志賀野 博
以前、教育研修会で3つの会議方式・発想法・表現法について学ぶ機会があった。1つ目はアレックス・F・オズボーンの著書『 Applied Imagination(1953)』に紹介された、集団発想法・課題抽出法とも呼ばれる『ブレインストーミング(Brainstorming・BS法)』。2つ目は『KJ法』。KJという呼称は考案者の文化人類学者:川喜田二郎の頭文字から考えられた。3つ目はトニー・ブザン(Tony Buzan)提唱の『マインドマップ法(mind-mapping)』である。研修の最後に、グループ毎に話し合いの結果を用紙1枚に図解する作業が求められた。作業を通して、各参加者のコミュニケーション(以下「コミュケ」と記す)力・思考力・理解力・表現力・伝達力等が飛躍的にアップすることに気付かされた。上記の思考法等については、読者も十分承知のことと思われるので、ここでは紙幅の都合上割愛する。
その後、現・多摩大学学長室長兼多摩大学総合研究所所長(宮城大学名誉教授)の久恒啓一氏とお目にかかる機会があった。氏はこの図解思考術を生業としている研究者・教育者・実践者である。2002年には「図で考える人は仕事ができる」がベストセラーとなり「図解ブーム」を巻き起こした。宮城大学在職中は【情報表現論】で図解の考え方や図解を活用したライフデザインやキャリアプラニングを講義し、数多くの有為な学生を輩出している。業績は『久恒啓一氏の図解ウェブ(http://www.hisatune.net/)』を覗けば一目瞭然である。これまでの閲覧数は230万件、1日に400名ほどがアクセスしているようだ。ここでは、図解術の原論の概要を少しだけ記すので、詳細には久恒氏の著作を読んでほしい。『図解術』は上記の3つの思考術の融合と私は考えている。
氏はビジネスマン時代を通じて「コミュケの達人こそが、仕事が熟せるビジネスマンである」ことを感得している。ここでのコミュケ能力とは、他の人の意見や提案、資料をよく理解する(理解力)、アイデアを引き出す(企画力)、相手に自分の考えを表現し伝える(伝達力)を指している。ビジネス場面では文章によるコミュケが大きな比重を占めるとともに「説得の技術」にもなっている。また、文章コミュケの社会は、様々な阻害と課題山積の状況にありコミュケ・スタイルの革命も求められている。氏は文章に代わるものとして図解コミュケを勧めている。書店のビジネス書コーナーには「図解で読む○○」や「図解で解る○○」など、複雑な構造を図解で分かりやすく紹介した著書を頻繁に目にする。このことは、図解がビジネス社会において、有効なコミュケ手段や大きな武器となっていることを意味する。さらに、コミュケの効率化と深化の方法として「ビジュアル・コミュケ」の重要性が叫ばれている。背景には社会全体のスピードアップ化、社会のイメージ重視の傾向、若い世代中心の文字離れ現象、さらに、写真、ビデオ、コンピュータなどコミュケ技術の目覚ましい進展がある。ビジュアル・コミュケの中でも図解によって自分の意図を相手に伝える「図解力」は絶大な威力を発揮する。文章は頭で考えてから理解するが、図解はまず視覚的に要点を理解し、次に考えて理解するという二重の理解がある。また、図解は重要なポイントを逃すことなく、意図したことの大半を相手に伝えられるし、優れた図解なら書き手の意図した以上のものを読み手にもたらすこともある。この図解コミュケの威力を認識し活用法を身につけることが、情報を扱う能力を高め思考を発展させる有効なテクニックとも言える。図解は「理解」「企画」「伝達」の場面で役立ち、ビジネス力が上る。1「理解」の図解:本・新聞を読む時や書類作成時に図解すると、内容を構造的・立体的に捉えられ、問題の構図が浮かび全体を鳥瞰図的に理解できる。2「企画」の図解:作図の段階で関係性の視点から課題解決を図ったり、新しいアイデアが浮かんだりと思考が深まる。3「伝達」の図解:図解は相手を納得させる表現方法と同時にコミュケ促進ツールでもある。図解は議論やコミュケを誘発しコンセンサスを生み重要な「伝達」ツールでもある。図解によるプレゼンは効果的である。以上から知的生産や仕事に不可欠な能力が磨かれることがわかる。
ここからは、図解作成上の留意点について述べる。図解表現の方法は、各人の自由で1つではない。図解はマルと矢印だけを使い「構造と関係」を表現する。マルの使い方には「包含・隣接・交差・分離・並列・群立」等がある。マルの構図が決まったら矢印でマルの「動き・流れ・方向・関係」を表現する。矢印の使用にもパターンがあり「連続性・場面の展開・思考の流れ・対立・双方向性・拡散・収縮」等がある。また、図解の基本は「大胆に、そして細心」にである。最初はより大きな(高い)視点を持ち全体像を把握する。細かすぎるとわけの分からない図になる。個々の要素を抜き出した後、グルーピングしてマルの中にまとめキーワードを付ける。全体の構造をクリアにするには、伝え、訴えたい重要なことを図の中心付近に置くとインパクトがある。中心部をしっかりと作り、左右対称な構図だと安定感が感じられる。全体像の構成ができたら細部を描く。この要領は、全体像の作成と同じで似た概念をグルーピングしマルで囲み、それぞれのマルを矢印で結びつける。細部にこだわるためには短く的確な言葉を選ぶ。長文は理解しにくい。次に、図解で一番目立つのはタイトルである。大半の人はタイトルから記述内容を知る。タイトル、コメントは図解に不可欠で大きなポイントである。作成過程でタイトルが変わることもある。初めは仮タイトルで進め試行錯誤しながら最後に図解を見てタイトルを決め直すこともよい。タイトルは本質を抜き出すものだが、時には本質より人目を引くインパクトのあるタイトルがよい場合もある。例えば、「21世紀の世界について」より「21世紀の世界はこうなる」とか、「中小企業のIT活用」より「ITで変身する中小企業」の方が動きを感じる。凡庸なのは「○○について」「○○の概要」等で、内容は正確かもしれないが興味がもたれにくい。また、コメントは30字程度までがよい。さらに、マルと矢印の形や色を工夫し、文字量で円か楕円、マルの強調には太い外枠や網掛け、色や影を付ける、仮定なら外枠を破線にする方法もある。マルに限らず四角や三角、星形など用途で選択も可、効果的表現にはコメントや吹き出しもいい。対比関係は図の統一が分かりやすい。矢印の強調に太線や細線の使い分けも効果的。矢印の意味が分かるように矢印の側に「従って」「しかし」「なぜなら」等の言葉を添えると分かりやすい。どこから読んでも分かりやすい図解が望まれ、情報量が多い時は読む順番の補助的番号を付ける。また、図を読むときの習慣を意識し、過去から未来への時系列や因果関係の表現は左から右や上から下へ流すことがよい。用紙の使用も縦より横向きが読み手にはよく、横書きと縦書きでは数字やカタカナ・英単語の使用を考え、横書きの方がよい。図や言葉により説得力を持たせるため、数字を入れる方がビジネスでは効果的で信頼性を上げる。グラフ表現は一目でその内容が掴め図解を生き生きとし、比率、比較、変化、傾向を示すときは効果絶大であり、最適なグラフ選択も重要である。イラストはイメージを伝えやすくするが、相手に先入観を持たせてしまう危険性もある。イラスト使用は図解の本筋ではなく、伝達の表現方法の最終段階での工夫である。
最後に、原論⇒技術⇒展開⇒仕事論・仕事術に参考となる書籍を紹介するので、各種のレポート作成、卒業論文・修士論文や就業後のビジネスライフ等に活用されることを願って止まない。この文章が図解できたらと猛省しているところである。
◎原論編(図解の効果について学びたい、図解がどれだけ役立つのか知りたい方:原論編)
・『図で考える人は仕事ができる』2002 ・『図で考える人は仕事ができる実践編』2003 日本経済新聞社
・『図で考える人の図解表現の技術』2002 日本経済新聞社
◎技術編(図解の原論を学び、技術を習得されたい方)
・『図で考えるできる人、できない人』2007 PHP研究所 ・『図解の技術・表現の技術』1997 ダイヤモンド社
・『スッキリ考え1秒で習得 図解の極意』2009 アスキーメディアワークス ・『ビジネス図解』2000同文館出版
◎展開編(図解の技術を習得され、他にどのような応用例があるか知りたい方)
・『働く女性の成功ノート』2006 成美堂出版 ・『40歳からのライフデザイン』2003 講談社ライフデザイン
・『図で考える習慣』2003 幻冬舎 ・『人生がうまくいく人は図で考える』2003 三笠書房
◎仕事論・仕事術(受験・卒論から社会人の文章作法など)
・『図で考えれば文章がうまくなる』2005(単行本)『図で考えれば文章がうまくなる』2005 PHP研究所(文庫本)
・『仕事力を高める方法は図がすべて教えてくれる』2003 PHP研究所 ・『合意術』2005 日本経済新聞社