2018年11月19日月曜日

【TORCH Vol.111】東田直樹 「飛びはねる思考-会話のできない自閉症の僕が考えていること-」イーストプレイス


健康福祉学科  准教授 篠原真弓

私には先生がたくさんいます。これまで出会いご指導をいただいた先生方と、これまでお会いした様々な病気や障害をお持ちの方とご家族の皆さんです。出会った皆さんからの学びを、これから出会う方々にお返しするつもりで実践と教育に関わっています。当事者の著書からもケアを必要とする方を理解するためのヒントをたくさんいただいています。

認知機能は、外界からの刺激情報をどのように解釈するかといった主観的な世界なので、他者が理解することは大変難しいと感じています。自分が「普通」と思っていること「普通」と感じていることが、他の人にとって「普通」でないということに気づくことはありませんか?「痛い」と感じる閾値も、物理的な強度に関係なく我慢強い人、痛みに弱い人とで、感じ方や表現は様々ですね。神経の損傷により手足が麻痺して動かないという現象は、見てわかるのですが、その人にどのように見えているか、どのように聞こえているのか、どのような感覚なのか、どのように理解しているのか、認知機能は見えにくいので理解することが難しいのです。

認知機能障害を生じる病気はたくさんありますが、アスペルガー障害をお持ちの当事者本人が、語ってくださる機会が増えました。これらの著書は、理解したいが理解することが難しい他者から見ると不思議な言動の意味を理解するためのたくさんのヒントを与えてくれます。


 今回ご紹介したい本は、

著者:東田直樹 「飛びはねる思考-会話のできない自閉症の僕が考えていること-」イーストプレイス



東田直樹さんが抱える「自閉症」は、生まれつきの脳機能障害で、コミュニケーションや日常生活に様々な困難が生じます。自閉症スペクトラムの人は症状や程度が非常に多様で、一般の人には理解されにくい障害でもあります。この文章から想像される東田さんと、東田さんの実際の言動はかけはなれているように感じる方も多いと思います。表現される見える言動だけでは、本当の心の中は理解できないことがよくわかります。

東田直樹オフィシャルチャンネル「自閉症のうた」出版記念講演会の質疑応答の様子です。


 

以下、「飛びはねる思考」より引用 

話せない僕の望み

 ~略~ 僕は思い通りに話せなくて、いらいらしたことはあまりないです。なぜかというと、言いたいことが相手に伝わらないのは、僕にとっての日常だからです。話すことで気持を表現できないのが、どれだけ大変かは想像される通りですが、僕はそのためにもどかしい思いをするより先に落ち込みます。まるで、人間失格の烙印を押された気分になるからです。~略~ 

幼かった頃、家族は僕の様子を観察し、泣いている原因を探そうとしましたが、理由は様々でした。それに気づいてからは、少しでも泣いている僕の気持ちが軽くなるよう努力してくれたのです。

 母は僕が泣くと「つらかったね」「悲しかったね」と言って、よしよしとしながら抱きしめてくれました。父や姉から、泣くなと注意されたこともありません。母の腕の中で、泣きたいだけ泣くことができたのは、本当に幸せでした。

 僕の望みは、気持ちを代弁してくれる言葉かけと、人としての触れ合いだったと思います。

 どんな自分も受け止めてもらえるという体験ができたからこそ、僕は壊れずに生きてこられたのでしょう。

   

よりどころ

 何かにすがりたいという気持ちは、みんな持っていると思います。だから、お守りやパワーストーンを身につけたり、縁起をかついだりするのでしょう。

 僕は、そういうことにはあまり興味はありませんが、心の安定のためにしていることがあります。

 それは、電子レンジのドアを少し開けて、すぐにパタンと閉じることです。まったく意味のない行為ですが、一日に何度もこれをやってしまいます。

 きっかけは、些細なことです。もう何年も前になりますが、電子レンジでご飯を温めて取り出したあと、電子レンジのドアがうまく閉まらず、もう一度やり直したことが事の始まりです。その時のきちんと閉まった感覚に、はまってしまいました。

 電子レンジのドアが閉まる音を聞くと、気持ちがいいというより、すっきりするのです。ひと仕事終わったときのようにほっとします。

 人から見れば、ばかばかしい行為にしか見えませんが、僕にとっては重要なことです。

 気持ちを落ち着かせてくれるものは、自分に有効であればいいのです。誰かに見せるためでも、教えるためでもないからです。それがあると思うだけで、自分が強くなれるのであれば、なくてはならないものではないでしょうか。

 これさえあれば大丈夫と思えるものがある、僕は、そんな人間の心理に興味があります。

 はっきりした根拠もなく、効果があるとも言い切れないのに、それをせずにはいられないのは、人が弱いからというより、何かにすがることで、運までも味方につけたいという願いがあるのでしょう。

 そんな人間が、少し滑稽で、哀しくもあります。

 僕が、電子レンジのドアを開け閉めしている様子を見ている人たちも、同じような気持ちなのかもしれません。

 無駄に見える行動の中に、心のよりどころがあるというのが、なんだか人間らしいと思うのです。



東田さんの「繰り返し行う電子レンジの開閉」を専門用語では「常同行動」といいます。多職種連携の中で対象者を支えていくためには、多職種間の共通言語が必要です。東田さんのこの行動は「常同行動」ですが、その「常同行動」の具体的な言動と、その人にとっての言動の意味を見つけ皆で共有できるようにすることが、実践者に求められています。通訳みたいなものだと思っています。

東田さんが世界をどのように見て、世界をどのように受け止め、他者とどう関わろうとしているのか、東田さんの個別性、独特の感覚を知ることから始めてみましょう。それは、まだ言葉を使えない幼い時代に発達障害を持つ子の言動の意味を理解していくヒントにもつながると思います。



東田直樹さんの著書

東田直樹、東田美紀,「この地球にすんでいる僕の仲間たちへ-12歳の僕が知っている自閉の世界-」エスコアール.

東田直樹,「自閉症の僕が飛びはねる理由」(角川文庫),KADOKAWA.

東田直樹,「風になる-自閉症の僕が生きていく風景-」ビッグイシュー日本.

東田直樹,「自閉症のうた」,KADOKAWA.

他 多数

東田直樹HP https://naoki-higashida.jp/