2018年7月17日火曜日

【TORCH Vol.104】競技者とピアニスト 〜からだを使った自己表現はどのように行われるのか?〜


体育学科 教授 名取英二

 

 ★「ピアニストは指先で考える/青柳いづみこ(2007年中央公論新社)」

 「親指、爪、関節、耳、眼、足・・・。身体のわずかな感覚の違いを活かして、ピアニストは驚くほど多彩な音楽を奏でる。そこにはどのような秘密があるのか?鋭敏な感覚を身につけるにはどうすればよいのか?演奏家、文筆家として活躍する著者が綴る、ピアニストの身体感覚とは。」

 というコピーを新聞の隅に見つけた瞬間、これはかけっこにつながるかもと直感し急いで購入したものの、いつものように積読。読みたいな、読んでみたいなと思いながらも積読継続中だったものを、ブログ投稿の依頼を受け慌てて読んで見ることにした。

 

 ピアニストであり文筆家でもある著者が「ムジカノーヴァ」という音楽雑誌に連載したエッセイをまとめたもので、基本的にピアニストのことが綴られている。内容は音楽についての専門的なことを中心に、ピアノの演奏技法やいろいろなピアニストの特徴、作曲家のエピソードなどなど。文化とは何か、芸術とは何かを、ヒトを核とした様々なエピソードを用いて考えさせられるものとなっている。

 

 ピアニストは身体感覚を身につけるために、からだの緊張や脱力の練習をする。骨盤を中心とした姿勢づくりをする。ピアニストも姿勢が大事なのだ。かけっことおんなじ。「足の裏に大地を感じてすくっと立つというのが、なかなかむずかしいのである。骨盤が正しい位置におさまっていいないために、横から見るとお腹がぽこっと出てしまう。先生はひとりひとりの後ろにまわって、骨盤を正しい角度になおし、胸とお尻がSの字を描くように矯正していった」

 

 ピアノの演奏技法のいくつかは、「実際の演奏で使う場合とトレーニングとして使う場合に分けて考えなければならないだろう。太股を高く上げて走るトレーニングを積んだ陸上競技の選手が実際のレースで必ずしも同じ姿勢で走るとは限らないように、自然に指を伸ばして弾いているように見える人でも、練習のときはどちらかのハイフィンガーを取り入れて訓練しているかもしれない。」パフォーマンスを発揮するためのトレーニングと、発揮の実際が違うことがあることを再認識。

 

 「暗譜のプロセスには視覚的、聴覚的、運動感覚的、頭脳的・分析的の4つの要素があり、それぞれの役割は演奏家によって異なるという。」「運動的に覚えるのもひとつの手だが、危険なこともある。しばしば運動が微妙にずれるからだ。200511月にメルボルンで開かれた体操の世界選手権で個人総合優勝した冨田洋之選手は、会場で使われた器具の反応が日本で使っているものと違うので、ずいぶん苦労したと語っていた。ピアノも同じで、あまり運動に頼りすぎると、ちょっとした鍵盤の跳ね返り具合、戻り具合の違いで記憶まで飛んでしまうことがあるから気をつけなければならない」覚えた運動が微妙にずれるのは、器具などの影響が大きいのか?うまく走れなかったときに考えてみよう。

 

 ピアノを演奏するのもかけっこするのも、からだを使った身体表現にほかならない。うまく使うためには、①良いコーチとの出会い②相応のトレーニングを積む③時に自己をしっかり主張し、時にコーチの指導を素直に受ける④知的に思考できる⑤豊かな感性と先見性を持つことなどが重要 など、かけっこをしている時に学生たちに話をしていることと、ピアニストにとって大切なことが共通だということ、からだを使った自己表現に違いはないのだと強く感じた。

 

それにしても驚かされたのは、ピアノやバイオリンをしっかりトレーニングすると「指が伸びる」のだそうな。かけっこでも足が伸びるのかな?誰か調べてみてください。

 

(「 」内はすべて本書からの引用)