柴原茂樹
小学生の頃、探偵小説や冒険小説に夢中になっていました。そのおかげで、熱帯地域には恐ろしい熱病であるマラリアが猛威を振るっていることを知りました。以来、マラリアは私の興味の対象であり、講義で赤血球関連の話になると熱が入るのはそのためです。なお、マラリア原虫は肝細胞経由で赤血球に寄生し、脳マラリアなどの重篤な合併症を惹起します。事実、年間約30万人の乳幼児がマラリアで亡くなっています(WHO 2015年)。
大学生時代もそれなりの読書家だったと思いますが、卒業後、読書量は激減しました。現在、読むのは研究に関連する文献、他人が書いた投稿論文、及び週刊誌Natureだけです。よって、本ブログを書く資格は無いのですが、折角の機会を与えて頂きましたので、長年従事している編集長業務、関連する諸問題、及び雑感を紹介します。卒業論文を書く学部学生諸君と修士論文を書く大学院生の皆さんに、多少なりとも参考になれば幸いです。
私は、平成15年(2003年)より、月刊の英文総合医学雑誌The Tohoku Journal of Experimental Medicine (TJEM) の編集長を務めています。平成25年度より科学研究費助成事業 (研究成果公開促進費)「国際情報発信強化」の支援 (No. 252007) を得ている立場上、TJEMを紹介させて頂きます。TJEMは、1920年 (大正9年) 、東北帝国大学医科大学により創刊された日本最古の国際的な総合医学雑誌です。当初より、国内外の医学研究の成果を広く世界に紹介してきました。特に、終戦直後の1946年を除き、定期的に発行され続けてきた実績は高く評価されています。創刊号から毎月の最新号を含め、TJEMの全掲載論文がweb上で無料公開されています(オープンアクセス刊行)。なお、2011年の東日本大震災を契機に、防災科学をTJEMの対象領域に追加しました。東京オリンピックが開催される2020年に、TJEMは創刊100周年を迎えます。
毎年、約700編の論文がTJEMに投稿され、そのうち約80%が海外からの投稿です。国外の研究者からこれほど支持されている国内刊行雑誌は他に例がありません。投稿論文の審査は、査読者(reviewer)、編集委員、及び編集長の連携に基づき、全員のボランティア活動として実施されます(平均査読日数:約16日)。毎年、のべ約800人の世界中の研究者に審査(peer review)して頂いており、査読者の皆様には心より感謝しています。継続して刊行されてきた実績に加え、公平、的確、かつ迅速な審査体制が、TJEMの人気を支えています。なお、論文の採択率は20%程度であり、掲載されるのはかなりの難関となっています。
電子ジャーナルの問題点
大手の出版社が刊行する電子ジャーナルは、善意の研究者によるpeer reviewを経た論文を掲載します。そして、当該出版社は大学等(研究者)に電子ジャーナルを販売し、莫大な利益を得ています。このような現状への批判から、近年、無料でアクセス可能な電子ジャーナルが多数誕生しています。事実、毎日のように、私にも論文投稿の依頼メイルが届きます。しかし、増加する電子ジャーナルの信頼性が懸念されています。例えば、著者を食い物にするような雑誌”Predatory
journals”が知られています (Nature
549: 23-25, 2017)。すなわち、おざなりの審査で論文を採択し、高額の掲載料を徴収する雑誌です。一方、電子ジャーナルの信頼性を探る為に、善意の(?)専門家がイカサマ論文
Spoof paperを作成し、標的とする雑誌に投稿します。このようなSpoof
paper には専門家が審査すればすぐわかるような欠陥・瑕疵が仕込まれています。もしイカサマ論文が採択されると、著者はその論文を撤回し、採択した雑誌名を公表するのです(Science 242: 60-65, 2013)。Spoof paperを採択してしまった雑誌は面目を失うことになります。
論文執筆者(著者)の問題
世界的に研究不正が大きな問題になっています。残念ながら、研究者・著者は嘘をつくのです。研究データの捏造は論外ですが、捏造されたデータを容易に見抜けるものではありません。興味のある方は、黒木登志夫(著) 「研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用」 (中公新書) をご一読ください。ご参考までに、時に経験する具体例を紹介します。
・剽窃(ひょうせつ): 概ね、コピー・アンド・ペーストのことです。TJEMでは、2012年から剽窃検知システムを導入し、全ての投稿論文を予め調べています。例えば、英語を母国語としない著者が、先行論文の英語表現を借用する場合です。なお、引用文献を明記し、著者自身の先行論文からの転用であっても、問題になり得ます。現在、多くの大学は剽窃検知ソフトを導入し、学位論文などにおける盗用の有無を調べています。
・Fake peer review: 偽の論文審査という意味です。前述のように、peer reviewは論文の質を担保する最も重要な過程ですが、そこに疑念が生じているのです (Nature 546, 33,
2017)。例えば、偽名と偽メイルアドレスを使って著者自身、あるいは仲間の研究者を査読者に推薦し、当該雑誌が推薦された査読者に審査を依頼すると好意的な評価意見が届くという仕掛けです。よって、好意的な意見であっても、油断はできません。
仙台大学が誇るラーニング・コモンズ
編集長は多様な著者達に対応しなければならず、苦労は尽きません。幸い、私の研究室はラーニング・コモンズ棟(LC棟)2階にあります。インターネット全盛の時代であっても、学生にとっての図書館の重要性に変わりはありません。近年、多くの図書館が「ラーニング・コモンズ」の機能、すなわち、学生のための学習スペースの整備に力を注いでいます。仙台大学では、図書館にラーニング・コモンズ(LC棟1階)が隣接しています。そこには机と椅子が配置され、学生諸君が、自由な議論、あるいは様々な資料を広げて学習できるようになっています。ラーニング・コモンズを活用している学生諸君を眺めると、なんとなく私も鼓舞されます。
特筆すべきは、LC棟1階にはプレイルーム(保育室)が隣接していることです。そこに集う幼児達の姿や声は私を癒してくれます。神経系の発達が著しい幼児期にこそ楽しく体を動かすべきであり、遊び(楽しい運動)により、子どもの健全な発育が促されます。将来、心身共にバランスのとれた社会人、あるいは研究者に育ってくれることでしょう。関連して、仙台大学が開学50周年を迎える2017年に、子ども運動教育学科が新設されたことは素晴らしいと思います。同学科の発展を楽しみにしています。