2020年9月7日月曜日

【TORCH Vol.121】 競技人生と向き合う ~たった一人のオリンピック~

講師 田口直樹


 新型コロナで2020東京オリンピックは延期となりました。アスリートたちはさまざまな困難に立ち向かい日々練習に励んでいます。このような混乱はかつてモスクワオリンピック代表選手になりながら出場を奪われたアスリートたちにもありました。時代に翻弄されながらも懸命に生きた彼らの激動の人生を紹介したいと思います。


本書「たった一人のオリンピック(角川新書)」は「江夏の21球」で知られる山際淳司氏のオリンピックにまつわる作品を集めた短編集です。今改めて読んでみると学生の時に読んだ時とはまた違った感情が湧いてきます。その中の「真夜中のスポーツライター」にはオリンピックを印象づけるこんな一文があります。


「生活を保証されたうえで、のびのびとメダルを目ざす選手がいる。その対極に、シビアな選択を迫られ、なおかつオリンピックを目ざそうという選手がいる。その両方を見ていかないと、オリンピックという大舞台の魅力は伝わってこない。」


オリンピックの華やかな舞台の裏で、オリンピックに人生を懸けた若者がいました。

本書「たった一人のオリンピック」の主人公はふとオリンピックに出ることを決意します。

物事を決断するきっかけは偶然やってくることがあります。どこで何があるかわからない。

ふと決意するぐらいの魅力がオリンピックにはあるのです。

そして決意してから5年で1980年モスクワオリンピックの代表を勝ち取ることとなりました。本気でオリンピックを目指し挑戦することで誰にでも代表になるチャンスがあるのです。そういった一心不乱に目標に向かうアスリートの美しさに魅了される一方で、競技以外を犠牲にして葛藤する場面もみられます。まさにアスリートは表裏一体であることがわかります。そんな極限状態の中、モスクワオリンピックボイコットとなり出場が絶たれたわけです。


また同じく幻のモスクワオリンピック棒高跳びの代表選手をえがいた「ポール・ヴォルター」にも主人公の苦悩が読み取れる一文があります。


「むなしかったんですよ。何もかもが。なぜぼくはこんなところで走っていなければならないのか。なぜ高く跳ばなければならないのか。ぼくにはわからなくなってしまったんですね。新しい記録を作った。それはいい。それだからどうしたというのか。そこまでいけば、ぼくはもっと自信をもてるようになるんじゃないかと思っていた。もっと自信にあふれて生きているはずだった。でも何も変わらないんです。」


40年経った2020年においてもシビアな選択の中、2021東京オリンピックを目指すアスリートたちがいます。オリンピアンも例外ではありません。延期によって生活状況が一変し、日々の暮らしやモチベーション維持に苦慮しながらも奮闘するアスリートたちがいます。大学生アスリートにとっても将来へのさまざまな選択を迫られることになるかもしれません。


アスリートにとってオリンピックとはなにか?

アスリートにとって競技人生とはなにか?


今、自分の競技人生と向き合うための書として推薦したいと思います。


2020年9月1日火曜日

【TORCH Vol.120】 モモ ミヒャエル・エンデ作(岩波少年文庫)

助教  加畑 碧


Gemütliche zeit(ゲミュートリッヒ ツァイト) 居心地の良い時間

Hektisch zeit(ヘクティシュ ツァイト) せかせかとした時間

この物語の重要なテーマのうちの一つである〈時間〉。それにかかわるドイツ語の言葉です。

今回紹介する〈モモ〉という小説は、ドイツの小説家ミヒャエル・エンデが1973年に書いた小説です。小学5・6年生以上を対象とした児童文学とされていますが、どの年代の人が読んでも何か感じるものがある、深みのある作品だと思います。


主人公はモモという不思議な力を持った小さな女の子。その周りに暮らす人々は、貧しいながらも互いに支え合い、たのしく日々を過ごしていました。しかし、そんなモモの友だちのもとに〈時間泥棒〉の影が忍び寄り、モモの友だちの大切な時間は盗まれていきます。時間を盗まれた人々は責め立てられるように時間を節約しながら、せかせか〈Hektisch〉と日々を過ごすようになっていってしまいます。そんな友だちを救うべく、小さなモモは時間を取り戻すための戦いに立ち向かいます。


物語はファンタジーの要素をはらみながら、時にゆったりと、時にテンポよく、緩急を持ちながら進んでいきます。しかしその随所に現代社会への風刺がちりばめられ、〈豊かさ〉とは何か、本当に大切にしていきたいものとは何なのかを私たち問いかけてくるようです。

便利な世の中のなかで効率的に、さまざまなものはすぐ与えられ、すぐに手に入るなか、失っているものと、その事実にすら気づいていないのかもしれないという事実。よく味わいもせずにのみ込んで、こころはガサついてはいないかと一旦立ち止まる暇さえ与えられないような物語の中のひとびと。すべてに違和感を持ちながらも、きっと皆さんにとっても、他人ごとではないことばかりだと思います。


私自身、まだまだこのお話を読んで、咀嚼しきれていないようなザラつきがのこっている感じがしています。きっとこれからますます時間をかけて、深みを増していけるような、深みを増していけたらと思うような作品です。皆さん自身はこの作品から何を感じるのか、時間をかけて話を交わすことができたら、私はとてもうれしいです。


【TORCH Vol.119】 "It is not the length of life, but depth of life."

 教授  千田 孝彦


 混迷の時代だからこそ「生き方」を問い直す,のプロローグで始まる、稲盛和夫氏の「生き方」(サンマーク出版)は、誰もが、生きていく上で、考えたり、悩んだりすることに対して、人間として正しい生き方、あるべき姿とは何かを分かりやすく述べています。

 この本には、共感することがたくさんあり、その中のひとつを紹介したいと思います。

 ″人生をよりよく生き、幸福という果実を得るには、どうすればよいのか。″ということについて、彼は、次のような方程式で表現しています。

         人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力

 つまり、人生や仕事の成果は、これら三つの要素の ″掛け算″によって得られるものであり、けっして、″足し算″ではないのです。

まず、能力とは、先天的に与えられる知能、運動神経、健康のこと。熱意とは、事をなそうとする情念や努力する心のことであり、これは自分の意志でコントロールできる後天的要素。そして、最初の「考え方」とは、心のあり方、生きる姿勢のことであり、三つの要素のなかでは最も大事なもので、この考え方次第で人生は決まってしまう。「プラス方向」の考え方が人生を大きく左右する。では、これは、どういう考え方なのでしょうか。知りたい人は、ぜひ、自分自身でこの本を読んで、確認してみてください。

 これから進路希望を達成するために、今、大切なのは、大学での知識習得を通して、学生諸君一人一人がチャレンジ精神を養うことです。

つまり、自分の志望する進路対象が遠隔試験による選抜を要求しているのなら、理屈ぬきでやってやろうではないかという気概を強く持つこと。そして、そのために努力することを決して忘れずに日々実践して欲しい。何故ならば、この努力する喜びは、人間の様々な可能性を引き出してくれる原動力となるものだからです。

 はっきりと将来への志望を持つことは確かに大切ですが、社会がそれを十分に受け入れてくれるとは限りません。また、自分の能力・個性がどのように養われていくか、志望も今後どう変わっていくか分りません。そのような中で、自分の可能性が本当にチャンスになるためには、大学でのすべての授業に言い訳することなくしっかり集中することが何よりも大切であります。そして、学生諸君は、進路実現に向けて最後まで諦めずに粘り強く努力をして欲しいと願っています。

 このように、あることをするのには、①「努力してやる」、②「好きでやる」、③「楽しんでやる」の三段階があり、それぞれが大切ですが、「努力」なくして物事は成就しないものです。しかし、孔子の言葉に「楽しむに如かず」、つまり、「努力して勉強している者は、それが好きで勉強している者には敵わない。また好きでやっているものでも、楽しんでやっている者には敵わない」という言葉が示すように、それが楽しんでやることができるようになれば最高のことです。どんなことでも楽しんでやれるようになりたいものです。これを「悟りの境地」と言います。

 本学の学生諸君に実践して欲しいことが二つあります。ひとつは「努力」であり、もうひとつは、「向上心」です。向上心とは現状に満足しないで、向上進歩しようとする心のことであり、人間は誰でも向上心というすばらしい宝を持っています。では、人間の「向上心」というガソリンに点火するのは、その人の熱意・執念・志が必要です。そして、熱意は、その人の信念、使命感、理想、希望、大志、思想、ビジョンといったものから生まれます。心のあり方が熱意の素になります。人間の心とは、誠に不思議なもので、目に見えない、手で触れない、頭の中にある心というものすべての原動力になっていると考えられます。

  人生は限られていますが、生き方は無限です。


つまり、"It is not the length of life, but depth of life."  ( by Samuel Ullman )

       (人生とはその長さではなく、その深さが大切) 


 だからこそ、学生諸君には、誰でもが持っている「向上心」を大いに生かして、これからの人生を志高く切り開いていくことを期待します。

 そして、東北・北海道唯一の総合的な体育大学で学んでいることを一人一人が自覚して、自信と誇りを持ち、本学の「体育スポーツ健康科学」という専攻領域において、学生諸君が日々成長できるように、これまでの教育経験を活かして、教員として手助けしていきたいと思います。