2019年1月15日火曜日

【TORCH Vol.114】「菜根譚」 洪自誠著 吉田豊訳 徳間書房


子ども運動教育 教授 原田健次 


「菜根譚」は中国の明の万暦年間(1573~1619)の人、洪自誠(こうじせい)が残した随筆集です。「菜根譚」には、醜い政争に巻き込まれる苦難の中で人間を観察し、晩年は達観の境地に至った洪自誠ならではの、鋭い洞察から生まれた多くの処世訓が書かれています。

「菜根譚」は前集(二二五項)と後集(一三四項)に分かれており、前集は主として社会生活上の心得を説き、後集は主として俗世を超えた深遠な境地や、静かな暮らしの楽しみを語られています。

「菜根譚」の特徴は「儒教・仏教・道教」の融合思想です。内容は儒教経典からの引用が多くあります。儒教経典の四書は『大学』『中庸』『論語』『孟子』です。さらに道家の文献である『老子』『荘子』で説かれる思想や、仏教経典の思想も色濃くみられます。



 私はこの本を大学卒業時に恩師から贈られ出逢いました。当時は内容の意味もあまり分からず、自分の人生自体を真剣に向き合っていなかったので深く読むことはありませんでした。しかし、社会経験を積んでいくと仕事や人間関係で失敗や成功の経験をし、心が沈んだり、投げやりになったりしているとき、ゴールを見失いそうになっているとき、成長したいけど方法が解らないときに、この本から解決のヒント・きっかけとなる言葉が見つかりました。今回はその中の言葉を紹介させてもらいます。



三八 「自心を降ろす」

  【意味】まず、自らのこころに打ち勝とう。そうすれば、どんな誘惑、迷いも退散させることができる。そして、自らのこころを平静にしよう。そうすればどんな妨害をもはねつけることができる。己の敵は相手ではなく自分である。



 自身が大学時代の競技スポーツをしているときは常に相手に勝つことばかり考え取り組んでいました。大学の看板を背負い、部員の代表としてただ勝つことを目的にして生きていました。勝てないときにもがき苦しみ何とか打開をしようと努力をしても報われることはありませんでした。その時にふと自分のこころと向き合うことができ、本当に勝たなければいけないのは相手ではなく、自分であることに気づかされました。卒業後この本を手にページを捲っていくとこの言葉に出逢いました。出逢った瞬間、大学で部活に専念させてくれた両親に感謝の気持ちでいっぱいになりました。



一一0 「人間らしい生き方」

  【意味】利益を求めて人に恩を売るよりは、正々堂々とした意見に味方しよう。新しい人とむやみに交際するより、昔からの友人を大切にしよう。派手な商売をするより、目立たぬ貢献を心掛けよう。風変わりな言動で世間を騒がせるより、人間として当然の道を尽くそう。



 社会人になり自己実現欲求が強くなりました。いい仕事をして、いい給料がもらえて、有名になりたいと思いがむしゃらに働きました。社会に出て10年目、またこの本を捲っているとこの言葉に出逢いました。「何のために」「誰のために」が自分であり家族のための営みだったことが社会貢献につながるのであればこんないい生き方はないと思えるようになりました。自分がこうしたい、こうありたいという自己実現が社会貢献につながる生き方になれば嬉しいと思います。



二一二 「実るほど頭を垂れる」

【意味】理想主義者は協調のこころを持つことによって無用の争いから救われる。成功した人は謙虚のこころを養うことによって嫉妬を受けずにすむことができる。 

四字熟語の類似語に「和光同塵(わこうどうじん)」仏が仏教の教えを理解できない衆生()のために、仏が自身の智徳の光(姿)を隠して人間界に現れ民を救ったことを表し、自分の才能や徳を隠して、世の中に交じって慎み深く、謙虚に暮らすという意味。

「大智如愚(だいちじょぐ)」優れて賢い人は一見では愚者に見えることということ、本物の賢者は知識を見せびらかさないという意味。「内清外濁(ないせいがいだく)」心の中は清らかでありながら外見は汚れたように装い、世俗と上手く付き合っていく処世術を表している。「金声玉振(きんせいぎょくしん)」備わっている才知と人徳が釣り合っている人のこと。孟子が孔子を賛美したとされる言葉。等があります。



 稲はまっすぐに空に向かって成長し、やがて実()をつける稲穂に成長します。更に稲穂の中の実が成長してくると、その重みで稲穂の部分が垂れさがっていきます。そ子に至るまでには、台風のような大雨、暴風、また雨も降らない暑い日を乗り越えなければ、立派な稲に成長し豊かな実を付けることはできません。これを人間に例えて、若い頃はまっすぐに上だけを向いて立派に成長し、たくさんの苦労を乗り越え、人として立派な人格を形成した人物は、偉くなればなるほど、頭の低い謙虚な姿勢になっていくという意味として表現されています。この言葉はこれからの自分自身の生き方として目標にしていきたい言葉です。



 最後に、「菜根譚」は、醜い政争の中で辛酸をなめる経験をし、やがて達観の境地に至った元官僚の洪自誠が、その経験から導き出した、現実に沿った処世訓です。私たちは、これから生きていく中で心の迷いやぶれることが必ずやってきます。その時に、また心に響く言葉ときっと出逢うはずです。そのことを期待して、学生の皆様にご紹介させていただきます。