2025年8月5日火曜日

【TORCH Vol. 158】『ぼく モグラ キツネ 馬』が教えてくれる、教師として大切にしたいこと

子ども運動教育学科 助教 小川 真季

  

 私が初めて高校の担任をしたときに出会った絵本が、『ぼく モグラ キツネ 馬』でした。

「“キツネはぜんぜんしゃべらないね”ぼくがささやくと、馬がいった。“そうだな。でもいっしょにいることがすてきじゃないか”」

 クラス経営は、とても大変で、難しいことばかりでした。今回は、「生徒と向き合うことで見えてくる世界がある」ということについて、お話ししたいと思います。当時の私は極端に言えば、「全員が同じ方向を向き、楽しそうに仲良くしている」そんなクラスこそが“良いクラス”だと信じていました。

この絵本のセリフで例えると——「“キツネはぜんぜんしゃべらないね”」。私は、「この子はこの空間を楽しいと思っていないのかな? 誰かと話せるようにしなきゃ!」と焦っていた状態だったのです。

 そんな時、本屋さんで「大人のための絵本」というコメント付きで売られていたこの本に出会いました。

「“そうだな。でもいっしょにいることがすてきじゃないか”」

 この言葉にハッとさせられました。そして、生徒との面談や日々の観察・触れ合いを重ねていく中で、担任としての自分の在り方を見つめ直すきっかけになったのです。それから私は、「私と28人の生徒でしか作れない、居心地の良い空間」を見つける旅を始めました。気づけば、それはとても充実した3年間になっていました。

「それぞれの生徒の行動や姿を尊重しよう。観察してみよう。聞いてみよう」

そんなふうに意識して過ごすことで、生徒との距離が自然と縮まり、私自身もクラスの中で居心地のよさを感じられるようになったのです。

 教育の世界には「正解」がたくさんあります。28人の生徒がいれば、28通りの正解がある。そして私を含めた29人でつくる、そのときだけの正解があります。

 スポーツの世界に長くいると、「比べること」が当たり前になってしまっていることがあります。「普通」とか「一般的には」といった考え方に縛られると、心から面白い・楽しいと思えるものが生まれにくくなり、生徒の可能性をも制限してしまう——このことにも改めて気づかされました。もちろん、なんでも自由にというわけではありません。けれど、「尊重すること」がまず何より大切なのではないかと思います。時間の流れも、成長のスピードも、人それぞれです。早いから良いというわけではありません。正解は生徒の中にある。だからこそ、その正解をできるだけ見抜ける先生でありたい。そう思って、今、教員という仕事に誇りを持ち、学生と日々向き合っています。

 一生懸命に生きていても、認められなかったり、馬鹿にされたり、誰かと比べて焦ってイライラしてしまったりすることもあります。そんなときに、そっと「大丈夫」とやさしく伝えてくれる——そんな存在になりたい。だからこそ、この絵本は、私にとってとても大切な一冊なのです。

「“いちばんのおもいちがいは?”モグラがいう。“かんぺきじゃないといけないとおもうことだ”(いま、私の犬がこの絵のうえを歩き、汚していった……まさにそういうことさ)」

「この世界をおもしろがろう」

 人生は難しい。けれど、確かに“愛されている”ということを、やさしく教えてくれる——私にとってかけがえのない一冊です。