教授 高橋義夫
若年層を中心に活字離れ、新聞離れが止まらない―と指摘されていますが、仙台大学の学生も例外ではないようです。そこで活字や新聞に触れるのがやや苦手という学生の皆さんに紹介したいのが、表題の「支援紡ぐ道の駅~震災から再生へ 宮城6駅の挑戦~」です。地域新聞社の元記者が、培ってきた人脈やきめ細かな観察力を生かし、深く関わってきた地域の「大震災」と、地域再生に挑む人たちの奮闘ぶりを綴りました。「震災」という重苦しいテーマですが、舞台は身近な「道の駅」。新聞の連載記事を一部修正して1冊の本にしたので、テンポよく(新聞が)読め、1冊の本を読破したという満足感も得られるかもしれません。
「未曾有」といわれた東日本大震災の発生から4年が過ぎました。被災地では震災記憶の風化とも闘いながら、地域の復旧・復興に懸命に取り組んでいます。本書のメーン舞台はまさにその被災地にあり、皆さんも足を運んだかもしれない石巻市の「上品の郷(じょうぼんのさと)」と、いずれも登米市の「津山もくもくランド」「米山ふる里センターY・Y」「みなみかた もっこりの里」「林林館 森の茶屋」、気仙沼市の「大谷海岸」の6駅です。それぞれ被災地の後方支援基地として存在意義を高め、今も被災者や復興ボランティアらの憩いの場となっています。
本書は3部構成。第1部『よりどころ「上品の郷」』では、大震災発生直後から、建物が完全な状態で残った同駅で食料などの商品販売を無休で続けたり、併設する温泉保養施設「ふたごの湯」を震災13日後に再開させて入浴などの支援活動にも取り組んだりした駅長や、津波で小学6年の末娘を失う悲劇に遭いながらも、温泉入浴者があまりに多い状況を見過ごせずに接客業務に戻った女性スタッフの踏ん張りなどを紹介しています。
第2部『農海林ロード6』は、「上品の郷」以外の5駅のリポートです。このうち、日本一海水浴場に近い駅として知られた「大谷海岸」駅は震災の津波で全壊しました。その被災時の生々しい様子や直売センターの仮復旧までの道のりなどを、当時の駅事務員ら関係者への取材を通して伝えています。
第3部『「ロード6」の結束』は、その強い結束力で「道の駅の手本」と全国から注目される「農海林ロード6」の先駆的な活動(地方自体との災害時支援に関する協力協定締結など)の紹介です。
著者の鈴木氏は、地域紙「石巻かほく」を発行する三陸河北新報社の元記者で、大震災時は石巻コミュニティ放送(ラジオ石巻)の役員でした。これまで「ラジオがつないだ命 FM石巻と東日本大震災」「牡鹿半島は今 被災の浜、再興へ」(いずれも河北新報出版センター)などを著し、「地域ジャーナリスト」というあまり聞きなれない肩書で震災関連の執筆活動を続けています。
鈴木氏は本書の「あとがき」で次のように振り返っています。
「地域住民や生産者、ドライバーらと密接に関わる『道の駅』が震災とどう向き合ったのか。それを知りたくて、宮城県北東部の石巻、登米、気仙沼3市にある六つの駅を取材した。『農海林ロード6』の愛称で親しまれるこれらの駅は想像以上に震災の影響を受けており、復興にも大きく寄与していることに驚かされた。津波で全壊した道の駅『大谷海岸』を初めて訪れたときは、既に仮設の直売所が立っていたが、骨組みだけ残った建物と、車が折り重なっている震災直後の写真を見せられたときは言葉を失った。内陸部の駅は施設を避難所に開放したり、食料支援を続けたりした。被災者に寄り添うそれらの話には胸を打たれた。(後略)」
ちなみに、本書を出版した三陸河北新報社には仙台大学の卒業生2人が震災後に入社し、記者として活躍しています。それも頭の中に入れながらページをめくってみてはいかがでしょうか。本書は仙台大学図書館で閲覧できます。
(了)