2015年12月20日日曜日

【TORCH Vol.079】「剣道の楽しみ方」 中野八十二著 (昭和41年 東西社)

井上 雅勝

 浅学菲才な読書歴ですが、これまで私に最も影響した一冊の書籍を紹介させていただきます。情報化がすすむ現代社会において、若者だけでなく多くの人たちが活字離れ、書籍離れしていると言われています。しかし、人間というものは、必要に迫られれば、本の扉をたたき、その世界から多くの影響を受けるものと思っています。当然ながら数多くの本を読み勉強を重ねることに、超したことはありません。

 さて、私は下手の横好きで現在も剣道の修練中です。一向に進歩・上達が見られず、中断が幾度かあったものの、中学生から細々と継続しております。本来ならば、少なくとも週に三回程度は稽古をしなければならないのですが、月三回程度に止まっております。実は、剣道を長年続けることになった理由の一つが、必要に迫られながら偶然購入した「剣道の楽しみ方」との出会いでした。

 これは、東西社から出版されたレジャー・シリーズ13巻の中の一冊として中野八十二先生が著されたものです。昭和418月に初版が発行され、ポケット版サイズで250ページからなる解説書で、写真や図解がふんだんに取り入れられていて、小学生から大人まで幅広い剣道愛好者向けの内容です。

 当時、私は中学校2年生で剣道部に所属していました。剣道部には専門の先生がおられず、部員同士で週1~2回程度の楽しい練習をしていました。そのような中でも昇段審査を受けるために、学科試験対策として、本のタイトルに惹かれて、仙台の金港堂にて380円で購入し、剣道の基本的な知識などを勉強しました。参考にした箇所は、おそらく「4章 試合のひけつ」だったと思います。結果的に見事、初段に合格し喜んだことが思い出されます。しかし、昇段審査合格後も、「3章 剣道の技法」、「5章 剣道の上達法」が後々の練習に大いに参考になりました。書いてある内容は、中学生にも理解しやすい文章表現で理論的な裏付けも明確であり、さらに写真がふんだんに取り入れられているため見やすいものでした。その写真のモデルは、著者の中野八十二先生でした。その写真が印象に残るぐらい格好良く、また剣道場での練習風景も整然としてあこがれるような場面が数多く掲載されており、そのような環境で稽古してみたいと、この本を何度も読み返すうちに思うようになりました。その道場は、今はもう無くなってしまった東京教育大学体育学部の剣道場(東京都渋谷区幡ヶ谷)で、もちろん著者の中野八十二先生が東京教育大学体育学部の剣道の先生(当時、中野先生の剣歴等については何も知りません)でした。それが影響したのかどうかは、定かではありませんが、私はいつの間にか筑波大学(前進が東京教育大学)で剣道を学ぶことになり、今も続けている状況です。

 現在、書店等で購入でききるか不明ですが、今読み返しても大いに参考になる良書であると思います。剣道に関する数多くの書籍のモデルを提示していると思います。また、内容が一般愛好者から専門家まで通じるように、一貫して人間形成に通じる視点から論じています。是非、一読を勧めます。

本との出会い、これは偶然かもしれません。しかし、本を読むことにより潜在意識にかなりの影響を及ぼすことは、間違いのない事実です。私ように必要に迫られて影響を受ける場合もありますが、そうではなく、多くの影響を受けるためにも自ら進んで読む必要があると、これまでの人生を振り返り改めて感じている次第です。今後、大いに活躍が期待される学生諸君に、数多くの名著との出会を期待して拙文とさせていただきます。

【TORCH Vol.078】「介護・看護領域における図書」

堀江 竜弥

 介護福祉士養成には自身、大きな使命を感じる一方で教育の難しさを痛感している。学習に必要な書籍は生活支援技術論に関するもの、実習に関するものなど講義に対応したシリーズになっており、必要な知識は網羅されている(はず)だが全て揃えると非常に高価である。ボリュームもそれなりに多く、学生が読み込んでいくことに抵抗を感じるのには、同意できる余地がある。

 医療・福祉領域における書籍は多く存在するのだが、教員が伝えたいものと合致した書籍がほとんどない現状ばかりか指導書はそもそも存在しないので、教員の経験や考え方を織り込みながら、分かりやすい講義を目指すこととなる。同様の事項が書かれている書籍を数冊、棚から出してはどのように伝えると理解できるか、試行錯誤の日々である。いずれは本学用に改変した学生向けの分かりやすい書籍や教員が介護福祉養成に難渋しない指導要領を作成し、活用することを目論んでいる。

 看護職は基本、患者に指導する身でありながら技術・技能職であるがゆえ教育に関して受講経験が乏しく、教育書を読むのは看護系教員個人の裁量に委ねられる。つい最近になって教育論を受講する機会があり、教師養成研究会「教育原理 十訂版」に出会った。教職の意義や基礎理論、生徒指導など教育全般について経緯や考えが丁寧に述べられており、非常にありがたい書籍である。教員職を目指す学生だけでなく、介護・看護領域の学生にもお勧めしたい。

【TORCH Vol.077】「警察官等を目指す学生に薦める受験参考書に関する一考察」

飯塚公良夫

 仙台大学での契約任期もあと僅かとなってしまったが、この4年半の間に面識を持った学生たちの中に、警察官になることを嘱望している学生が決して少なくないことを知った。巷では、今どきの学生ということで、自由を謳歌する余りルールもマナーも守らない学生のことが何かと話題に上っているが、さすがに体育系大学だけのことはあると思い知らされたのが、この警察官や消防官を目指す学生が決して少なくはないという事実であった。しかし、私が着任した平成23年4月現在、目指す学生が多い割には、前年の平成22年度の卒業生が全国の警察官採用試験に合格した人数は僅かに10数名に過ぎず、地元の宮城県警察については現役合格が2名という寂しさであった。そのため、当時宮城県警察官の受験者が現役、OBを含めて48名もいたという事実、そして平成23年度も現役、OBを含めて44名の希望者がいるという事実を踏まえ、幾分でも崇高な目標を掲げる学生の思いを叶える力になろうと、その頃から、研究室を開放して警察官・消防官等採用試験受験者に対する受験勉強の相談、二次試験対策の教示、面接実習等を行うこととした。

その結果、平成23年度は宮城県警察に現役3名とOB1名の合計4名が合格する等全国の警察の採用試験では警察官に21名、警察職員に1名の合格者が誕生したが、私が関与した受験者の学生23名中では11名が合格した。翌平成24年度にも全国の警察官採用試験に私が関与した学生16名中9名が合格し、平成25年度には関与した学生17名中全国の警察官採用試験に10名、消防官採用試験に2名が合格、平成26年度には関与した学生20名中全国の警察官採用試験に12名、消防官採用試験に1名(警察官と併願)が合格した。私が関与していない学生を含めると、平成23年度以降は、毎年20名以上の警察官・消防官採用試験合格者が誕生している。

 これら学生の警察官等採用試験への取り組みについて、関与した学生に聞いてみると、最も大事なのは第一次試験の教養試験と論文試験であると口をそろえている。この第一次試験の教養試験及び論文試験については、自分がどれだけ勉強したかが合否の有無を左右しており、自分自身でどのような受験勉強をすべきかわからないことが大きな問題となっていた。なぜなら、仙台大学は総合系の一般大学と異なり、体育系大学であるが故のスポーツに特化した教育、そして競技スポーツの実技能力向上を目的とした部活動等の重視により、普段から受験勉強に割ける時間が極めて少ないという問題があったからである。

例えば、総合系の公立大学や歴史ある私立大学では、中学、高校当時から一般教養に関する授業について真剣に取り組むことは勿論のこと、それ以外の時間も受験のための勉強に力を入れなければ合格は極めて難しいが、仙台大学では、特に運動能力の発達している学生の募集にも力を入れていることから、AO入試や推薦入試等により一定の学力があれば入学が可能なことから、どうしても、基礎学力が総合系の公立大学や歴史ある私立大学の学生よりも特に知識・知能面で見劣りすると思われているのが現状ではないだろうか。しかし、仙台大学の学生であっても、しっかりとした将来の目標を持って学ぼうとする意欲のある学生は決して少なくない。ただ、その目標を達成するために必要な勉強方法がわからないだけであると思う。

そのような仙台大学の学生たちが、将来公務員それも運動能力を活かすことのできる警察官や消防官、刑務官、自衛隊員等の実動系の公務員を目指し、なかでも特に希望者が多い警察官や消防官を目指す学生に対し、採用試験の勉強を行う際に活用して欲しいと思う参考書をいくつか紹介してみたい。ちなみに、公務員試験は必ず一般教養試験があり、その職種によっては専門教養試験もあるが、警察官採用試験や消防官採用試験、刑務官採用試験、自衛官採用試験においては、ほとんどが一般教養試験だけであり、専門教養試験も必要とされるのは、東京消防庁における大卒Ⅰ類の消防官採用試験などほんの一部に過ぎない。だから、警察官や消防官等を目指す学生は、一般教養試験対策、論文試験対策を常日頃から行っておくことが大事であり、特に3年次には、当初から時間を十二分に割いて重点的に採用試験に取り組まなければならないだろう。

警察官等の採用試験対策として学生諸君に私が紹介したい参考書は、数多く発行されている参考書の中でも、特に、以下に掲げる参考書である。

    「最新最強の地方公務員問題・初級」、東京工学院専門学校監修、成美堂出版
   毎年度発行、社会科学・人文科学・自然科学・一般知能問題の出題傾向に基づき、高校時代に勉強した基礎知識について詳細な説明がなされており、基礎知識をしっかりと理解するために効果的であると思われる。

    「最新最強の地方公務員問題・中級」、東京工学院専門学校監修、成美堂出版
   毎年度発行、一般知能問題・社会科学・人文科学・自然科学に加え、経済、行政、法律の専門的分野について、短期大学で勉強する程度のより詳細な説明がなされており、大卒程度の採用試験にも十分対応できる知識を習得できる。

    「最新最強の地方公務員問題・上級」、東京工学院専門学校監修、成美堂出版
   毎年発行、地方公務員Ⅰ種(上級)試験に出題される試験内容を踏まえ、政治・行政・社会政策・国際関係・法律関係・経済理論・経済政策・財政学等の他、一般知能問題についてもより専門的な知識を登載しているほか、社会科学・人文科学・自然科学の一般教養分野でも、高校、短大での基礎知識に関してより具体的で詳細な内容の説明を行っている。特に法律・経済分野の説明は、警察官採用試験や消防士採用試験でも出題される内容を登載している。

    「2016喜治塾直伝!判断推理解法テクニック」、喜治賢次著、高橋書店
知能問題の「判断推理」に関し、具体的な判断推理を必要とする各種の問題について、それぞれの問題の種類に応じた具体的な解き方を順序良く説明しており、その解き方を覚えることによって、類似する問題にも十分対応できる。

    「2016喜治塾直伝!数的推理解法テクニック」、喜治賢次著、高橋書店
知能問題の「数的推理」に関し、数的推理に関する各種の問題を登載し、それぞれのポイントを具体的に説明しているほか、出題傾向に基づき、それぞれの種類の問題の解き方を順序良く説明しており、その解き方を覚えることによって、類似する問題にも十分対応できる。

    「大卒程度 警察官・消防官 新スーパー過去問ゼミ」全5巻、資格試験研究会編、実務教育出版
大卒程度の警察官、同消防官、市役所上・中級、地方中級の採用試験に滞欧する過去問を収録した問題集であり、社会科学・人文科学・自然科学・判断推・数的推理・文章理解・資料解釈の6分野を全5巻にまとめ、6分野それぞれについて、分野に属する詳細な教養科目の重要ポイントを説明した上、これまでに多く出題された問題を数多く登載しており、解答欄では、その理由を具体的に説明し、そこから知識を得ることが出来るようになっている。 

なお、①、②、④,⑤の参考書は、最低でもクリアして欲しい。

                                   以上

【TORCH Vol.076】「間接経験のすすめ」

荒井 龍弥

直接経験と間接経験という区別がある。自ら経験するのを直接経験といい、映像や活字などを通じて、できごとを理解し経験した気持ちになることを間接経験という。そうです。今回は間接経験も捨てたもんじゃないよね、ということを書くのです。よくわかりましたね。「書燈」だもの、当たり前だ。題にも書いてあるってば。

直接経験のもつ「強み」は、皆さんよくご存知だ。試合場に行けば、テレビなどとは臨場感、高揚感が違う。時間やお金をかけてわざわざ旅行やライブに足を運ぶのも、実際に見聞きする感動はプライスレスだからだ(昔はひいきチームが負けると「金返せ」とどなっていたおっさんがいたけどね)。

自分が見たいものを選択できるのも直接経験の良さだ。サッカーで得点が入った時、テレビでは選手の騒ぎを映すことが多い。でも現場にいれば、周囲のサポーターがどんなだったのか、相手チームのベンチは消沈したのか、ジャッジにブーイングしているのかも一目瞭然だ。

でも、です(さあ来ました)。旅行は出発する前が一番楽しいというのが私の持論だ。なぜって、行く前に、ここにも行ってみよう、これうまそうだ、などとガイドブックを眺め、あれこれ計画をしているときが最も自由だからだ。実際に行くとですね、切符をなくしただの、まだ腹減ってないだの、部屋の鍵はどこやっただの、といった調子で雑事が山盛りで、なかなか楽しむ気分に至らない。しかも、ディズニーランドなんかでは待ち時間が山ほどある。アトラクションを限定したり、泣く泣くもう一度乗るのをあきらめるなんてのは当たり前だ。

その点ですね、ガイドブックを見ているだけなら待ち時間なしに何度でも読める。ファーストパスを求めてダッシュする必要もない。タワーオブテラーだってどんなのかわかる(息子の友人がびびって「僕はのらない」と言いだし、ほっぽらかしておくわけもいかず私は居残り組だったのだ、まあ進んであんな上から落ちたいとも思わない)。

つまり、だ。テレビなら待ち時間なしで、クライマックスをアップで見せてくれる。録画すれば何度でも見られる。しかも解説までついてくる。観戦中、スローモーションでもう一度見たい、あ、無理か、なんて思ったことはないだろうか(これは国語の教科書で誰か書いていた)。こういった時間や空間の操作は間接経験の得意とするところだ。

活字媒体、例えば書籍ならさらに自由度が高まる。ページをペラペラ繰って、空間や時間を移動する(場面を探すということね)本の手軽さは捨てたもんじゃない。

内容面でも、そうだ。犯罪を直接経験しようという特攻野郎とはお近づきになりたくないが、ミステリーが好きです、と言っている人からは別に逃げる必要もない。間接経験なら破産しようが、化けて出ようが、なんでも来いだ。また、生まれ変わったら、とか、タイムマシンに乗って、なんてのは誰もが妄想するところだが、実際にはできない(と、思う)。一方、間接経験の世界では、昔からのテーマだ。時間旅行ものが一つのジャンルになるほどだ。

フィクションばかりではなく、時間や空間の制約なしに情報を収集できるのは間接経験ならではのことだ。たとえば、野球観戦をハシゴしても、ダブルヘッダーがいいところだが、テレビや新聞ならセ・パ6試合にプラスMLBまで自由自在だ。ついでにJリーグと高校野球も。国会はいらないか、そうか。ただし、本稿のように無駄な情報も入ってきてしまうこともあるのは気をつけよう。そうです。間接経験の場合、情報が多いぶん、取捨選択がいっそう大事になってくるのです。

さて、ここまで述べていたこととはほとんど関係ないが、最近読んだ本を紹介しよう。もしよかったら間接経験を分かち合おうではないか、諸君。いやか。私のこと嫌いなのね、ぐっすん、なんて思わない。好みと情報源は人それぞれだ。多い方が世界を楽しめるが。
 
川端裕人「ギャングエイジ」PHP学芸文庫 857円(税別)
 この作家の情報収集能力はきわめて高い、と思っている。知識も増えるし、仕立ても面白い。フォローしている(文庫だけね)。本書は小学生と新米教師をテーマにしている。何より子ども、学校をめぐる人々の関わり方や新米教師の悩みがリアルだ。まあ、小説なので、それなりの結末に向かうが、これで救いようのないエンディングでは、読んだ教師はがっくりしかねない。数年前にドラマや映画で「鈴木先生」ってありましたよね、あれに近い読後感だった。

林純次「残念な教員 学校教育の失敗学」 光文社新書 800円(税別)
 私が大学の講義や認定講習などで話すことがかなりとりあげられている。同じことに眼をつけてる人もいるんだなあ、私は間違っていないかも、と同時に、これを読まれたら、私の話を聞いてもらう意味が減るなあ、と、思った。強力な商売敵出現で、恩師の言葉を借りれば「ほっとがっかり」な本。しかも、著者は現役のベテラン教員なので、説得力が高い。あ、この先生と並んで同じこと言ったら、私は見劣りするな、と思わせられた。まあ、あちこち理念や事実把握の違いは探せばあるので、逃げ場はあるが、参考になった。

岡田尊司「インターネット・ゲーム依存症」文春新書 820
 一時期「ゲーム脳」という言葉が流行ったものの、ゲームが脳に何らかの器質的変化をもたらす、という言説は否定されてきた。しかしながら著者は、ゲーム依存をめぐる最近の脳科学の研究成果によれば、脳の機能変化は明らかである、と主張している。そのメカニズムは脳内快楽物質をめぐるギャンブル依存や薬物依存等のそれとほぼ同様のものが想定されているようだ。ゲーム依存特有の変化ではないことということは、依存を予防したり、依存から抜け出すためには、他の依存同様、外部環境にカギがある。ゲームのせいにしては解決しないのだ。

本書は豊富な症例のもと、ゲームのもつ魅力の強さには納得した。

松村卓朗「勝利のチームマネジメント」竹書房新書 850
 オフト・加茂・岡田の時代から、ザッケローニに至るまでの歴代の男子サッカー日本代表監督、そして佐々木女子監督の指導の要諦を、順に追っていったもの。いわゆる「内幕もの」ではなく、誰もが手にしうる情報を、サッカー好きの企業コンサルタントがビジネス書として書いた体裁だ。

監督には様々なスタイルがあることを再確認した。トップ選手の寄せ集めでなくチームとして機能することを求めた人、求めるプレースタイルを徹底して強いリーダーシップを発揮した人、コミュニケーションを何よりも重視する人など。

中でも岡田さんと佐々木さんの選手に対するスタイルが対比的である。岡田さんは豊富な情報量と抜群の思考力を基に、高い目標を掲げ、選手を率いていこうとする。結果として選手とは一定の距離をおく。情実が入って決断が鈍らないためだ。一方、佐々木さんは選手の中に身を置く。戦術的な指示はできるだけ避け「自分たちで何とかしよう」という自律性を引き出そうとする。

 F先生という小学校教諭を思い出した。子どもの先に立つことをあまりしない。しかし「せんせ、仕方がないなあ。僕たちがやってあげるから」と子どもが自分たちでやりだす不思議な力を持っていた。変わったことをするわけではない。ただ子ども一人一人の思いや感情の流れを読み取ることには誰にも負けなかった。

【TORCH Vol.075】「スラムダンク勝利学 ~スポーツで勝つ、人生に勝つ!~」

渡部由佳

『ただ、がんばるだけでは意味がない![超ヒットバスケ漫画]『スラムダンク』のなかに必勝の秘密があった。スポーツで勝つ、人生に勝つ!

これは、今回お薦めする『スラムダンク勝利学』の〝帯″に書かれてあるコメントです。今から10年程前、仕事で悩んでいたときに、相談した友人から薦められて読んだのがこの本です。自分を変えたいけどなかなか変わることができず負のスパイラルに陥ってしまったときに、この本のおかげで自分自身を冷静に見つめなおすことができました。そして最近、その友人と久しぶりに会った時に当時の話題になり、ふとこの本を思い出しました。

以下は、第1章の冒頭にある言葉です。
『スラムダンク』は単にバスケットボールのマンガではありません。その中には我々スポーツ関係者が学ばなければならない貴重な考え方が、何気なくかつ数多く含まれているのです。その意味で、『スラムダンク』はきわめて奥が深く、バスケットボールを超えたスポーツ指導者、さらには人生の哲学書といっても過言ではありません。しかし、何気なく展開されているため、そのメッセージをくみ取るのは大変です。そこで、数々のスポーツチームや選手をサポートする立場の私が、スポーツ心理学のエッセンスを少々交えて、読者の方々に広く、その貴重な「勝利するための考え方」、「学ぶべき考え方」をご紹介します。

スポーツらしいスポーツをしていない私にでさえ響いてくる言葉がたくさんありましたので、体育大生のみなさんだからこそ、より身近な題材として「なるほど」と思う言葉がたくさんあるのかなと(勝手に)思い、お薦めとして挙げさせてもらいました。

そして、これこそがお薦めした一番の理由なのですが、この本は小説のようなものでなく、一つ一つ場面が区切られ、その場面ごとの漫画の挿し絵もありとても読みやすい本です。数日後に就活の面接があり、質問されるかもしれない「最近読んだ本」を慌てて探している…そんな時の応急処置としてもお薦めです。普段から本を読んでおくのが一番良いのですが、たとえばこの本の感想を自分の経験などと絡めることで自己PRに繋げたりと、意外と使えるのではないでしょうか。

 私自身は、川上弘美さんの作品が好きです。作品は表現が独特で好みは分かれると思いますが、私自身のうまく説明できない気持ちをぴたりと言い当てられる表現がよくあり、手元に残して繰り返し読むことも多いです。 ほかには〝帯買い″した本を読んでいます。ちなみに帯買いとは本の帯に書かれているコメントを見て選ぶことなのですが、もちろん当たり外れはあります。この〝帯″は、図書館の本ではなかなか見ることができないのですが(陳列時にはカバーとともに外されていることが多い)、地元の図書館では本の表紙裏に〝帯″が貼られていて、それを見ながら本を選べるため、何か読み物を探したいときはその図書館をよく利用していました。田舎の小さな図書館ですが「誰も借りてくれない本フェア」なども開催していました。仙台大学付属図書館も、学生読書ツアーを開催したり本のコメントを掲示したり(コメントに惹かれてその本を思わず手に取ることもよくあります)と、どちらの図書館もあちこちに工夫がしかけられている図書館です。

 話が脱線しましたので戻します。『スラムダンク勝利学』はみなさんにお薦めです。いつかどこかで思い出して読んでもらえると幸いです。

スラムダンク勝利学
著者 辻秀一(スポーツドクター)
発行所 株式会社 集英社インターナショナル
定価 本体1,000円+税

第1章       根性は正しく使う
第2章       自主的な目標設定をしよう!
第3章       目標達成への鍵は、理解と覚悟だ
第4章       心技体を変化させる
第5章       〝するべき事″をする
第6章       〝今″に生きる!
第7章       必ず自分に返ってくる!
第8章       良いところを見る
第9章       〝反省″と〝確認″は違う!
第10章     目標に向かって〝石″を置いていく
第11章     目標に〝情熱″を注ぐ
第12章     チームワークの条件とは?
第13章     本物のチームワークとは?
第14章     〝怒り″の感情をコントロールせよ!
第15章     あきらめは最大の敵である!
第16章     不安はどこからくるのか?
第17章     〝大丈夫″と言えること
第18章     感動を与えることの意味
第19章     休養がプラス思考を生む!
第20章     健康の意味を知る! !
第21章     〝3つのCと4つめのC
第22章     〝波を感じる″
第23章     コーチ(COACH)の資質
第24章     結果の捉え方こそ勝負の分かれ目なのだ!!
第25章     誰のため?
第26章     〝感謝すること″こそ勝利と一流への道

【TORCH Vol.074】「教育を考えるための基礎文献」

金井里弥

  教育についての本を読んでみたい、けれど何から読んで良いのか分からない。何度かトライしたけど難しくて挫折してしまった。そんな方(教育学初心者)にお勧めの本をいくつかご紹介します。


【広田照幸・伊藤茂樹著『教育問題はなぜまちがって語られるのか?―「わかったつもり」からの脱却』】
 本書を読んだ時、「数字は嘘をつく。」という言葉を思い出しました。私の恩師である統計学の教授から耳にタコが出来るほど聞いた言葉です。とりわけ社会科学においては、数字を扱う人間は意図的にも無意図的にも現実を歪める可能性を大いに秘め、またそれを読み取る側の人間もまた然りであり、このことを十分に踏まえたうえで「数」と対峙しなくてはなりません。本書はまさにその核心に迫るような示唆を提供してくれます。

本書のタイトルには「教育問題」とありますが、教育に限らず、政治、経済、社会あらゆる問題の捉え方に応用できる基本的な視点を提供してくれています。著者もそうした汎用性を意識して書いてくれています。特に教育にクローズアップしたのは、タイトルが示す通り、政治、経済などの問題に比して教育は殊にまちがって語られやすいからでしょう。教育はあらゆる人にとってあまりに身近な問題であり、それゆえに、感覚的、感情的に解釈されてしまいがちです。この情報社会において、感覚論、感情論に流されず、「事実」と「解釈」を可能な限り区別しながら物事を捉えていくためには、どのような視点や姿勢が求められるのかを、本書は非常に平易な文体で分かりやすく解説してくれています。特に、教職を志す学生には、教育問題について客観的な洞察と多面的な視野をもって議論するための基礎を本書から学んで欲しいと思います。


【大田尭『なぜ学校へ行くのか』】
 本書は、学校の現状、歴史、それを取り巻く環境を踏まえたうえで、そもそも教育とは何かという根本的な問いから、学校の在り方(果たし得る役割)を問い直します。その役割を果たすために、学校における教育はどうあるべきなのかについても、展望が描かれています。大田氏は特に、学校教育は正解を覚える能力を育てるのではなく、多様な選択肢の中から選ぶ能力(物事を分別する力ともいう)を育てるべきことを強調します。

「『法隆寺は誰が建てた』という問いに、「大工さんが建てた」と答えて×をもらったという話があります。だがいったいどんな大工さんが建てたのかと追究すると、これは歴史研究の大変興味ある課題であることはたしかです。子どもたちの考えることには、大人の思いがけぬ新鮮な問題がかくれています。」

子どもの発言は、学びの「種」であり、教師はそれを正しい種か間違った種かで判断するのではなく、それを発芽させ、学びを深められるよう導くことが大切であるということを、ここでの大田氏の指摘から読み取ることができます。本書は、学校教育の本質について、実はかなり込み入った議論を展開しているのですが、非常に読みやすい文体で、丁寧に説明してくれていますので、本腰を入れれば、教育学についての知識がそれほどなくとも、挫折せずに読むことができるでしょう。随所に、デカルトの『方法序説』やルソーの『エミール』などの名著から引用があったり、生物学的な話や宮大工の話が出てきたりするので、教養の幅もググッと広がります。


【イヴァン・イリッチ『脱学校の社会』】
 大田氏の本で学校の在り方を問い直してみたら、少し頑張ってイヴァン・イリッチにも手を伸ばしてみてはどうでしょうか。本書は、学校に行くことが当たり前、授業に出席することが当たり前、真面目に先生のお話を聞いて、きちんとノートをとらなければなりません、そんな形で、子どもたちが強制的に「学ばされる」教育があたかも最善と見なされている現状を問題視し、脱学校論を展開しています。しかし、タイトルの通り、イリッチが着目しているものは「学校」というよりも、まるで強制学習所になってしまった学校で特定の価値観が植え付けられ、価値が制度化されていく「社会」です。そうした社会に警鐘を鳴らし、脱学校化された社会を展望しているのが本書です。では、学校をなくしてしまったら、人々はどこでどうやって学べば良いのか、それについてもイリッチは斬新な提案を試みています。イリッチの提案は、現代社会においてはまだ限界があります。しかし、学校教育の在り方を改めて考えるうえでは、学校(とその周辺地域)という限られた空間を想定して思考をめぐらすのではなく、より大きな範囲で、「学校と社会との関係性」あるいは「社会の中における学校」という視点から学校を捉え直すことも大切です。そのための貴重な視点を本書は提供してくれるでしょう。