「ようやくスポットライトが当たりだした著作権」
(副題:私の人生を変えた著作権法との出会い)
現代武道学科 教授 清野正哉
今でこそ多くの人は、なんとなく著作権という言葉を知っています。教育現場では、先生たちが、総合学習だけでなく、社会や理科等の主要科目の授業の中でも、インターネットとタブレットを使う学習の際に、気を付けなければならないキーワードの一つとして、この著作権に直面しています。そして、高校、大学等でも同じです。最近のAI、中でも生成AI(例 ChatGPT(Chat Generative Pre-trained
Transformer)の利用でも、この著作権に関する新たな問題が提起されて、教育現場だけでなく、ビジネスの現場でも、大きな関心が示されています。
さて、私がこの著作権と出会ったのは、前前職の参議院文教科学委員会調査室の時です。衆参両院には、霞が関の各省庁を所管とする常任委員会があり、それに応じて調査局や調査室(※)があります。ここでは、各省庁の内閣提出法案や議員立法に関する様々な資料等を作成し、各省庁の問題等について調査等を行っています。そして、こうした内部資料に基づき、衆議院調査局や参議院の各常任委員会調査室は、国会議員へのレクチャーを行ったり、依頼された関係資料・情報の提供等を行ったりしています。
(※)衆議院は制度改正をして、衆議院調査局として、この内部組織の中で、委員会ごとに調査業務を行っており、参議院は、従前同様に、常任委員会ごとに調査室が設置されています。なお、参議院の調査室のトップ(数として20以上)は、給与基準では各省の事務次官と局長の間のポストとなります。また、衆参両院にある法制局では、立案等(法律案作成等)が中心となります。
あまり知られていませんが、この衆議院調査局や参議院の各調査室は、霞が関にとっては厄介な存在と受け止められています。これらの組織からの資料要求や情報提供には、原則、対応せざるを得ないからです(説明要求が求められると出向かざるをえません)。
当時、文部科学省は、一部の団体が独占的に行っていた著作権管理業務を一般にも開放すべく、新規立法として著作権等管理事業法案を国会提出しました。音楽関係であれば、日本音楽著作権協会(JASRAC)が有名です。
こうした内閣提出法案が国会提出されると、衆参両院の調査局・室や法制局は、そのための各種資料等を作成し、いつでも国会議員からの依頼に対応できるよう、法案の問題点や課題、担当省庁の抱えている問題点等を盛り込んだ法案参考資料を作成することとなります。
ある時、当時の文教科学委員会調査室室長から、この法案の担当を命じられ、若干の抵抗を示しながら、最終的にはこの法案の担当者として係わることとなりました。その室長は、以前私が参議院事務局議事部法規課法規係長をしているときの同法規課長でもあり、その後、私が文書課課長補佐時代でも、国会警備の責任者である警務部長(各省庁の局長級のポスト)として、私を併任として部下とした方でもありました。こうしたことから、最初は、担当外してくれと抵抗しましたが、説得され最終的には引き受けることになった次第です。
ところで、役所という宮仕えなのになぜ抵抗したかといえば、この法案そのものの難易度は高くないのですが、その前提として著作権法全般をすべて理解し、いつでも国会議員から問い合わせやレクチャー等に応じなければならないからです。
おそらく、著作権法と聞きますと、一般的には、コピーしてはダメとの、著作権法の規定する権利は、単一であり、難しくない権利ととらえる方が多いと思います。
実は、この著作権法には、大きく二つの権利(著作財産権と著作者人格権)があります。その著作財産権には、さらに、複製権、上演権・演奏権、上映権、公衆送信権、二次的著作物の利用権、公の伝達権、口述権、展示権、譲渡権、貸与権、頒布権、二次的著作物の創作権があり、著作者人格権には、公表権、氏名表示権、同一性保持権があります。
この二つの権利のほかに、さらに、著作権に隣接する権利という趣旨で「著作隣接権」があり、実演家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者にこの権利が付与されています。例えば、この実演家には、ヒップホップダンス(HIPHOP DANCE)(例 ブレキン)のダンサーが含まれます。
こうした権利を著作者等に認めるととともに、今度は、こうした権利を制限するための例外規定をいくつも認めているのです。例えば、私たちが自己使用のため複製することを認めている私的使用のための複製や図書館である程度自由に複製・インターネット送信等を認めていること(著作権法第 30条等)や最近のオンライン授業とその課金処理等の規定やインターネット・AI利用における権利制限規定等です。著作権法は、原則、著作者等の権利者保護のための非常に多くの権利を規定し(「著作権法は権利の束といわれる」)、また、例外規定も多数用意するという複雑な仕組みをとり、しかも刑罰(10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金、法人による侵害の場合は3億円以下の罰金等)も規定しているのです。
著作権法は、最近の情報通信技術やアプリケーション、AI等の進展により、日々様々な課題が提起されています。
私が役所時代に著作権法を学ばなければならなかったときは、今ほどの情報通信技術等に翻弄されるほどの状況ではありませんでしたが、この複雑な著作権法の理解には、生理的拒否反応をせざるを得ませんでした(私の大学院での専攻は刑事法ですから、全くの門外漢。)。
しかも、当時は、この著作権法をはじめとした知的財産法(この名称の法律はなく、特許法、実用新案法、意匠法、商標法等の総称として、この表現が使われます。)は、メジャーな法ではなく、しかも、著作権法といえば、以前は弁理士国家試験の試験科目にも入っていないくらい、マイナーもマイナーの法として、世間的認知は低いものでした(私が、在学した東北大学法学部には、著作権法という授業はありませんでした。)。
こうしたことから、著作権法に対するほぼゼロの知識状態とモチベーションの最悪状態から、私の著作権法との闘いが始まりした。まずは、著作権法の教科書を多数買い、役所の資料等も参照しながら、そして、(文部科学省)文化庁著作権課等に対して職権(あたかも著作権法のエキスパートとして)で問い合わせたりしての悪戦苦闘の日々が続きました。その後、なんとか著作権法を理解し、本体である内閣提出法案の著作権等管理事業法案の資料作りも部下とともにこなして、国会議員の前では、張り子の著作権法エキスパートとしてレクチャー等していきました。
人前で説明することが数多くなると、徐々に、知識の定着や理解が深まり、いつしか張り子ではなくなりました。その後、以前から出版社の依頼で法律専門誌に出稿していたことから、この著作権等管理事業法の解説書の出版を頼まれました。
ここから、人生初の本の出版へと道を進むこととなります。今度は、この本の出版のための原稿書きという作業を職務外に行わなければならなくなり、昼間は公務に、夜や休日は原稿書きの日々となりました。
著作権等管理事業法の内容を十分理解していることと原稿作成とは大きく異なります。このギャップによる精神的な負担に、神経をすり減らしていきました。しかし、出版社の担当者の助言等を受けながら、ようやく、なんとか本の出版にこぎつけた時には、今まで経験したことのない喜びを感じたのを今でも覚えています。そして、この時の経験が、その後、各種出版や各種執筆に大きく役立つこととなりました。
本の出版で、役所の外の人たちの付き合いが多くなり、それからというもの役所の了解をとりつつ、著作権関係の様々な依頼を受けるようになりました。その後、これが縁で、コンピュータの公立大学の学長(NTT出身)の強い引きで、公務員から自治体に出向し、その後、大学教員への道を進みました。
まさに、著作権法との出会いが私の人生の転機をもたらしたのでした。
そして、当時は、著作権法の専門家が少なったこともあり、しかも、著作権法学会でも色がついていない(どこの派閥に入っていない)ことから、著作権関係の講演やセミナーに引っ張りだこ、となり、国内にとどまらず海外にも足を延ばすといった、まさに二束草鞋(大学と実務)の生活となりました。
その後、日本全国すべて知財ブームとなり、この流れとともに、著作権法の専門家も弁護士や弁理士の中からも多く出現するようになりました(儲かるから)。それでもしばらくは、東北地方は首都圏、関西圏と比べると、まだまだ著作権法のニーズは少ない感じでした。
そして、インターネット、ソーシャルメディア・SNSの出現、スマートフォンの普及により、いつでもどこでも誰もがクリエーターの時代が到来することとなり、この著作権法への関心がさらに広がりました。
「誰もがクリエーター」においては、低年齢化も進み、学校教育の現場でも、関心が高まっていることは、本稿の冒頭に述べた通りです。
著作権関係の講演・セミナーの依頼を受けてきた中で、以前は企業関係からの依頼が主でしたが、途中からは、自治体、教育委員会、学校関係に代わってきたことに、教育現場での戸惑いを肌で感じるようになりました。
著作権(法)への関心の主体が変わってきたことは、著作権(法)の関係者の裾野がますます広がっていることの現れでもあります。
コロナ禍でオンライン授業が普及しました。ここでも著作権法が関係しています。例えば、教員が他人の著作物を使用して作成した教材を生徒の端末に送信したり、サーバにアップロードすることができるのは、最近の著作権法の改正があったからです(著作権法35条関係)。ただし、その場合、当該教育機関の設置者が、補償金を支払うことが義務付けられています(SARTRAS関係)。
そして、最近のAI、とりわけ著作権の関係では生成AIの問題への解決が急務です。しかし、文部科学省も、この生成AIの使用では、著作権には気を付けましょうといっていますが、どのように気を付けたらいいのかについては、多くの方にはなかなか理解できないと思います。著作権法の権利制限規定や最近の技術開発に伴うAI関係への整備規定の解釈においても、著作権法はますます注目されています。
この著作権法とはまだまだ付き合うこととなりそうです。