2013年12月5日木曜日

【TORCH Vol.035】「センター試験」に保健科目があるフィンランド

教授 小浜 明

はじめに
 フィンランドでは、大学入学資格試験(Matriculation Examination:日本のセンター試験のようなもの)があり、その試験科目の一つに保健科の試験がある。しかも、保健科は、一般科目12科目中、受験生が最も多い(受験生に人気の)科目なのである。ヨーロッパの国々では、イギリスのGCSE(General Certificate of Secondary Education)、ドイツのアビトゥーア、フランスのバカロレアのような、大学入学資格試験が実施されている。しかし、保健科を全受験生が受験可能な入試科目として設定している国は、フィンランド以外にはない。また、2013年4月に実施された「フィンランド基礎学校学習状況調査」では、9年生(日本の中学3年生)を対象に、外国語科と数学科の試験とともに、保健科の試験が実施されている。ところが、このような実態については、日本の保健科教育研究者の間でも、ほとんど知られていない。

大学入学資格試験の概要
 フィンランドの大学入学資格試験は、1852年に開始されたヘルシンキ大学の入学試験が変化してきたものである。現在では、National Core Curriculumに示された高等学校で履修すべき科目の到達度を測定する卒業試験も兼ねている。試験は春と秋の2回。各高等学校の体育館(写真)や教室などを会場に実施され、連続する3回の実施期間内に必要な科目に合格すればよい。合格に必要な科目は4科目で、母国語1科目が必修。他に第二公用語、外国語、数学、一般科目の4科目の中から3科目を選択する。一般科目には、保健、心理、社会、物理、歴史、化学、生物、地理、宗教、哲学、倫理などの12科目がある。一般科目を選択した場合、さらに科目を選択して、その中の設問の6問か8問に解答する。試験は1日1科目。試験時間は朝9時の開始から15時の終了までの6時間である。いつ休息を取るか、いつ昼食を取るかは、各個人の判断に委ねられている。

写真 大学入学資格試験の様子(ヘルシンキ新聞より)

保健科目は受験生に大人気
 保健科の一般科目への導入が決定されたのは2006年。保健科の試験は2007年から実施されており、開始時から保健科の受験生は他教科に比べて極めて多く、しかもその数は年々増加している(2013年秋の一般科目の受験者率上位5教科は、保健29.3%、生物14.7%、歴史12.0%、心理10.3%、社会10.2%)。なお、フィンランドでは、大学入学資格試験に合格して直ぐに大学に入学する人は多くない。一度社会に出て働いてから、機会を見て大学に入学するのが一般的である。フィンランドでは、大学への入学は、大学入学資格試験に合格していればいつでも可能だからである。ただし、学部や学科、専攻によっては独自の試験を課している。特に志願者の多い医学部や教員養成課程などでは、独自に試験を課している場合がほとんどである。

保健科の試験問題
 保健科の試験は全部で10問が出題され、全てが論述式であり、受験生はその中から6問に解答する。10問の中には他の問題よりも挑戦的な+の印がついた「ジョーカー・クエスチョン」が2題出題される。一般問題の得点は0~6までのグレード、挑戦的な問題の得点は0~9のグレードに分けられ、全体の得点に加算される。各設問下にa)、b)、c)等のいくつかの下部設問がある場合は、それぞれの設問に正解して最大の得点が与えられる。以下は、2013年春に実施された保健科の試験問題の一部である。
1)どのようなトレーニングによって筋力を増加させることができるか?また、そのトレーニングが効果的である根拠についても述べなさい。
2)次の状況下の人は、どのような症状があらわれるか?また、それぞれの状況において、どのような応急処置がなされるべきかについても示しなさい。
 a)高校の授業中に生徒に起こったてんかんの発作
 b)手首から大量の出血がある14歳の少年の場合:アイスホッケーのジュニア戦においてスケートの刃により怪我が生じたもの
3)+安楽死について倫理的観点から考察しなさい。

おわりに
 フィンランドの保健科の試験問題では、単に知識を問うものはほとんどない。それよりも、子どもたちが現代社会の中で直面する健康課題に対して、保健の科学的認識(根拠)を基にして論理的な結論が構成できるのか、を問うものがほとんどである。フィンランドの保健科では、知識の獲得は、学習者が知識体系を自ら構成していく過程であると捉えられているからである。ところで、日本でも、2013年度より、小学校・体育及び中学校・保健体育で、「学習指導要領実施状況調査」が始まっている。今回紹介したフィンランドの保健科の試験問題は、この調査項目を作成する際にも大いに参考になるものと考えられる。また、今後、日本の保健科で育てる学力(リテラシー)や能力(コンピテンシー)を考える上でも、大いに役立つ知見と考えられる。

参考文献
 小浜明:フィンランドが育てようとしている保健科の学力-「保健科目」が大学入学資格試験にある国,日本体育学会第64回大会発表資料,2013.8

謝辞
 本研究はJSPS科研費24500829の助成を受けたものです。