2026年8月20日木曜日

【TORCH Vol.169】問題を「解く」のではなく、問題そのものを問い直す ― 佐藤允一『問題構造学入門―知恵の方法を考える』を読む ―

  


体育学科 教授 宮西 智久


大学で学ぶということは、知識を覚えることだけではない。むしろ重要なのは、「何が問題なのか」を自分自身で考え、その問題をどのように捉え、どのような方法によって解決していくのかを考えることである。その意味で、学生に薦めたい一冊が、佐藤允一氏の『問題構造学入門知恵の方法を考える』(ダイヤモンド社,1984)である。

本書は、問題解決のための方法を論じた本である。しかし、単に「問題が起きたら、この方法で解決すればよい」という実用書ではない。本書の重要な点は、問題を解決する前に、「そもそも何を問題としているのか」を明確にする必要があると指摘していることである。

私たちは、何かうまくいかないことが起こると、それをすぐに「問題」と考える。例えば、「試験の成績が悪い」「授業に学生が来ない」「大学の志願者が減っている」「スポーツの競技成績が伸びない」といった現象である。しかし、これらは本当に問題そのものなのだろうか。

本書では、「問題」を目標と現状のギャップであり、解決すべき事柄として捉えている。ここから考えると、「成績が悪い」という現象も、どのような成績を目標としているのかによって、問題になる場合とならない場合がある。同じように、「志願者が減少している」という現象についても、大学が何を目標としているのかによって、その意味は異なる。

つまり、問題は単に目の前に「存在する」のではない。私たちが「こうありたい」という目標、つまり「あるべき姿(理想)」を設定し、現状との違いを認識することによって、初めて問題として捉えられるのである。

ここで、本書が示す「問題」と「問題点」の区別は重要である。目標と現状との間に生じるギャップが「問題」であるのに対し、その問題を構成する要素が「問題点」である。さらに、問題構造学の考え方を踏まえれば、問題点のうち、解決することが可能であり、かつ解決すべきものを「課題」として捉えることができる。したがって、問題を認識しただけでは、まだ具体的な解決には至らない。問題の構造を明らかにし、その中から「何を解決すべきなのか」を課題として特定することが、問題解決に向けた重要な段階となる。

さらに本書が示す重要な視点が、「問題を構造として捉える」という考え方である。社会やスポーツ、教育における問題は、通常、一つの原因から生じているわけではない。複数の要因が相互に関係し、その結果として一つの問題が形成されている。そのため、「原因はこれだ」と単純に決めつけるのではなく、問題を構成する要素と、それらの関係を明らかにする必要がある。そして、その構造の中から、解決可能で、かつ解決すべきものを課題として見いだしていくことになる。

この考え方は、現在の複雑化した社会を考えるうえでも有効である。少子高齢化、人口減少、地域社会の衰退、教育改革、スポーツ人口の減少、部活動の地域移行など、現代の社会問題は、単純な正解に還元することが難しい。こうした問題に対して必要なのは、すぐに解決策を提示することではなく、まず「問題の構造」を理解し、その構造の中から、何を解決すべき課題として設定するのかを明らかにすることである。

もちろん、本書の考え方をそのまま現代の社会問題に適用できるわけではない。「目標と現状とのギャップ」という枠組みだけでは、そもそも誰が目標を決めるのか、異なる価値観を持つ人々の間で目標をどのように共有するのか、といった問題までは十分に説明できない。しかし、だからこそ本書を批判的に読む意味がある。本書の方法をそのまま受け入れるのではなく、その考え方を手がかりとして、自分自身の問題認識を問い直すことが重要なのである。

この視点は、大学生にとって特に重要である。大学では、与えられた問題に正解するだけでは十分ではない。卒業論文や研究活動では、「何を研究するのか」「なぜそれを研究する必要があるのか」「何を明らかにしたいのか」を自分で設定しなければならない。これは、問題を認識し、その構造を捉えたうえで、研究によって解明すべき課題を設定するという作業である。

例えば、「野球選手の打撃動作を研究する」というテーマだけでは、研究上の問題は明確ではない。どのような打撃動作を問題とするのか、何を「望ましい状態」とするのか、現在どのような状態にあるのか、その差は何によって生じているのかを考える必要がある。そのうえで、問題を構成する複数の要素の中から、研究によって明らかにすることが可能であり、かつ明らかにする必要のあるものを研究上の課題として設定する。ここまで考えて初めて、単なる「研究テーマ」が具体的な研究課題へと転換されるのである。

さらに、生成AIが急速に普及している現在、この本を読む意味は一層大きくなっている。AIに質問すれば、短時間で多くの情報や解決策を得ることができる。しかし、AIがどれほど優れた答えを提示しても、最初の問いが適切でなければ、得られる答えもまた適切ではない。

これからの時代に求められる能力は、「答えを知っていること」だけではない。「何を問うべきなのか」を自分で考える能力である。問題を設定し、その構造を捉え、そこから解決可能で、かつ解決すべき課題を見いだし、必要な情報を集め、複数の選択肢を比較したうえで、自分自身の判断を形成する。この一連の思考こそ、大学で身につけるべき重要な能力の一つである。

本書を読む際には、「佐藤の方法を覚える」ことを目的にするのではなく、「自分はいま、何を問題だと思っているのか」と問い直してほしい。そして、その問題は本当に問題なのか、どのような目標とのギャップとして捉えられるのか、その問題を構成している要素は何か、その中から何を課題として設定すべきなのか、と考えてみてほしい。

大学での学びにおいて重要なのは、正しい答えを早く出すことだけではない。答えを出す前に、問題を明確にし、その問題の中から解決すべき課題を見いだし、問いそのものを吟味することである。

その意味で、『問題構造学入門』は、問題解決の本である以上に、「考えるとはどういうことか」を学ぶための本である。卒業論文や研究活動に取り組む学生だけでなく、将来、社会の中で自ら問題を発見し、その構造を捉え、解決すべき課題を設定しようとする学生に、一度は読んでほしい一冊である。

なお、本書をより平易に学びたい初心者向けの著書として、同氏の『図解 問題解決入門問題のとらえ方と打つ手の見つけ方』(ダイヤモンド社,1987)もあるので、こちらにも目を通してほしい。


【参考資料】

AKIコンサルティング(2025)「問題構造学~全てのビジネスパーソンに持って欲しいフレームワーク~」. AKIコンサルティング「問題構造学」,(参照日2026819.