この時期、天の川は佐渡の方には横たわってはいない。実際は、佐渡の東にあたる本土つづきの弥彦山の上に横たわっているという事実。さらに、「あらたうと青葉若葉の日の光」という句は、4月上旬に日光で作った句だが、その季節の日光はまだ枯木に芽が出たころであり、実際には青葉若葉はまだ出ていないという具合である。

 さらに、飯坂温泉に泊まったのは事実であるが、「奥の細道」には「飯塚」と書かれており、それは芭蕉の書き誤りであること。また、「岩沼に宿る」とあるが、実際は仙台まで行き、国分町に泊まっていること。しかし、なぜ、そう書いたのはよくわからないという。石巻の日和山から金華山を見たという記述もあるが、実際は牡鹿半島の陰になって見えないこと。田代島や網地島と勘違いしたのではないか、等々。

 「奥の細道」という芸術作品を鑑賞するためだけでなく、実際はどうだったのか、という現代的な視点で読んでみるのも面白い。


(2)アーサー・ビナード:『日本の名詩、英語でおどる』(みすず書房、2007年)

 著者は、最近、少し有名になってきた日本在住のアメリカ人。詩集、エッセイ、絵本の翻訳などの他、テレビやラジオにも出演しているので知っている人もいるだろう。
 内容は、ビナードが、日本の26人の詩人の作品を英語に翻訳し、それに彼のエッセイを添えたもの。萩原朔太郎、山村暮鳥、中原中也、高村光太郎といった教科書に出てくるような著名な詩人のほか、まど・みちお、石垣りん、茨木のり子、などの作品もおさめられている。

 この本は、個人的に仙台の知人から、親類の人の詩が載っているから読んでみて、と紹介されたものだが、その詩人とは、菅原克己という人(1911~1988)。出身地の宮城県でもあまり知られていない詩人だが、そんな菅原をアーサー・ビナードは高く評価している。菅原克己は、宮城県亘理郡で生まれ、少年時代を仙台で過ごした。小学校の校長だった父親が1923年に急死。母親の実家を頼って大震災の後、東京に移る。豊島師範学校で学ぶが、学生運動に加わって退学処分となる。その後も言論弾圧のなか活動をつづけ、戦後は詩誌に参加するなど文学運動に加わった、というような経歴の人物である。『菅原克己全詩集』(西田書店)がある。

 少し長いが、菅原の詩とビナードの英訳を紹介しよう。

小さなとものり
 朝になると おとなりの二つの子が ぼくの家のドアをたたく。
<オジチャン、オジャマシテモイイデスカ>
それは、すぐとなりなのだけれど いつも とおくから ふいにあらわれるようだ
ともちゃん、今日はお山に行こう。
お山の公園では 銀杏が金の葉っぱをいっぱいつけ、ヒマラヤ杉が蒼い影をひいている。
ともちゃんは おむつのお尻を帆のように立てて 木立の光と影の間を走りまわる。
陽ざしをうけると、アツイといい、木陰に入ると、サムイという。
まるで忙しいビーバーの子のようだ。
遊びにあきると、こんどは オンブ、という。
朝になると おとなりの二つの子が ぼくの家のドアをたたく。
ぼくの年月の最初の方から ふしぎそうにのぞきこむように….. 。
小さなとものり、
いつかきみも思い出のなかに入るだろう。
そして、きみのオジチャンは やはり光と影の木立の間に 
チラチラするきみを透かしてみるだろう。
お尻を帆のように立てた とおい小さなこどもの姿を。 
Little Tomonori
Morning brings the little two-years-old over from next door
― he knocks and asks, “ Mister, may I come in ?”
Our houses sit so close together, and yet it’s as if he arrives from far away, always, out of the blue.
“Hey Tomo, let’s go to the mountain today.”
Just up the hill, in our neighborhood park, the ginkgoes wear their countless,
Golden leaves, while Himalayan cedars hold their aqua-tinged shadows in tow.
Bulky diaper hoisted well above his hips, Tomonori sets sail through the light
and shadows of the park.
When sunbeams shower down on him he says, “It’s hot.”
When he drifts deep into the shade, “Brrrrr.”
I imagine him a busy beaver pup.
When tired of playing he calls, “Piggyback ride!”
Morning brings little Tomonori over, he knocks on my door, and from back
at the very beginning of my many years, peeks in, full of wonder….
 Two-years-old Tomo, one day you too will make your way into the inlet of memories.
  As for Mister, why, I’ll be here still peering at the light and shadows,
catching glimpses of you drifting through, diaper hoisted high,
like a sail, little faraway child.

  本文には、「まど・みおち」のこんな詩も紹介されている。童謡でもおなじみの詩である。
Goat Mail(やぎさん ゆうびん)
The White Goat sent a letter to the Black Goat.
The Black Goat ate it up before he’d read it.
Then, “Hmmm,” he thought, “Better write a letter” ―
Dear White Goat,
What was in that letter you wrote ?
(後略)
英語の勉強にもなると思います。ぜひ、お試しください。

 最後に、少し宣伝をさせていただきます。

 最近、拙著『戦後教育改革期における現職研修の成立過程』(学術出版会 2013年12月)を出版しました。専門的な本ですので、お読みくださいとは申しません。図書館に入れておきましたので、機会があったらご覧下さい。