阿部篤志(講師・スポーツ情報戦略)
2013年がスタートしました。学生の皆さん、今年の抱負は何ですか。
皆さんのスポーツへの関わり方は十人十色です。競技者としてパフォーマンス向上を志向する人、コーチとしてチーム力を高めていこうと試行錯誤する人、アスレティックトレーナーや栄養スタッフ、情報戦略スタッフなど、裏方としてチームを支えていこうとする人など。あるいはマネジメントやマーケティング領域からのアプローチで期待に応えうるスポーツ組織を育てていこうと考える人もいるでしょう。将来は教員となって子どもたちにスポーツの素晴らしさを伝えていこうと考えている人も多くいます。さらには行政職として、未来の社会を支えるスポーツ政策の立案に関わっていきたい!という人もいるかも知れません。
今日は、そんな皆さんが、それぞれの目的において「情報」を有効に活用する上で、きっと役に立つヒントを得られるであろう2冊の参考文献を紹介します。ちなみに表題の「インテリジェンス」とは、辞書をひけば「知性」といったことばで説明されていると思いますが、ここでは「それぞれの目的に関わる行動やその意思決定において『役に立つ情報』のこと」と定義しておきたいと思います。
- 大森義夫著「日本のインテリジェンス機関」文春新書(2005)
- 小林良樹著「インテリジェンスの基礎理論」立花書房(2011)
*「インテリジェンス」との付き合い方
これらはいずれも「国家情報戦略」(政策や外交などに関するインテリジェンス)に関わる文献です。タイトルをみて、歴史上での国家間の攻防に興味のある人はその裏で重要な役割を果たしてきた「情報」の話に「おっ!」と興味を持つかも知れませんし、逆に「スパイ」のような世界をイメージし、その不透明で一見怪しげな業界を怪訝に思う人もいるでしょう。
上にあげた本は、良くも悪くも、確かにそういった世界で行なわれている情報活動について書かれたものです。ただし、他にも数多くある同種の「インテリジェンス」本と比較しても、上記2冊にはぜひここで紹介しておきたい、いくつかの特長があります。
その特長は、本学でスポーツ情報戦略を学んでいる考えている皆さんに大きく関係しているのはもちろんのこと、冒頭に述べたように、様々な立ち位置からの「スポーツの発展への寄与」や「スポーツを通した問題解決」を志す皆さんにとっても、それぞれの目的において「情報」にいかに向き合うのかを考える上で、とても参考になる文献(まさしく「参考文献」!)だと私は思います。
*「情報のシャワー」と心構え
一冊目の「日本のインテリジェンス機関」は、元内閣情報調査室長の大森さんが書いた本です。大森さんとはご縁があり、勉強会や打ち合わせで幾度かご一緒させてもらいました。一見、物静かな「お父さん」といった雰囲気ですが、一度議論が始まるとその眼光は鷹よりも鋭く(!)、そしてその洞察はマリアナ海溝よりも深く(?)、自然と背筋がピンとなる緊張感を与えてくれる方でした。いわば、スポーツ情報戦略研究の「師匠」でもあります(詳細は「JISS 10年の歴史」p52-53を参照のこと)。
その大森さんが書かれた本は、重苦しくなりがちな「インテリジェンス」の議論を努めて前向きに「一般化」しようとしている点が特長です。これまでに仕えた歴代の総理大臣との直接のやりとりにおける「失敗談」をざっくばらんに交えながら、ご自身が「情報」の最前線で経験してきたことを通して、「役に立つ情報」とはどのようなものか、「情報の難しさ」はどこにあるのか、そして「情報を扱う人に求められる能力や心構え」などについて、心に響くキーワードを用いてまとめてくれています。例えば...
「事態は急変する。情報カンを研ぎ澄ましておくためには一瞬たりといえども情報のシャワーから離れてはいけない」(p190)これは先に紹介したJISSの10周年記念誌への寄稿においても、「3日休めばお客に分かる、2日休めば共演者に分かる、1日休めば自分に分かる」という歌舞伎界の教えを引用して、情報を扱うことの厄介さや情報に向き合うことへの覚悟について指摘していただいたことですが、これって、すべての仕事に通じる大切な「心構え」だと思いませんか。
*部活や仕事を考察する新たな「モノサシ」
さて、大森さんの本で「情報」への実践的刺激をたっぷりと受けた後は、二冊目の「インテリジェンスの基礎理論」をお手にどうぞ。これは慶応義塾大学の小林先生が、湘南藤沢キャンパス(SFC)での授業の講義録をまとめたものです。
この本はその成り立ちから、「インテリジェンスはもとより国際政治や国家安全保障の知識が必ずしも豊富ではない初学者を読者に想定して執筆」(小林)されているので、とても分かりやすく「インテリジェンス」について整理されています。
目次
第Ⅰ章:インテリジェンスとは何か〜定義、機能、特徴
第Ⅱ章:インテリジェンス・プロセス
第Ⅲ章:インテリジェンス・コミュニティ〜日米の組織
第Ⅳ章:インフォメーションの収集
第Ⅴ章:インフォメーションの分析
(第Ⅵ章〜第Ⅸ章は割愛)
目次をみても、とてもシンプルに「インテリジェンス」について項目立てて説明されていることが分かります。中でもこの本の特長は、第Ⅰ章で提起されている「インテリジェンスの三つの意義」の整理だと思います。小林先生はその意義について、「プロダクトとしてのインテリジェンス(Intelligence as Product)」「プロセスとしてのインテリジェンス(Intelligence as Process)」「組織としてのインテリジェンス(Intelligence as Organization)」の三つに分類・整理しています。私たちが「インテリジェンス」と表現する場合に、これら三つの「異なった意義が混在して用いられている」場合があり、「インテリジェンスに関する議論を行う際には、混乱を避けるためにも、どれについて議論をしているのかを明確にすべき」であると小林先生は指摘した上で、その三つについて解説をしています。
「プロダクト」というのはいわゆる情報の「成果物」であり、判断を行なう上で役に立つ「知識としてのアウトプット」のことです。「プロセス」とは情報活動の「過程」であり、情報を必要とする人からの「要求」に始まり、「収集、分析、報告、フィードバック」といった各段階から構成されるものです。そして「組織」とはそのプロセスの一主体となる、情報を扱う組織(米国「CIA」や「内閣情報調査室」など)をさします。
ここでピンと来た人は「ビンゴ」です。このテキストには、「情報」を専門としない多くの皆さんにとっても、それぞれの立ち位置に置き換えて実践的に参考にすることができる教養や実務スキルに繋がるエッセンスやヒントがたくさん詰まっているのです。
例えば、部活動であれば、ヘッドコーチやチームメイトが求めている「情報」を、どのようなタイミングで、どの程度の量と質で、どのような方法で提供することが望ましいのか、その選択肢のそれぞれのメリットやデメリットは何か、を考える上でも役に立つでしょう。
また既に就職やアルバイトなどで仕事に就いている人にとっては、自分が所属する組織において、社内外で飛び交う情報やコミュニケーションをどのように整理・綜合し、成果を生むための「意思決定」に活かしていけば良いのか、を評価・考察する一つの新たな「モノサシ」にもなります。
新年の「読み初め」。「インテリジェンス」から始めてみてはいかがですか。これらの本は図書館の2階にあります。
大森義夫 『日本のインテリジェンス機関』
出版社 文藝春秋
請求記号 391.6 Oy
配架場所 図書館2階
小林良樹 『インテリジェンスの基礎理論』
出版社 立花書房
請求記号 391.6 Ky
配架場所 図書館2階