2016年2月5日金曜日

【TORCH Vol.080】杯(カップ) -緑の海へ- 沢木耕太郎著  2003年


郡 山 孝 幸

この文章を書いている今,U23サッカー日本代表チームはリオ五輪アジア最終予選を戦っている。決勝トーナメントへの進出が決まり,あと2勝すれば本大会出場という段階である。

自分の学生時代のスポーツ活動と言えば,水泳やスキー,登山など,ボールを使わない種目が主で,サッカーの競技経験はないのだが,教員になった時分から,サッカーへの興味が膨らみ,スポーツ少年団等の指導に携わりながら,『子どもたちにサッカーのスキルを身につけさせ全国大会に連れて行きたい』,願わくは『日本代表クラスの優秀な選手を育てたい』と無謀にも真面目にそう思っていた。

また「見る」ことにおいては,Jリーグが発足する前から,毎年冬に開催されるトヨタカップを心待ちにし,ワールド杯では1982年のスペイン大会の頃から,放送されるゲームを夜通し心躍らせながら観戦していた。当時のブラジルチームはジーコ,ソクラテス,ファルカン,セレーゾの4人が,黄金のカルテットの異名をとり,優勝候補の筆頭にあげられていたが,イタリアに敗れ2次リーグで敗退。外国のチームながら,技術・センス共に素晴らしいチームが早いうちに姿を消してしまったことをとても悔しく残念思ったこと,そしてサッカーというスポーツの難しさと奥深さを感じたことを今でも鮮明に覚えている。

その後1993年,日本にもいよいよJリーグが発足,以降ワールド杯には1998年のフランス大会から昨年のブラジル大会まで5度連続出場できるまでに日本のサッカーは進歩・発展してきた。

5度の大会の中で印象深かったのは,やはり,2002年の日韓大会ではないだろうか。決勝トーナメントに初めて駒を進めたということもあり,大きな一歩を果たした大会と言えよう。

その大会の様子をありありと伝えてくれるのが,沢木耕太郎著「(カップ)-緑の海へ-」である沢木氏はサッカーの専門家ではない1つ1つの試合を冷静かつ緻密に観察・記載し選手のプレーはっきりと脳裏に浮かび上がらせてくれ

~「ワールドカップには自国の代表チームを応援する楽しみと最高のものに触れる楽しみがある。しかし実はそこにもうひとつ,思いもかけないものに遭遇する楽しみというのを加えなくてはならなかった。ほとんどマークされていなかった『弱小チーム』が勝ち上がっていくのを見るのも楽しみのひとつとなる」「弱小チームはひとつ勝つために最初からトップコンディションにもっていかざるをえない。かつてはそうしても強豪チームには勝てなかった。ところがこの大会ではいくら強豪と目されていても調整の遅れたチームはトップコンディションにある格下のチームに食われるという事実であった。」~

そういえば自分もワールド杯では予選リーグの方がむしろ楽しみで,どこが決勝トーナメントに残るかというわくわく感をもって見ている。

特にサッカーは~「ひとつのプレー,ひとつの選手交替によってどちらかに傾いていたハカリが反対に傾く。それはほとんど一瞬で変化する。チャンスを確実に生かせなかった直後とか,イージー・ミスをしてしまった直後とかに,これまで自分たちの側にあった流れが音立てて相手の側にいってしまう」~

これはどの勝負にも言えることだと思うが,筆者は野球との比較において,サッカーはイニングの表と裏のように攻守が決められていないため,一つのプレーが一瞬にしてゲームの行方を左右してしまう。運・不運が大きく影響すると語っている。

観戦の記録においては,日本代表チームが,予選リーグの3試合を2勝1分けで切り抜け,決勝トーナメントでトルコに敗れる試合まで,選手一人一人のプレーに視点をあてながら当時の様子を再現している。私も読んでいて,もうすでに14年前になろうとしている過去の映像を鮮明に呼び起すことができた。

~「あらためて日本が負けたことが残念だったのだ。ベスト8に残れなかったからか。勝てる試合だったからか。こんなチャンスは二度と来そうもないからか。それもある。しかし私にはそれ以上に日本代表の選手たちが立ち上がれなくなるほど戦い抜いたという満足感を抱けなかったことが残念だったのだ。もし,韓国が敗れていたら日本の選手のように淡々と場内を一周などできなかったろう。ピッチにうずくまり立ち上がれなかったろう。背負っているものの重さの違いがそこにもある。」

リオ五輪まであと半年あまりとなった。我々に夢と希望をもたらす日本選手団の自信に満ちたはつらつとした姿を楽しみに待っていることにしよう。

 

サッカーに興味がある方には是非一読をお勧めします。また本書はサッカー観戦記であると同時に旅行記でもあります。サッカーに特段興味がなくても,この著書は韓国を観光した気分にしてくれるし,日本人と韓国人の国民性もよく分かります。日韓の歴史始まって以来の「共同作業」を観察することもできます。
その意味でも一度手にとってみたらいかがでしょうか。