2013年2月1日金曜日

【TORCH Vol.007】リレーコラム「TORCH」に寄せて


阿部 肇(体育学科)

 私は幼少の頃から、父や兄に「読書は心の栄養」だの「男なら歴史を知らずして・・・」など、うるさく言われていました。それは私の読書量が足りなかったからなのです。そんな私も、今では「良書が人を育てる」ということは十分理解しています。そして、加齢と共に、活字を追うことにエネルギーが必要になっていることを自覚する今日この頃(単に老眼の進行)、『若いうちに読書はした方が良い』と断言します!!

 さて、前置きはともかく、私からは二つの作品を紹介させていただきます。それは、2002年春にそれまでの職場から本学に赴く際に、しっかり背中を推してもらえた作品です。

 一つ目は、高村光太郎の「道程」という詩です。
僕の前に道はない

僕の後ろに道は出来る

ああ、自然よ

父よ

僕を一人立ちにさせた広大な父よ

僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ

この遠い道程のため

この遠い道程のため
漕艇部創部は、文字通り創り上げるゼロからの出発でした。艇やオールはもちろんありません。部員も新入学の5名のみです。けれども「必ず日本一の漕艇部になろう!」、「ボートと言えば仙台大学」などの目標を掲げて船出をしたのです。一年生部員とともに沢山の壁を乗り越えるためには、心のエネルギーを常に満たしておかなければなりません。折に触れ、この詩を部員と共に読んだものです。

 新しい道を踏み出すために全国から集った5名は希望に溢れていました。けれども4年間の部活動がどのようなものになるか、誰も解らない状況です。多くの失敗や、悔しい思いをすることも容易に想像できたはずです。そんな大きな不安を乗り越えるために、この詩はピッタリでした。部員は勇気凜々で不安を乗り越え、確信に変えていくことができました。

 実はこの詩の全文はもっと長いものなんです。学生の皆さん!社会人になる前に是非触れてください。

 二つ目は、童門冬二の「小説 上杉鷹山」。
 
 上杉鷹山は米沢藩の藩主として、様々な改革を成し遂げました。かのJFケネディー大統領が、尊敬する政治家として上杉鷹山を挙げています。上杉鷹山の残した有名な言葉は
「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」
です。皆さん一度は耳にしたことがあると思います。

 さて本書では、鷹山が高い理想に燃え、実践する人であったことが解ります。それは、武士にとって考えられない改革を、少なくない強い反発を受けながらも、藩主自らが率先し、励行していきます。その逞しさは、慈愛にみちた真の優しさがあるからこそ。鷹山の「何にも負けない強さ」を感じ取れます。

 その中で本学に赴任し、漕艇部創部の私を支えたのは、鷹山が絶望感に襲われたときに、灰の中に偶然「小さな火種」を見つけた時の思いです。・・・この残った小さな火種が、しっかり吹けば燃え上がる「新しい炭」に火をつける。このつながりは、大きく燃え立つ改革になる・・・という内容です。

 草創の漕艇部に当てはめれば、宮城には縁もない5名の一期生は、とても大切な「火種」です。その後に入部してくる部員は、私たちの活動に賛同し集ってくるので、彼らはいつでも火のつく、乾ききった「新しい炭」にあてはめられました。一期生を大切に育てることは、その後に続く部員がしっかり育つことに直結すると信じて取り組むことができました。

 また、改革にはいくつかの壁を乗り越えなければならないことも学べました。壁とは「物理的な壁」「制度の壁」「心の壁」です。この中でも最も手強い壁は「心の壁」です。この壁を乗り越えていくために、大変な決断をしていきます。それが何のためかというと、すべて領民の生活向上のためであるのです。

「領民」を置き換えれば「選手」です。コーチはチームを運営しなければなりません。選手一人一人の目標が、チームの目標とどのようにつながっているのか。目標達成のために、組織と個人がどのような取り組みを行うことが必要なのかを、見極めていかなければなりません。

 少し視点は変わりますが、競技スポーツのコーチとして影響を受けただけではなく、一人の人間として「福祉」とはどういうことなのかを考えさせられる項もあります。それは、鷹山の妻(幸姫:障害者)に対する深い愛情です。これは「人形妻」という題に書かれています。

 鷹山の改革には福祉政策の改革もありました。育児資金を窮民に与えたことや、90歳以上の人には、亡くなるまで食べてゆけるというお金を与え、70歳以上の人には、村でいたわり世話をしたのです。このように当時の階級制度では到底考えられないであろう、画期的な福祉改革を成し遂げられる深い慈愛を持つ人でもあるのです。

 上杉鷹山というと、最近は財政再建の面ばかりが取りざたされています。けれども、本書からは上杉鷹山の「精神」や「人柄」を学ぶことができます。企業人(社会人)として生き抜く準備をしている学生時代に「組織で自分がどう生かせるか、生きるか」を学べる一冊として紹介します。

 そうそう、もう一冊。内村鑑三の「代表的日本人」も紹介します。この本には、上杉鷹山・西郷隆盛・二宮尊徳・中江藤樹・日蓮の5人の生涯を叙述しています。日本人って?という思いを少しでも持っている学生諸君にはオススメです。

以上

所蔵Information <図書館で探してみよう!>

高村光太郎 『道程』
 出版社 日本近代文学館(名著復刻全集第28巻)
 請求記号 913Me
 配架場所 図書館書庫
 備考 利用する時は、図書館カウンターに申し出てください。

童門冬二 『小説 上杉鷹山』
 出版社 集英社(集英社文庫)
 請求記号 913.6Df
 配架場所 図書館2階