子ども運動教育学科 講師 庄子佳吾
私は子どもたちの自然体験・野外教育を研究テーマとしていますが、ある日の野外活動で、5歳の女の子が雨上がりの森で不思議そうな表情を見せました。「木の葉っぱから水が落ちてくるの、なんで?」
その瞬間、子どもたちの「なぜ?」という純粋な疑問が、どれほど貴重な学びの機会となるかを実感しました。しかし、現代の子どもたちは、そもそもそんな「なぜ?」に出会う機会が少なくなっているように感じます。
今回は、「子どもと自然」についての理解を深める手がかりとして、私の研究と実践に大きな影響を与えた本をご紹介したいと思います。
1冊目は、レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』です。「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない―著者のこの言葉は、私たちに重要な示唆を与えてくれます。この本は、子どもたちの感性をいかに育むか、その本質的な意味を考えさせてくれます。
カーソンは本書で、自身の甥とともに過ごした自然体験を生き生きと描いています。夜の浜辺を歩き、波の音を聴き、星空を見上げ、潮の香りを感じる。そんな何気ない体験の中に、実は豊かな学びが潜んでいることを教えてくれます。
著者は「センス・オブ・ワンダー」について、次のように述べています。「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちています。私たち大人が『センス・オブ・ワンダー』この神秘さや不思議さに目を見はる感性を持ちつづけ、子どもたちと共有できれば、きっと喜びは倍増するでしょう。」
私のゼミでは、この本をきっかけに、キャンパス内で「子どもの目線」になって自然観察を行う活動を始めました。例えば、地面に寝転がって空を見上げ、木々の葉の重なりが作り出す光と影の美しさを観察します。また、アリの行列をじっくりと観察し、その緻密な社会性に目を向けます。普段は見過ごしてしまう小さな草花や虫たちの存在に、新鮮な驚きを持って気づくことができるのです。
もう1冊は、佐々木正人の『アフォーダンス―新しい認知の理論』です。この本は、人間と環境の関係性について、新しい視点を提供してくれます。「アフォーダンス」とは、環境が動物に提供する「行為の可能性」のことを指します。
例えば、子どもたちが自然の中で見せる様々な行動。木に登りたがったり、石を投げたがったり。本書では、そういった行動を単なる「危険な行為」として禁止するのではなく、子どもの発達にとって重要な意味を持つ環境との対話として捉え直すことの重要性を説いています。
佐々木は本書で、「環境のなかの情報は、知覚する人(動物)の身体的な特性と相対的な関係にある」と述べています。子どもにとって木の枝は「登れる」もの、石は「投げられる」ものとして知覚される。それは単なる物理的な特性ではなく、子どもと環境との間に生まれる関係性なのです。
これら2冊に共通するのは、自然を「教える」のではなく、自然と「出会う」ことの大切さです。先ほどの女の子の「なぜ?」も、まさにそんな自然との素直な出会いから生まれたものでした。
実は、図書館には自然との出会いのヒントが詰まっています。例えば、『センス・オブ・ワンダー』を読んだ後、実際にキャンパスの自然の中に出かけてみる。カーソンが描いたように、五感を澄ませて自然を感じてみる。または、『アフォーダンス』の視点から、自然の中での人々の行動を観察してみる。
最近では、スマートフォンやタブレットで手軽に情報を得られる時代になりました。しかし、紙の本には独特の魅力があります。ページをめくるたびに香る紙の匂い、触れる感触、そして何より、私たちの想像力を刺激してくれる力。それは、自然体験と同じように、五感を通じた深い学びを提供してくれるのです。
自然と子どもたちの関係について考えるとき、私たちはともすれば「教育的な意義」や「学習効果」といった側面にばかり目を向けがちです。しかし、カーソンが教えてくれたように、本当に大切なのは、自然の不思議さや美しさに心を動かされる体験そのものなのかもしれません。
図書館には、自然との出会いを豊かにしてくれる本がたくさん眠っています。環境教育や野外教育に関する専門書から、自然観察の図鑑、詩人たちが綴った自然への思いまで、実に様々な本と出会うことができます。
皆さんも、図書館で借りた本を片手に、キャンパスの自然を観察してみませんか?たとえば、昼休みのわずか15分間でも、木陰でページをめくりながら小鳥のさえずりに耳を傾ける。そんなちょっとした実践から始めてみるのもいいでしょう。