2013年3月1日金曜日

【TORCH Vol.011】「警察の進路~二十一世紀の警察を考える~」を読む


現代武道学科 准教授 飯塚公良夫

 この書籍は、私が前職の東北管区警察学校で教務部長をしていたときに紹介されたものである。

 東北管区警察学校というところは、主として、東北6県の各警察に勤務し巡査部長に昇任予定の警察官、警部補に昇任予定の警察官等初級幹部と呼ばれる警察官を対象に、幹部としての役割や責任、警察業務に関する専門的な知識、技能等を教養訓練するところで、幹部警察官に対し、若い警察官たちを指揮、指導しながら警察業務を効果的に推進して社会の安全と安心のために寄与させる力を付けさせるための教養施設である。

 したがって、当然、社会構造の変化に伴って発生する新たな阻害要因に対応する安全・安心対策を教養していかなければならないという課題があるが、社会の安全・安心を阻害する要因の最たるものは、国民の被害意識が極めて強い犯罪であることは言うまでもなく、警察がなすべき犯罪対策等の警察行政を考えるに当たり、まずは第二次世界大戦終結後の20世紀後半から21世紀にかけて激動の一途をたどってきた社会、経済や国民意識など警察行政を取り巻く環境の変遷を理解する必要があり、それらを踏まえた上で、社会の安全・安心のためにより効果的な警察活動を実践できる幹部を育成することが重要視されていた。

 そのため、いかにして初級幹部を育成すべきかと、幹部教養の方向性に悩んでいた平成21年6月、私は、初めてこの書籍のことを知った。当時、東北管区警察学校に出入りしていた東京法令出版という法律関係図書の出版会社の東北営業所長から、新刊の警察業務に関する参考書として紹介されたからである。

 しかし、このときは、歴代の警察庁長官や警視総監、それに警察庁各局の警察庁幹部が協力して執筆し編集された書籍であり、二十一世紀における警察の課題と将来の展望、課題への対処方策の検討等についてまとめられた書籍であるとしか聞かされておらず、それであれば、警察庁の出先機関である各管区警察局や都道府県警察に示される警察庁通達や連絡文書等とそう変わりはないだろうという気持ちで、その書籍を取り寄せて実際に手に取ってみるというところまではいかなかった。

 ところが、警察を退職後、私はこの大学に籍を置くことになったわけであるが、その際、大学での所属学科が新設されたばかりの現代武道学科であり、担当すべき科目が武道の社会的応用を重視した内容のものであって、その中で社会の安全・安心に関する武道の応用という分野の教養を担当して欲しいと言われ、これまで比較的自由な環境の中で育ち社会の安全・安心に関してはいわば素人同然の学生に対し、社会の安全・安心を保つことの大切さ、安全・安心に対する国民としての考え方や取り組み姿勢等を講義するに当たって如何にすべきかと考えたとき、ふと、この書籍のことが脳裏に浮かんだのである。

 人間なら誰しも、人の役に立ちたい、社会のためになる仕事をしたい、国を動かす仕事をしたい、そして安全で安心して生活できる世の中にしたいという気持ちを持っているものである。そのことを考えたとき、真っ先に頭に浮かぶ仕事は、国や県、市区町村等地方自治体で仕事をする公務員であり、特に人々の先頭に立って安全と安心を守るという意味では、警察という仕事にほかならない。

 平成23年3月11日、あの東日本大震災が発生した直後、住民の避難や被災者の救出・救護活動の現場で先陣を切って活動したのは、現地警察署の警察官や地元の消防団員等地域に密着して活動している人たちであった。しかし、後から駆け付けた消防レスキュー隊や自衛隊、そして他国の救助隊等の活動がマスコミで大きく取り上げられているにもかかわらず、大災害の発生に真っ先に対処して大津波の犠牲となった警察官や地元消防団員のこと、警察による行方不明者の捜索活動や犠牲者の身元確認作業のことなどは、当時それほど大きくは捉えられていなかった。

 あの大震災以降公務員を目指す若者たちが増えていると言われているが、そのことは、純粋に社会の役に立つ仕事をしたいという意欲の表れであろうと信じている。だからこそ、幾多の公務員が存在する中で、ほかのどんな公務員よりも毎日毎日人々の目の前で直接活動し、人々が抱えるあらゆる問題に対して最前線の現場で対処している警察官という崇高な仕事を目指す若者が一人でも多く育って欲しいというのが、今は勿論のこと、大震災直後の、私の偽りのない気持ちであった。

 そんなとき、以前紹介された書籍の執筆者が、いずれも激動する二十世紀後半から二十一世紀にかけ警察組織の中枢において全国の警察を指導監督し、警察活動の実際においても現場の指揮指導に当たった経験のある人たちや、現在も実際に現場で指揮指導に当たっている人たちであり、社会の安全・安心のために中枢となって寄与すべき警察組織が抱える課題を的確に把握し、将来の警察組織に期待する施策や行動等についてだけではなく、社会や国民自身が取り組むべき安全・安心のための行動等について深く考察を加えているのではないかと思い当ったのである。

 したがって、私が初めてこの書籍を手に取ったのは、私が所属する現代武道学科が発足した平成23年の9月に入ってからであり、仙台大学図書館に依頼し、発行元の東京法令出版から他の書籍とともに個人研究用の大学蔵書として取り寄せてもらってからである。
実際にこの書籍を手に取ってもらえばわかると思うが、編者は、元警察庁長官で、あの狂信的宗教集団オウム真理教による地下鉄サリン事件や弁護士一家殺害事件等一連の事件で全国警察の捜査指揮に当たり、その捜査の最中何者かによる銃撃を受けて生死の境をさまよった経験があり、退官後もドクターヘリの導入促進に尽力されている国松孝次氏や、同じく元警察庁長官であって、警察組織の国際犯罪組織や暴力団等による組織的な犯罪に対応する組織犯罪対策部門を改編充実させた佐藤英彦氏などであり、執筆者も、東京都の副知事を務めた経験のある竹花豊氏、内閣法制局参事官に出向している露木康浩氏、そして海外警察の政策支援に当たっている前宮城県警本部長の竹内直人氏など、警察組織のシンクタンクともいわれている人たちが名を連ねている。

 本書籍の内容は、これら警察組織の中枢に位置し、激動の時代といわれている現代、全国の警察官を指揮指導してきた、そして現在も実際の現場で指揮指導に当たっている人たちが協力し、現代の警察が抱える諸問題の中から最も重要と思われる論点について、「社会・経済構造の変化への対応」、「行政・司法システム改変への対応」、「グローバル化への対応」、「技術革新への対応」と題して考察し、また、警察制度・組織をめぐる歴史的考察を踏まえ、諸外国の警察制度と比較しながら、我が国の警察制度に内在する論点を浮き彫りにして将来の我が国における警察組織の在り方についての課題を呈示するなど、警察という仕事が持つ意義と今後真剣に取り組んでいくべき社会の安全と安心に関する方向性についての意見を示したものである。

 将来警察官を目指す学生諸君にとって、また本大学における「社会の安全・安心概論」「応用武道概論」等を学習するに当たって、大いに参考となるのではなかろうか。


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  • 『警察の進路〜21世紀の警察を考える』
    【著者】安藤忠夫, 国松孝次, 佐藤英彦
    【出版社】東京法令
    【請求記号】317.7 Ke
    【配架場所】図書館2階