講師 田口直樹
新型コロナで2020東京オリンピックは延期となりました。アスリートたちはさまざまな困難に立ち向かい日々練習に励んでいます。このような混乱はかつてモスクワオリンピック代表選手になりながら出場を奪われたアスリートたちにもありました。時代に翻弄されながらも懸命に生きた彼らの激動の人生を紹介したいと思います。
本書「たった一人のオリンピック(角川新書)」は「江夏の21球」で知られる山際淳司氏のオリンピックにまつわる作品を集めた短編集です。今改めて読んでみると学生の時に読んだ時とはまた違った感情が湧いてきます。その中の「真夜中のスポーツライター」にはオリンピックを印象づけるこんな一文があります。
「生活を保証されたうえで、のびのびとメダルを目ざす選手がいる。その対極に、シビアな選択を迫られ、なおかつオリンピックを目ざそうという選手がいる。その両方を見ていかないと、オリンピックという大舞台の魅力は伝わってこない。」
オリンピックの華やかな舞台の裏で、オリンピックに人生を懸けた若者がいました。
本書「たった一人のオリンピック」の主人公はふとオリンピックに出ることを決意します。
物事を決断するきっかけは偶然やってくることがあります。どこで何があるかわからない。
ふと決意するぐらいの魅力がオリンピックにはあるのです。
そして決意してから5年で1980年モスクワオリンピックの代表を勝ち取ることとなりました。本気でオリンピックを目指し挑戦することで誰にでも代表になるチャンスがあるのです。そういった一心不乱に目標に向かうアスリートの美しさに魅了される一方で、競技以外を犠牲にして葛藤する場面もみられます。まさにアスリートは表裏一体であることがわかります。そんな極限状態の中、モスクワオリンピックボイコットとなり出場が絶たれたわけです。
また同じく幻のモスクワオリンピック棒高跳びの代表選手をえがいた「ポール・ヴォルター」にも主人公の苦悩が読み取れる一文があります。
「むなしかったんですよ。何もかもが。なぜぼくはこんなところで走っていなければならないのか。なぜ高く跳ばなければならないのか。ぼくにはわからなくなってしまったんですね。新しい記録を作った。それはいい。それだからどうしたというのか。そこまでいけば、ぼくはもっと自信をもてるようになるんじゃないかと思っていた。もっと自信にあふれて生きているはずだった。でも何も変わらないんです。」
40年経った2020年においてもシビアな選択の中、2021東京オリンピックを目指すアスリートたちがいます。オリンピアンも例外ではありません。延期によって生活状況が一変し、日々の暮らしやモチベーション維持に苦慮しながらも奮闘するアスリートたちがいます。大学生アスリートにとっても将来へのさまざまな選択を迫られることになるかもしれません。
アスリートにとってオリンピックとはなにか?
アスリートにとって競技人生とはなにか?
今、自分の競技人生と向き合うための書として推薦したいと思います。