教授 坂根治美
スポーツ好きの人にはきっと興味を持って読んでもらえる作品だと思います。学生の皆さんの中には、中学校の国語の教科書に掲載されている作品の一部を読んだという人もいるかもしれません。
少年野球チームに入って熱心に練習に参加している息子の茂が全く試合に出してもらえず、グラウンド整備や先輩選手の小間使いのようなことばかりさせられていることを知った母親の由美が、監督の冷泉の自宅に出向きクレームをつけようとしたとき冷泉から聞かされたこととは……。
息子を思う母親の立場からすれば「いまいましく」、「意地悪そうな」人物にしか見えなかった冷泉は、実は亡くなった夫、小田悟の高校時代の野球部の後輩で、プロ野球選手を目指したものの夢かなわず、道を踏み外しかけていたところを悟に誘われて故郷に戻り、少年野球チームの指導者となっていたのです。
「もうすぐですよ。もうすぐ小田三塁手もゲームに出られるようになります。……名選手にならなくったっていいんですよ。自分のためだけに野球をしない人間になればいいと思っています」。
由美と息子の茂、由美と夫の悟、悟と茂、それぞれの間の想いや思い出が、悟のかつての指導者佐々木(少年野球チームの会長)および冷泉と悟の間の想いや思い出と重なっていくところで、冷泉はそのように語ります。
故郷での再婚を勧める両親の想いをしっかりと受けとめながら、由美は悟と出会った町で茂と暮らし続けていく決心をします。ラストシーンとして描かれる近くの河原での母と息子のキャッチボール。由美が笑いながら茂に投げた白球の軌跡が、その前向きな気持ちと夫と息子への想いを象徴しているようです。
読み返すたびに涙なしには読み終えられない作品に出会えたことは、とても幸せなことだと思っています。