2018年6月19日火曜日

【TORCH Vol.103】「先生」のため?「子ども」のため?

講師 渡邉泰典  



 ここに「開かれた学校の功罪 ボランティアの参入と子どもの排除/包摂(武井哲郎著,明石書店)」という一冊があります.本書は著者武井哲郎氏が数々のフィールドワークを通して,学校と家庭・地域の関わり方について講究した全7章の構成になっています.まえがきを読み始めると,なるほど,著者の問題提起はクリティカルで,各章で次々に提示される課題とそれに対する論考は随所に示唆に富んでいます.
 もしかすると,このブログの読者である学生の皆さんもボランティアとして学校における教育活動に参加している方もいらっしゃるかもしれません.それでは,子どもの学びや育ちにとって有効な「開かれた学校」とはどのようなものなのでしょうかと尋ねてみたとします.実際にボランティアとして活動に参加する皆さんにあっては,「そんなの,学校からの依頼に基づいて活動することが子どものためになるでしょ?」とでも答えるでしょうか.あるいは,「現場の先生たちが担ってきた雑務を保護者・地域住民のボランティアが肩代わりすれば,教職員が子どもに向き合える時間が確保されるよ!」とでも考えるでしょうか.確かに,それらが子どもたちの学びや育ちに一定の意義を持つことは否定できませんが,これはむしろ「先生のため」になることとして取り組まれていることではないでしょうか.本書は,「先生のため」に活動することが必ずしも「子どものため」になるとは限らない,というところから物語がスタートします.今日,こうした学校に関わるボランティアに暗黙の前提条件として存在する学校と家庭・地域の対立なき関係は,子どもの最善の利益を守るという目的を前にしては,時に対立をも辞さない姿勢で各々の関係性を再構築することの必要性に気づかされます.




 本書は,ボランティアの拡大には「動員」という罠が隠されていること,そしてそのボランティアが現場の教師と同じ価値や規範を共有し,自省性―再帰性(現状とは別様の可能性を探ろうとすること)を持ち合わせていなければ,かえってボランティアの参入が教室内の差別や排除の構造をより強固なものとする様子が生々しく記されています.

本書は,インタビューを通して,実際に現場で活動に参加しているボランティアの方の葛藤や苦悩の様子が,当事者たちの語り口調そのままに記されており,かなり多くのページが充てられていますので,全体的に読みやすいと思います.これから教育の現場に立とうと志し,一心に採用試験に向けて勉強している学生の皆さんには,コーヒーブレイクタイムにでも是非一度,手に取って読んでほしい一冊です.

2018年6月14日木曜日

【TORCH Vol.102】「一投に賭ける」



体育学科スポーツコーチングコース

陸上競技部 投てきコーチ 

宮崎 利勝


 私は陸上競技の投てきを専門としています.日本人で投てきといえば,アテネ五輪の金メダリスト,室伏広治選手を思い浮かべる人が多いと思います.しかし,室伏選手が世界トップで活躍する以前に,投てき競技において世界と肩を並べて活躍していた日本人がいました.本書はその人,溝口和洋選手のやり投げを記したものです.

 1989年,溝口選手はやり投げで8768を投げました.当時の世界記録を2センチ上回る記録です.場内に世界新記録樹立がアナウンスされましたが,なぜが再計測….再計測の結果は8760.当時の世界記録(8766)に6センチ足りない記録となりました.「幻の世界記録」となりましたが,世界トップの実力を示し,その後も世界の舞台で活躍をしました.

 この本の中では,溝口選手がやり投げという競技にどのように向き合ってきたかが,本人の言葉で表現されています.

 例えば,

『「やり投げ」を考えるだけで,これまでのトップ選手のフォームが脳に焼きついてしまっているので,偏見から抜けきらない.そこで私が考えたのは,「全長2.6m,重さ800gの細長い物体を遠くに飛ばす」ということだ.』

これはトップ選手の真似をするのではなく,自身のやり投げを作っていく過程での言葉で,他にも投げの動作を『やりを保持して全力で走り,車に衝突するイメージ』などと独自の表現をしています.自由な発想,独自の視点を持ち,自身のやり投げを極めていきました.

また,溝口選手は体格で欧米人よりも劣る分,ハードトレーニングを積み重ねたことでも有名でした.

12時間ぶっとおしでトレーニングした後,23時間休んで,さらに12時間トレーニングすることもあった』

『他の選手の3倍から5倍以上の質と量をやって,初めて限界が見えてくると私は考えている』

私も知人から聞いたり,記事を読んだ事がありますが,本当の壮絶なトレーニングを自分に課していたそうです.

記録を残すために想像を絶するトレーニングを課す課程はなかなか真似のできることではないと思いますが,世界トップクラスまで上り詰めた溝口選手の生き様は,現在部活動に取り組んでいる学生の皆さんにもぜひ読んでもらいたいと思います.