村上憲治
かなり前の本でありかつて流行った「脳トレ」関連の本ではあるので、読まれた方も多いかと思うが、本書は私自身にとって重要な位置づけにある一冊であるためご紹介したい。
著者は救急救命の最善で画期的な方法で命を救ってきた医師であり、脳科学者発刊の「脳関連本」とは一線を画した存在である。著者は現在の救急医療の現場において広く実用されている「脳低温療法」という試みを世界で初めて完成させた方で独自の視点で「脳科学」を捉えているところに興味が沸いた一冊であるが、私自身この本が世に発表される前に、スポーツ関係の講習会で著者の講演を聴き大変興味を持ち本書が発行されたとともに購入をした思い入れのある本である。本書内にも記載されているが、この「脳科学」はスポーツ場面でも有効に活用され、水泳の日本代表チームでも北京オリンピック直前に著者を招き講演をおこなっている。その事もあってそれ以降の日本水泳界の大きな躍進にも繋がっているのも事実である。
本書では普段から何気なくおこなっている我々の習慣の数々のなかにはじつは脳に悪いものもあり、その習慣を止めるだけで脳の能力や効率がアップするというのが本書の内容である。著者は脳科学・脳医学の立場からその習慣がなぜ脳に悪いのかを解き明かしそのアドバイスを提示している。
なお、本書でいう習慣は“行動”ではなく主に“思考”である。
では、「脳に悪い7つの習慣」とはなにか?
1 興味がなく物事を避ける。2“嫌だ”・“疲れた”と思う(言う)。 3 言われたことだけをコツコツやる。4
常に効率しか考えていない。5 我慢をする。6 スポーツや絵などの趣味がない。7 めったに人を褒めない。
以上の7つである。少なからず誰でも必ずどれかに当てはまるものはあるだろう…
本書の中で著者はその理由を科学的な発想で説明をしている。
脳は様々な感覚器(五感)から入力された情報に感情や気持ちのレッテルを貼る。そのレッテルが“嫌だ”というレッテルを貼るとマイナス情報となり脳の働きを止めてしまう。しかし“好き”・“楽しい”というプラス情報のレッテルが貼られると脳の働きが活性化する。そのことが物事を忘れにくくさせるため記憶の定着と同時に脳の自体のパフォーマンスが向上するといっている。これはよく言われる言葉で「好きこそものの上手なれ」は、まさにこのことを実証しているのだろう。
次に、「大体できた」「終わった」とゴールを意識してはいけないといっている。脳のなかには自己報酬神経群というものがある。この神経群は「ご褒美(報酬)が得られるかもしれない」という期待に対して活性化するため、いわゆる「鼻先のニンジン」状態を脳の中で勝手に作り出し結果的に“頑張りがきく”状態になってくる。そのためこの神経群はパフォーマンスが向上するために重要な要素になっている。「できた」「終わった」と“ご褒美”を要求しなくなった瞬間、もしくはそう思った途端にこの神経群の働きがとまり脳のパフォーマンスが低下して身体的なパフォーマンスも低下するといっている。そのため常に「まだまだ」「まだ先がある」と向上心を持って取り組むことで常に脳が活性化して脳自体のパフォーマンスが向上しそれが身体的パフォーマンスに影響することである。
さらに具体的にどうしたらいいのだろうか?…どのような思考にすれば良いのだろうか?
著者はその打開策として、「きっとおもしろいにちがいない」と前向きな気持ちで取り組む。遊んで感動する。ゴールを意識せず、目標達成だけを考える。日記やブログで思考を整理する。物事を繰り返し考える。本は何度も読んで論理的に説明できるレベルまで理解を深める。他者に反論されても怒らない。物事を考えるときは“間”を置く。「だいたい覚えた」でやめないで確実に覚える。姿勢を良くし、字をしっかりと書く。よく話をする。リズムに乗ること。良いところを見つけて褒める。時には自分を捨て、人のために生きること。
など、脳にいい習慣(思考)を提案している。すべてはできないかもしれないがこのうちのいくつかは自身発想の転換でできる。
本書は、一般の方々に向けメッセージを発信しているが、スポーツにおいて十分に活用できる内容であり、この本で書かれている「脳科学」の要因も最終的にはスポーツ心理学に繋がり、“勝つため”“逆境時”の発想に繋がるといえる。一度試してみてはいかがでしょうか