2020年10月30日金曜日

【TORCH Vol.124】 巨匠の息遣いに触れる―ウンベルト・エコ著『論文作法』而立書房.

教授 白幡真紀

 

 私は自他ともに認める活字フリークである。子供の頃から本や漫画が大好きで、町の本屋さんや図書館に入りびたりであった。初見で読む際にはページをめくるのももどかしく、ぱらぱらと貪るように最後まで読み、気に入った本はじっくりと読む。もう中のセリフや文章を暗記するほど読み込む。またこれ読むの、と言われても何度も読む。そのため、私物の本のタイトルが並んでいる本棚を見られるのは至極恥ずかしい。私の心の中そのものを覗かれている気がする。

 ジャンルも問わず、少年漫画、少女漫画から始まり、ミステリー、ラノベ、小説、ビジネス書からファッション誌まで面白ければ正直何でもありである。しかし、このところ、じっくり好きな本を読む時間がなくなり、空いた時間に電子書籍を読むようになったため、昨年のGWの令和大連休では「こんまり流」お片付けで800㎏もの紙片を処分した。無念である。

 その中でも私のお薦めの本は何か。それは、私のバイブルであるウンベルト・エコ著、谷口勇訳『論文作法-調査・研究・執筆の技術と手順』(而立書房)である。論文の書き方、と言ってしまうとそこまでだが、さすがの巨匠の筆致で実にエスプリの効いた仕上がりとなっており、しかし非常に有用な書である。論文の書き方はもとより研究の姿勢そのものに至るまで包括的に論じていおり、文系研究者や学生には必読の書であろう。声を大にして読み手に伝えたいことに関しては文章の熱量も上がる。1ページにひとつは必ず名言がある。単なる読み物としても楽しめるのである。

 1991年が初版であるので、インターネット検索が当たり前になった現在とは多少事情が異なる部分もあろうが、基本は何も変わっていない。私も社会人として2003年に放送大学の修士課程に入学した際にこの本を購入した。通信制大学院で、しかも指導教官とは手書きの手紙のやりとり(!)であったため、この本が実質のチューターであった。博士論文もこれを片時も離さず執筆した、まさにパートナーなのである。指導教官の名誉のために付け加えると、当時、先生はメールもちゃんとお使いになっていた。古き良き時代のイギリスを愛する先生は、何より手書きのお手紙を良しとされる風流で粋な方なのである。

 その後も博士課程の後輩たちに自費で購入してプレゼントするなど、コツコツと販促活動を続けていたのだが、いつの間にかAmazonで新品の在庫がなくなってしまい、筆者の巨匠もお亡くなりになり、ここまでか、と思っていたら、先ごろ思わぬところで再会した。先日、某大学の専門演習にゲスト講師として講義を行う機会があったのだが、そこのゼミの教科書になんとこの書が指定されているではないか。慌ててAmazonで検索したところ、新品で在庫が存在していた。誰に感謝したらよいかわからないが、ありがとうの気持ちでいっぱいである。

 良書との出会いは何物にも代えがたいが、その書に継続して課金できないのは辛いところである。ぜひこうして皆様の目に触れるところで広報活動を行い、少しでも長くこの書が読み続けてもらえるよう願うばかりである。

2020年10月5日月曜日

【TORCH Vol.123】 本を読むとは

教授 櫻井雅浩 


本を読むとは、ある人々の過去即ち歴史を知ることです。自分が経験できない他人の経験を学ぶと言っていいでしょう。山本夏彦(1915~2002)は「本を読むことは、既に死んだ人と話をすること。」と書き残しています。読書の醍醐味と言っていいでしょう。

今回紹介する本は、鈴木貫太郎著(昔の総理大臣と同姓同名ですね)「中学の知識でオイラーの公式がわかる」です。e iπ+1=0 見たことありますか?理系数学でもほんの少し触れるだけで、詳しい説明は聞いたことがありません。ただあまりにも有名な式なのでずっと気になっていました。eはネイピア数、iは√-1虚数単位、πは円周率ですね。これを中学の知識出来る?と思うでしょう。著者の経歴が変わっています。「中学の知識でオイラーの公式がわかる」によると1966年2月生まれ。県立浦和高校に進学。勉強は高校受験で燃え尽きて高校時代は完全落ちこぼれ。数学は0点連発、成績は学年ビリ(456位/456人)。2浪して早稲田大学入学(社会科学部)。在学中に始めた塾講師(算数・数学)のアルバイトから正社員になり大学は中退。講師時代は過去問を徹底研究。次男が生まれたのを機に専業主夫。2017年からYouTube投稿を始める。所謂コテコテの文系だったのにアルバイトのために数学を勉強してそれを予備校で教える。人の運命は分からない、を地で行く感じです。そしてこの鈴木貫太郎先生のYouTubeが面白い。最初の定義から正しく「中学の知識」で解説してくれます。受験理系数学から離れて約40年、遠い彼方にあったオイラーの公式が理解できるようになりました。有名人のYouTubeチャンネルは沢山ありますが大体は書籍を動画で解説したもので、動画が書籍化された稀な例でしょう。新しい情報発信の一例となると思います。


2020年10月2日金曜日

【TORCH Vol.122】 スポーツ小説がもたらす力

教授 佐藤修


堂場瞬一の「チーム」を選ばせて頂きました。実は「スポーツ文化論」の授業で10月9日分を担当していまして、この日のテーマが「スポーツと文学」なのですが、広い意味でスポーツ小説を取り上げようと思い、真っ先に浮かんだのがこの小説です。

 10年ほど前、私は東北放送でアナウンサー職にあり、ラジオ番組を担当していました。番組内に「おさむのプチ読書」というコーナーを作り、1週間に読んだ本を紹介していましたが、その時会社の先輩が進めてくれたのがこの「チーム」だったのです。

 箱根駅伝で、前年大会でシード権を逃した大学による予選会が、本大会の2か月前に開かれる。予選会を通過できるのは10チーム。不運にも出場を逃した大学の中から、予選会で上位の記録を残した選手により編成される学連選抜が、箱根を走るまでの物語。

 いわば寄せ集めのメンバーがチームになるまでの学生たちの苦闘と本番での個々人の葛藤や思いが描かれています。ストーリーにはお決まりの、チームになじめない地雷のような選手が登場します。しかし記録は群を抜いてトップ。メンバーから外すわけは行かない。だが入れればチームの和は乱れる。キャプテンを任された浦選手が悩み考えます。そこで浦選手はこの選手にある言葉をかけます。

 その一言は私の胸に深く刻まれていました。何かにつけて思い出しては、チャンスがあれば放送で言ってみたい。そんな衝動に駆られていました。

 それから程なくして東日本大震災が発生します。3月11日のことです。4月からスポーツ部長に着任する予定だった私は、前倒しで予定していたスポーツ中継をどうするか、さらには他から押し寄せる復興支援イベントや慈善試合などの調整に追われました。そして4月2日、楽天イーグルスの慈善試合が本拠地球場で開催されました。その時、嶋基宏選手が送った言葉が多くの野球ファンを勇気づけました。

「見せましょう、野球の底力を」

 その言葉を球場で聞いていた私の心にも深く届きました。下を向いている場合じゃない。

そして実はその前に語った、あるフレーズに私は釘付けになっていたのです。そのフレーズこそが「チーム」の中で浦キャプテンがその選手に語り掛けた言葉だったのです。そのフレーズはスポーツシーンのあらゆる場面で語られている言葉なのかもしれません。もしかしたら嶋捕手がこの小説に接していて無意識に湧いてきたのかもしれません。

 実況中継に明け暮れていたころ、自分が発する言葉にもっと魂やエネルギーを吹き込みたいとスポーツ小説やノンフィクションを多く読みました。視野が狭くなる取材や放送にあって、ふっと頭に浮かんでくる作品のワンフレーズが選手へのインタビューや中継の時に、行き詰まった自分をたびたび救ってくれました。スポーツ選手だけではない、スポーツを外から応援している人も多くの言葉を持っています。それは未経験だからそこ到達できない世界への強いあこがれが、選手の心を揺り動かすのかもしれません。スポーツ小説にはそんな力があることを学生に伝えたいと感じています。