教授 大内悦夫
私は、高等学校の教員として25年間にわたり数学を教えてきた。諸君に、苦手な教科は何かという質問をすると、多くの人が「数学」を第1番目にあげると思う。数学に携わってきた者としては寂しい限りであるが、「数学嫌い」という人たちをつくり上げたのは、私のような指導者の責任でもあると思っている。「数学嫌い」の原因を追求するのはこのぐらいにして、本来の本の紹介に入ることにする。
ここで紹介する本は「博士の愛した数式」である。作家小川洋子(芥川賞をとった作家で、毎週日曜日の10時からdate FM仙台で名作を紹介する番組を担当している。こういう番組も聞いてみてはいかがかな。)が10年前に発表した小説で、第1回の本屋大賞を受賞している。また、映画化もされているので内容を知っている人もいると思う。数学を教える人たち(数学者や教師)が書いた本は、数学の専門的な知識が必要な場合が多く、一般にはなかなか読者とはなり得ないが、この本はそうした態度をとらない。従って本屋大賞を受賞することになったのであろう。
この作品は新潮文庫の解説にもあるが、小川が数学者の藤原正彦に取材して書いたものであり、そのときの取材ぶりを藤原は、「携えたノートに質問事項がびっしり書いてあり、次々と質問を投げかけてきた。新聞記者や雑誌記者などと違い、録音はしていなかった。・・大学院生のような熱心さの合間に、時折、数学界の巨星ガウスに似た鋭い視線を私に送ったり、かと思うと夢見る乙女のような眼差しで微笑んだりした。」と書いている。質問の内容については覚えていないが、数学者としてごく当たり前のことばかり答えたようであると語っている。(数学者藤原正彦についても触れておきたい。お茶の水女子大学名誉教授であり、父は著名な作家の新田次郎である。父の才能をも受け継いだのであろうが、数学を研究する以外にも、多くのエッセイを著している。興味のある人は図書館等で探してみてはどうか。)
小川はこの取材をしてから1年半後にこの作品を発表している。私がこの本に出会ったとき、数学を教えている自分が、それまで知らなかった数学の知識を吸収することになって、多少自己嫌悪に陥ったことを思い出す。藤原は、自分の専門である「数論」に関連することを小川に伝え、小川は、藤原から聞いた数学の内容を整理し、独特の感性で「数学の美学」を表した作品であると思っている。機会があったら読んでみてほしい。
以上で「博士の愛した数式」についての話は終わるが、私自身は歴史小説も好きで、山岡荘八の「徳川家康」(とっても長い)や藤沢周平、司馬遼太郎の作品を読んでいる。
諸君も活字に触れ、様々な教養を身につけてほしいと思っている。
所蔵Information <図書館で探してみよう!>
- 山岡荘八「織田信長」『現代長編文学全集』23-24巻 918 書庫
- 司馬遼太郎「妖怪 / 酔って候」『現代長編文学全集』45巻 918 書庫
- 司馬遼太郎「梟の城 / 新撰組血風録(抄)」『現代長編文学全集』46巻 918 書庫
- 司馬遼太郎「坂の上の雲」1巻のみ所蔵 913.6 Sr 図書館2階