2025年10月22日水曜日

【TORCH Vol. 162】「戦後80年で考える戦争とフェイク」

                                                           スポーツ情報マスメディア学科 教授 横山義則

第二次世界大戦から80年の今年、世界ではロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻、そしてインドとパキスタンの軍事衝突など、いまだ戦火が収まることはなく多くの人が命を落としている。緊迫する戦況の中で核兵器の使用が現実味を帯び、まさに危機的な状況ではないのか。

そこで核抑止論はどういった理屈で成り立っているのか、改めて考えるために『「核抑止論」の虚構』(豊下楢彦 集英社新書)を読んだ。

核抑止とは、相手方が核攻撃を仕掛けてくる場合に、より破壊的な報復核攻撃を加えるという脅しをかけることによって攻撃を抑えるというものである。

そこで重要となるのが「脅しの信憑性」となる。泥沼化するベトナム戦争において、リチャード・ニクソン大統領は、「北ベトナムに対し、戦争を終わらせるためならどんなことでもやりかねないところまできている、と信じ込ませたいのだ。(中略)怒りだしたら手がつけられない、しかも核のボタンに手をかけているのだと」このように側近に話したとされている。これが「狂人理論」と呼ばれるもので、何をしでかすかわからないと思わせ「脅しの信憑性」を得るというものである。

つまり核抑止論とは、核兵器を持つ者同士が、実は互いに「狂人を装っている」ことを前提とする“奇妙な信頼関係”によって核兵器の使用を抑えているということになるのではないか。人への猜疑心の強い私などは、核の発射ボタンを司る者の中に「本当の狂人」がいつなんどき現れてもおかしくないと考えてしまう。その時、「核抑止論」は全く成り立たない。

歴史的事実とされていることにも懐疑的なのはジャーナリスト故なのか、今年8月、櫻井よしこ氏が「『南京大虐殺』はわが国の研究者らによってなかったことが証明済みだ」とするコラムを新聞に書いた。そこで、時を同じくして出版された『南京事件 新版』(笠原十九司 岩波新書)を読んだ。

南京大虐殺事件、その略称である南京事件は日本の海軍・陸軍が南京爆撃と南京攻略戦、そして南京占領期間において、中国の兵士や民間人に対して行った戦時国際法に違反した不法残虐行為の総体をいう。

旧版が世に出てから28年ぶりとなる新版では、盧溝橋事件をきかっけに始まった日中戦争のなかで南京事件がなぜ起きたのか改めて検証している。中志那方面軍の独断専行で行われた南京攻略戦では、兵站部隊が貧弱であったため、通過地域において戦時国際法に違反する食料等の略奪や虐殺行為が繰り返されたことなど、日本軍の資料に加え被害者・犠牲者の証言を積み上げ、より精緻にその実態に迫っている。また、事件による犠牲者総数の概数を旧版と同じく「十数万以上、それも20万人近いかそれ以上」としつつ、南京“大”虐殺はなかったとする言説の根拠「当時、南京には20万人しかいなかった」に対しては、20万人は南京城内の安全区の人口であり南京市全体の人口ではないと明確に否定する。

日本政府も公式に南京事件を認めているにもかかわらず、南京“大”虐殺はなかったから南京事件自体がなかったと誤認させる発言は、フェイクニュースといっていいのかもしれない。

そもそもフェイクニュースとは何なのか。『フェイクニュースを哲学する-何を信じるべきか』(山田圭一 岩波新書)を読んだ。

フェイクニュースを明確に定義することは難しいのだが、「情報内容の真実性が欠如しており、かつ、情報を正直に伝えようとする意図が欠如している」と定義すると、①偽なる発言で欺こうとしている場合②ミスリードな内容で欺こうとしている場合③偽であり、でたらめである場合④ミスリードであり、でたらめである場合、この4つに分類できるとする。櫻井氏の「南京大虐殺」はなかったとする発言は、本人に欺こうとする意図があったのかどうかはわからないので、③か④になるのだろうか。確かに判断は難しい。

自分に批判的なマスメディアの情報にフェイクニュースを多用しているのがアメリカのトランプ大統領だが、この場合の使われ方は深刻な問題を孕む。彼は、情報が間違っているという事実を主張しているのではなく「やつらの言うことを信じるな!」という命令や勧告として使われていて、中身はどうでもよく感情や直感に重きを置かれ、論理や科学的根拠はないがしろにされている。

このような状況の中で、何を信じればよいのか。著者の山田氏は、フェイクニュースには、情報の真偽に無関心なでたらめが数多く含まれていることを問題視し、インターネット上の情報や意見を結論としてすぐ受け入れるのではなく、まずは真偽の判断を保留する「何が真実なのか結論なのか急がない」ことを主張する。

五味川純平の小説『戦争と人間』の中で、満州事変で戦死する兄が出征前に一人残していく幼い弟にかけた言葉が思い出された。

「信じるなよ、男でも、女でも、思想でも、本当によくわかるまで、わかりが遅いってことは恥じゃない。後悔しないためのたった一つの方法だ」

 

2025年10月8日水曜日

【TORCH Vol. 161】「あなたの『居場所』は見つかりましたか?」

 子ども運動教育学科 講師 宮田洋之


大学に入って、新しい環境で友達を作るのに苦労していませんか。サークル、部活、ゼミ活動等において「なんか自分だけ浮いてるかも」と感じたことはありませんか?あるいは、SNSで他人の充実した日々を見て、「みんな楽しそうなのに、自分だけ...」と落ち込んだりしていませんか?

今日は、そんなあなたに「アドラー心理学」という心理学の話をしたいと思います。アルフレッド・アドラーは、フロイトやユングと並ぶ心理学の巨匠でありながら、日本ではあまり知られていませんでした。しかし近年、『嫌われる勇気』という書籍がベストセラーになり、注目を集めています。

アドラーは「過去のトラウマ」に縛られる考え方を否定し「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言しました。そして、対人関係を改善していくための具体的な方法を示したのです。人間関係に悩む現代の私たち、特に新しい環境で人間関係を築いていく大学生にとって、とても役立つ考え方だと思います。

 

あなたは何のために、その行動をしているのでしょうか?

 

アドラー心理学には「目的論」という考え方があります。人は過去の原因に縛られて行動するのではなく、未来の目的に向かって行動しているという考え方です。例えば、あなたが授業中に突然スマホをいじり始めたとします。「授業がつまらないから」というのは原因論的な説明です。でもアドラーは違う見方をします。「注目を集めたいから」「先生に反抗して自分の強さを示したいから」という目的があると考えるのです。

人間関係で悩んでいるあなたも、ちょっと考えてみてください。SNSに「疲れた」「もうダメかも」って投稿するのは、本当に疲れているからでしょうか?それとも、誰かに心配してほしい、注目してほしいという目的があるのではないでしょうか?

ここでの解決の糸口は、まず自分の行動の目的に気づくことです。「私は今、何を求めて、この行動をしているのだろう?」と自分に問いかけてみてください。目的がわかれば、もっと適切な方法で、その目的を達成できるかもしれません。注目してほしいなら、困った行動ではなく、授業での発言や何らかの活動への積極的な参加など、建設的な方法で注目を集めることができるはずです。

 

「所属欲求」という、人間の根源的な願い

 

アドラーは言います。人間には「集団の中に居場所がある」という所属欲求があると。この欲求は時として、食欲や睡眠欲よりも強いのです。人は孤立を深く恐れ、どこかに所属していたいと強く願う生き物なのです。

あなたが今、人間関係で悩んでいるなら、それはこの所属欲求が満たされていないのかもしれません。「ここに自分の居場所はあるのか?」「自分はこの集団に受け入れられているのか?」という不安が、あなたを苦しめているのではないでしょうか。

この悩みへの解決の糸口は、小さな所属から始めることです。

いきなり大きな集団に溶け込もうとしなくても大丈夫です。まずは、一人でもいい、気の合う友人を見つけてみましょう。図書館で一緒に勉強する仲間を作るのもいいでしょう。小さな所属感が、やがてあなたの自信となり、より広い人間関係へとつながっていきます。

 

三つの課題を、ちゃんとこなせていますか?

 

アドラーは、人間には三つのライフタスク(人生の課題)があると言いました。

一つ目は「仕事」のタスクです。大学生のあなたにとっては、勉強がそれにあたります。ゼミの発表準備やレポート、サークルの運営なども含まれます。社会や集団への貢献を意味する課題です。

二つ目は「友情」のタスクです。他者との良好な関係を作ること。友達だけではありません。先輩や後輩、教員との関係も含まれます。

三つ目は「愛情」のタスクです。家族との関係、恋人との関係がこれにあたります。

この三つがうまく回っていると、人は安定します。でも、一つでも欠けると不安定になっていきます。逆に言えば、一つがうまく動き始めると、他にもいい影響を与えます。

ここでの解決の糸口は、今できていることから始めることです。三つ全部がうまくいっていないと感じても、焦らないでください。例えば、人間関係がうまくいっていなくても、まずは勉強に集中してみる。レポートをきちんと仕上げる、授業に真面目に参加する。そうした「仕事」のタスクに取り組むことで、自信がついてきます。その自信が、友達に話しかける勇気につながるかもしれません。あるいは、家族に電話をかけてみる。「愛情」のタスクを満たすことで、心が安定し、大学での人間関係も改善していくかもしれません。一つずつ、できることから始めましょう。

 

あなたには、適切な行動を選ぶ「勇気」があります

 

アドラー心理学のキーワードに「勇気づけ」というものがあります。これは、どんな人であっても、自分には適切な行動を選択し、実行する力があると気づかせることです。

あなたも同じです。今は人間関係で悩んでいるかもしれません。でもあなたには、適切な行動を選ぶ力があります。一歩を踏み出す勇気があります。完璧じゃなくていいのです。人は不完全で、失敗するものですから。大事なのは、あなたがあなた自身の存在に価値を見出すこと。立派なことをした時だけ認められるのではありません。あなたはそこに存在するだけで、価値があるのです。

最後の解決の糸口は、小さな成功体験を積み重ねることです。今日、誰かに挨拶をしてみる。授業で一度手を挙げてみる。困っている友人に声をかけてみる。そんな小さなことでいいのです。その小さな行動が、あなたの勇気を育てていきます。失敗しても大丈夫。次はもっとうまくできるはずです。そして、うまくいった時は、自分を褒めてあげてください。「今日、よくやった」と。

 

最後に

 

あなたの周りには、必ず居場所があります。もし今いる場所がしっくりこないなら、別の場所を探してもいいのです。でも忘れないでください。あなたはその集団の一員として、何か貢献できることがあるということを。

今日から少しずつ、あなたの「居場所」を作っていきましょう。一人で悩まず、周りの人にも相談してみてください。学生相談室だって、いつでもあなたを待っています。あなたには幸せになる方法を見つける力がある。そう、アドラーは信じていますし、私も信じています。