2025年12月7日日曜日

【TORCH Vol. 165】「思い出の本との再会」 

                                                            現代武道学科 教授 伊藤 晃弘

 某月某日、仙台大学図書館の各書棚をじっくり探索していた時のこと、「えっ?」なつかしい本と三十数年ぶりの再会を果たしたのです。

 島根県の片田舎から就職で東京へ、数年が経った頃に仕事で区役所に行き、時間に余裕もあったことから近くの図書館に立寄りました。もろもろの不安やストレス解消だったのか、はたまた何か刺激を求めていたのか、記憶も定かではありませんが、本のあら捜しをはじめました。これまで学校の教科書以外で本に接する機会も少なく、大袈裟ですが考えてみますと、小・中学校時代の夏休み課題「読書感想文」以外無いのでは!と思うほどです。

 しばらく見ていると、「心のささえに」の題名で厚さも手頃の本が目に入り、目次が約30あり、それぞれの章は4から5ページで挿絵ありのものでした。館内で読み始めたところ、非常に読み易くはまってしまい、時間の経過も忘れ全て読み終えてしまいました。

 本を読んで感銘を受けた、指標になった、人生が変わったなどの経験をされた方もいるかと思いますが、「竜馬がゆく」や「坂の上の雲」などで有名な司馬遼太郎は、長編小説作品を多数執筆していますが、電車などの通勤時間を有効活用し本に親しんでもらうための短編作品も数多く執筆したといわれています。まさにこの本は、通勤時間や僅かな時間で効率的に読めるものであり、身近な人との交流、日頃の生活での出会いや場面を通じて感じたことが素直に記述され、かつ端的に表現されており、読んでいて「このような感じ方、考え方もあるんだ」との思いを巡らせてくれた本であることに加え、強く記憶に残っている本の一冊でした。この本との再会に感激するとともに、まさかの出会いに「本当にありがとう」の瞬間で、当然すぐに貸出を受け、懐かしくじっくりと読ませていただきました。

 本の紹介やTV番組などで、「人生に大きく影響を与えてくれた本」であったり、「感銘を受けた偉人や師の一言」等を見聞きすることがありますが、自身の心に刺さった言葉、影響を与えてくれた言葉は生涯忘れないものだと思います。

  この本を通じて強く感じたことは、「自分自身を知ることの重要性、豊かな心とは、そして自分の心のささえは何?」を考えさせてくれ、その後の仕事や生活に大きく影響を与えてくれたと思っています。いろいろな人と出会い、さまざまな出来事を経験しますが、悩んだり困難な場面に遭遇した時は、勢いや衝動的に判断する前に一旦立ち止まり、時には(後悔先に立たずの考えで)自分を見つめ直す時間があってもよいと思います。

 パスカルの「人間は考える葦である(考えることこそが人間に与えられた偉大な力である)」の言葉のとおり、考えて出した結論であるからこそ自分自身が納得できるものとなります。(安全安心につながる)

 自身の健康を守ること、社会のマナーやモラルを守ること、自身や家族の生活を守るべく仕事をして収入を得ること、そして自己及び周囲の人の命(危険場面の回避)を守ることなど、全ての行為が自己及び社会の安全安心につながることになると考えす。すべての人が是非、自身の「心のささえ」となる本を見つけ、そして力となる言葉を見つけてほしいと切に願います。

 以上 

【TORCH Vol. 164】「私に勇気をくれた作品紹介」

                                                                             体育学科 講師 江尻 沙和香

 私は幼い頃から本を読むことが大好きでした。幼少期には両親が絵本をたくさん読み聞かせてくれたり、多くの本を買い与えてくれたりしたことで、自然と読書が生活の一部になりました。小学生から大学生にかけては、スポーツ関連の単行本や雑誌、エッセイ、ケータイ小説、ファッション誌など、幅広いジャンルに興味を持って読み漁りました。現在はそれらに加えて、ビジネス書や教育に関する文献にも関心を持つようになっています。 その中でも特にエッセイを読むことが多く、著者の生き方や考え方に触れることで、自分の凝り固まった思考が柔らかくなったり、新しい発見につながったりするのが魅力だと感じています。そして特にエッセイの中でも、林真理子さんの本が大好きです。代表作には、『ルンルンを買っておうちに帰ろう』、『野心のすすめ』、『最高のオバハン 中島ハルコはまだ懲りていない!』などがあり、ドラマ化された小説も手がけています。もちろん、ドラマも欠かさず全話視聴しました。林真理子さんの作品は、女性の視点から仕事や結婚にまつわる葛藤や、人間の繊細な心理を率直に描き出しています。さらに、巧みな文章表現によって、思わずクスッと笑ってしまうようなユーモアが散りばめられています。その中でも、今回は、私自身が勇気をもらった1冊をピックアップし、その中で最も印象に残った章を紹介します。

紹介本タイトル:『過剰な二人』 林真理子×見城徹

●第3章最後に勝つための作戦

「人がやりそうにないことをやる」 pp.138-142
私自身、幼少期から突拍子のないこと、他人から「えっ⁈」と思われるような言動をするタイプです・・・。しかし、自信が持てない案件では、つい周囲と似たような形にまとめてしまい、後から他の人がオリジナリティ溢れたアイデアを出してしまい、「自分の考えを素直に出せば良かった」と後悔したことが多々あります。似たような経験を持つ人はきっと多いのではないかと感じます。しかし、この章を読むと、自分らしさを出すことへの勇気が湧きました。その内容を以下に要約しました。

『人がやりそうにないことをやる、これは林真理子さんが世に出るための戦略だった。なんとなく思いついたアイデアは、たいていありふれていて、いくら自分が良いと思っても、同じようなことを考える人は多々いる。林真理子さんは、尊敬する超一流コピーライターの目に留まるために、服装、髪型、出される課題に対して必死に工夫を取り入れた。そして、作詞が課題となった際に、他の人が書いてくるのであろう詞を予想し、違う雰囲気の詞を書き、「絶対にウケるはず」と意気込んだが、まさかのしーんと静まりかえり、誰も笑わないという状況だった。しかし、その尊敬する超一流コピーライターだけは、「君、面白いよ」とほめてくれた。その出来事が大きな転機となった。やはり、何かを持つということは大事である』

 私は、この章を読んだ後に、自分らしさ、独自性を出すことは素晴らしいことであり、自由に生きるための必須事項だと感じました。現在社会人である私も、今後社会に飛び出す大学生も、「こんなことを発言したら他人から変な風に思われるかも・・・」、「自分の考え方は独特すぎるかな・・・?」と迷っても、まずは自分の考えを第一に尊重し、発信して欲しいと思います。その経験が、後々自分の成長に大きな影響を与えることもあり得ます。また、独自のアイデアを打ち出すことで、組織に新しい風を吹かせることにも繋がる可能性もあります。たとえ誰からも共感が得られなくても、自分の本音や考えに向き合い続けることは大切であり、きっと自己成長に繋がります。この章は、これから社会人を目指す大学生に勇気づける内容だと思い、紹介しました。

●第4章「運」をつかむために必要なこと

「運はコントロールできる」 pp.198-202
 このページの冒頭に、「これから私は、人生における大きな真実を、はっきり言おうと思います。私は、運命の正体を知っています。それは意志なのです」と書かれていました。私は初めてこの文章を見た時に、「運って、偶然じゃないの⁉コントロールなんかできないでしょ」と疑いました。しかし、続けて読んでいくと「確かにそうだわ・・・」と納得してしまいました。その内容を以下に要約しました。

『運とは自分からつかみに行こうとしなければ通り過ぎてしまう。本当はこうなりたい、今の状態は不本意だと思っていても望むような変化が起きない場合には、実はその状況は自分自身が作り出してしまっているのではないか?自分から何もしなければ何も起きない、まじめにじっと待っていれば、いつか幸運がめぐってくるなどというのは、おとぎ話にしかすぎない。おとぎ話から現実の世界に飛び出すこと、これが意志の力で運をつかむことだと思う。幸運とは、強い意志を持つ人にめぐってくる』
私はこの章を読んだ後に、自分が「ツイてる!」と思える出来事が起こった時期は、やりたいことに対して常に敏感でアンテナを張っていたことを思い出しました。逆に、中途半端な頑張り方をしていた、考えているだけで行動に移さない時間が長くなればなるほど、「もういいや」と冷めて終わってしまう経験もしました。また、周囲の成功している人達の中で、「自分は運が良かった」と言っている人、客観的に見て「この人、運が良いよなー」と見える人ほど、実は強い意志を持って他人の見えないところで行動し続けていたのではないか?と気づきました。

 以上、私が勇気をもらった1冊、最も印象に残った章についての紹介でした。林真理子さんの全作品おすすめですので、ぜひ手に取っていただきたいです。また、読書は、教養を深めると同時に、心を落ち着かせることも実感しています。
皆さん、ぜひ読書を楽しんでください!

本タイトル:『過剰な二人』 林真理子×見城徹
発行者:渡瀬昌彦
発行所:講談社

2025年11月7日金曜日

【TORCH Vol. 163】「図書館を活用し学びを深める」

                        健康福祉学科 助教 田中亨

学生の皆さんは普段本を読んでいますか?
定期的に本を読んでいる人もいれば、本を読むことが苦手(馴染みがない)な人もいるのではないでしょうか。分厚い本や文字だけの本を読むことは億劫になってしまうかもしれません。

まずは「興味が湧く」「読みやすい」本や雑誌を見つけてみるのはどうでしょうか。

私が体育大生の頃から、楽しくよく読んでいたのが雑誌「Tarzan」でした。毎回テーマが異なり、健康情報、トレーニング、コンディショニング、トレンド情報など様々な内容が含まれています。内容が簡潔に記載されており、より深くまで知りたいときや信憑性を確認するためにはその分野の本や研究論文を探してみるのも良いと思います。

体育大生の皆さんは将来、体育教員、スポーツクラブ、福祉系、栄養系などの職に就く人もいるでしょう。身体のことについては一つでも多くの知識を持ち合わせておく必要があると思います。

図書館は読書だけでなく、資格試験や採用試験の勉強などにも利用できる場所です。
図書館を活用して、より一層学びを深めていただければと思います。

2025年10月22日水曜日

【TORCH Vol. 162】「戦後80年で考える戦争とフェイク」

                                                           スポーツ情報マスメディア学科 教授 横山義則

第二次世界大戦から80年の今年、世界ではロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻、そしてインドとパキスタンの軍事衝突など、いまだ戦火が収まることはなく多くの人が命を落としている。緊迫する戦況の中で核兵器の使用が現実味を帯び、まさに危機的な状況ではないのか。

そこで核抑止論はどういった理屈で成り立っているのか、改めて考えるために『「核抑止論」の虚構』(豊下楢彦 集英社新書)を読んだ。

核抑止とは、相手方が核攻撃を仕掛けてくる場合に、より破壊的な報復核攻撃を加えるという脅しをかけることによって攻撃を抑えるというものである。

そこで重要となるのが「脅しの信憑性」となる。泥沼化するベトナム戦争において、リチャード・ニクソン大統領は、「北ベトナムに対し、戦争を終わらせるためならどんなことでもやりかねないところまできている、と信じ込ませたいのだ。(中略)怒りだしたら手がつけられない、しかも核のボタンに手をかけているのだと」このように側近に話したとされている。これが「狂人理論」と呼ばれるもので、何をしでかすかわからないと思わせ「脅しの信憑性」を得るというものである。

つまり核抑止論とは、核兵器を持つ者同士が、実は互いに「狂人を装っている」ことを前提とする“奇妙な信頼関係”によって核兵器の使用を抑えているということになるのではないか。人への猜疑心の強い私などは、核の発射ボタンを司る者の中に「本当の狂人」がいつなんどき現れてもおかしくないと考えてしまう。その時、「核抑止論」は全く成り立たない。

歴史的事実とされていることにも懐疑的なのはジャーナリスト故なのか、今年8月、櫻井よしこ氏が「『南京大虐殺』はわが国の研究者らによってなかったことが証明済みだ」とするコラムを新聞に書いた。そこで、時を同じくして出版された『南京事件 新版』(笠原十九司 岩波新書)を読んだ。

南京大虐殺事件、その略称である南京事件は日本の海軍・陸軍が南京爆撃と南京攻略戦、そして南京占領期間において、中国の兵士や民間人に対して行った戦時国際法に違反した不法残虐行為の総体をいう。

旧版が世に出てから28年ぶりとなる新版では、盧溝橋事件をきかっけに始まった日中戦争のなかで南京事件がなぜ起きたのか改めて検証している。中志那方面軍の独断専行で行われた南京攻略戦では、兵站部隊が貧弱であったため、通過地域において戦時国際法に違反する食料等の略奪や虐殺行為が繰り返されたことなど、日本軍の資料に加え被害者・犠牲者の証言を積み上げ、より精緻にその実態に迫っている。また、事件による犠牲者総数の概数を旧版と同じく「十数万以上、それも20万人近いかそれ以上」としつつ、南京“大”虐殺はなかったとする言説の根拠「当時、南京には20万人しかいなかった」に対しては、20万人は南京城内の安全区の人口であり南京市全体の人口ではないと明確に否定する。

日本政府も公式に南京事件を認めているにもかかわらず、南京“大”虐殺はなかったから南京事件自体がなかったと誤認させる発言は、フェイクニュースといっていいのかもしれない。

そもそもフェイクニュースとは何なのか。『フェイクニュースを哲学する-何を信じるべきか』(山田圭一 岩波新書)を読んだ。

フェイクニュースを明確に定義することは難しいのだが、「情報内容の真実性が欠如しており、かつ、情報を正直に伝えようとする意図が欠如している」と定義すると、①偽なる発言で欺こうとしている場合②ミスリードな内容で欺こうとしている場合③偽であり、でたらめである場合④ミスリードであり、でたらめである場合、この4つに分類できるとする。櫻井氏の「南京大虐殺」はなかったとする発言は、本人に欺こうとする意図があったのかどうかはわからないので、③か④になるのだろうか。確かに判断は難しい。

自分に批判的なマスメディアの情報にフェイクニュースを多用しているのがアメリカのトランプ大統領だが、この場合の使われ方は深刻な問題を孕む。彼は、情報が間違っているという事実を主張しているのではなく「やつらの言うことを信じるな!」という命令や勧告として使われていて、中身はどうでもよく感情や直感に重きを置かれ、論理や科学的根拠はないがしろにされている。

このような状況の中で、何を信じればよいのか。著者の山田氏は、フェイクニュースには、情報の真偽に無関心なでたらめが数多く含まれていることを問題視し、インターネット上の情報や意見を結論としてすぐ受け入れるのではなく、まずは真偽の判断を保留する「何が真実なのか結論なのか急がない」ことを主張する。

五味川純平の小説『戦争と人間』の中で、満州事変で戦死する兄が出征前に一人残していく幼い弟にかけた言葉が思い出された。

「信じるなよ、男でも、女でも、思想でも、本当によくわかるまで、わかりが遅いってことは恥じゃない。後悔しないためのたった一つの方法だ」

 

2025年10月8日水曜日

【TORCH Vol. 161】「あなたの『居場所』は見つかりましたか?」

 子ども運動教育学科 講師 宮田洋之


大学に入って、新しい環境で友達を作るのに苦労していませんか。サークル、部活、ゼミ活動等において「なんか自分だけ浮いてるかも」と感じたことはありませんか?あるいは、SNSで他人の充実した日々を見て、「みんな楽しそうなのに、自分だけ...」と落ち込んだりしていませんか?

今日は、そんなあなたに「アドラー心理学」という心理学の話をしたいと思います。アルフレッド・アドラーは、フロイトやユングと並ぶ心理学の巨匠でありながら、日本ではあまり知られていませんでした。しかし近年、『嫌われる勇気』という書籍がベストセラーになり、注目を集めています。

アドラーは「過去のトラウマ」に縛られる考え方を否定し「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言しました。そして、対人関係を改善していくための具体的な方法を示したのです。人間関係に悩む現代の私たち、特に新しい環境で人間関係を築いていく大学生にとって、とても役立つ考え方だと思います。

 

あなたは何のために、その行動をしているのでしょうか?

 

アドラー心理学には「目的論」という考え方があります。人は過去の原因に縛られて行動するのではなく、未来の目的に向かって行動しているという考え方です。例えば、あなたが授業中に突然スマホをいじり始めたとします。「授業がつまらないから」というのは原因論的な説明です。でもアドラーは違う見方をします。「注目を集めたいから」「先生に反抗して自分の強さを示したいから」という目的があると考えるのです。

人間関係で悩んでいるあなたも、ちょっと考えてみてください。SNSに「疲れた」「もうダメかも」って投稿するのは、本当に疲れているからでしょうか?それとも、誰かに心配してほしい、注目してほしいという目的があるのではないでしょうか?

ここでの解決の糸口は、まず自分の行動の目的に気づくことです。「私は今、何を求めて、この行動をしているのだろう?」と自分に問いかけてみてください。目的がわかれば、もっと適切な方法で、その目的を達成できるかもしれません。注目してほしいなら、困った行動ではなく、授業での発言や何らかの活動への積極的な参加など、建設的な方法で注目を集めることができるはずです。

 

「所属欲求」という、人間の根源的な願い

 

アドラーは言います。人間には「集団の中に居場所がある」という所属欲求があると。この欲求は時として、食欲や睡眠欲よりも強いのです。人は孤立を深く恐れ、どこかに所属していたいと強く願う生き物なのです。

あなたが今、人間関係で悩んでいるなら、それはこの所属欲求が満たされていないのかもしれません。「ここに自分の居場所はあるのか?」「自分はこの集団に受け入れられているのか?」という不安が、あなたを苦しめているのではないでしょうか。

この悩みへの解決の糸口は、小さな所属から始めることです。

いきなり大きな集団に溶け込もうとしなくても大丈夫です。まずは、一人でもいい、気の合う友人を見つけてみましょう。図書館で一緒に勉強する仲間を作るのもいいでしょう。小さな所属感が、やがてあなたの自信となり、より広い人間関係へとつながっていきます。

 

三つの課題を、ちゃんとこなせていますか?

 

アドラーは、人間には三つのライフタスク(人生の課題)があると言いました。

一つ目は「仕事」のタスクです。大学生のあなたにとっては、勉強がそれにあたります。ゼミの発表準備やレポート、サークルの運営なども含まれます。社会や集団への貢献を意味する課題です。

二つ目は「友情」のタスクです。他者との良好な関係を作ること。友達だけではありません。先輩や後輩、教員との関係も含まれます。

三つ目は「愛情」のタスクです。家族との関係、恋人との関係がこれにあたります。

この三つがうまく回っていると、人は安定します。でも、一つでも欠けると不安定になっていきます。逆に言えば、一つがうまく動き始めると、他にもいい影響を与えます。

ここでの解決の糸口は、今できていることから始めることです。三つ全部がうまくいっていないと感じても、焦らないでください。例えば、人間関係がうまくいっていなくても、まずは勉強に集中してみる。レポートをきちんと仕上げる、授業に真面目に参加する。そうした「仕事」のタスクに取り組むことで、自信がついてきます。その自信が、友達に話しかける勇気につながるかもしれません。あるいは、家族に電話をかけてみる。「愛情」のタスクを満たすことで、心が安定し、大学での人間関係も改善していくかもしれません。一つずつ、できることから始めましょう。

 

あなたには、適切な行動を選ぶ「勇気」があります

 

アドラー心理学のキーワードに「勇気づけ」というものがあります。これは、どんな人であっても、自分には適切な行動を選択し、実行する力があると気づかせることです。

あなたも同じです。今は人間関係で悩んでいるかもしれません。でもあなたには、適切な行動を選ぶ力があります。一歩を踏み出す勇気があります。完璧じゃなくていいのです。人は不完全で、失敗するものですから。大事なのは、あなたがあなた自身の存在に価値を見出すこと。立派なことをした時だけ認められるのではありません。あなたはそこに存在するだけで、価値があるのです。

最後の解決の糸口は、小さな成功体験を積み重ねることです。今日、誰かに挨拶をしてみる。授業で一度手を挙げてみる。困っている友人に声をかけてみる。そんな小さなことでいいのです。その小さな行動が、あなたの勇気を育てていきます。失敗しても大丈夫。次はもっとうまくできるはずです。そして、うまくいった時は、自分を褒めてあげてください。「今日、よくやった」と。

 

最後に

 

あなたの周りには、必ず居場所があります。もし今いる場所がしっくりこないなら、別の場所を探してもいいのです。でも忘れないでください。あなたはその集団の一員として、何か貢献できることがあるということを。

今日から少しずつ、あなたの「居場所」を作っていきましょう。一人で悩まず、周りの人にも相談してみてください。学生相談室だって、いつでもあなたを待っています。あなたには幸せになる方法を見つける力がある。そう、アドラーは信じていますし、私も信じています。

2025年9月24日水曜日

【TORCH Vol. 160】「いさお君がいた日々」(さくらももこ)

                                                        体育学部 子ども運動教育学科 教授 原 新太郎

 「日曜日 夕方のテレビ」と言えば? 「笑点」「サザエさん」と並んで出てくるのは「ちびまる子ちゃん」でしょうか。「ちびまる子ちゃん」作者のさくらももこさん(以下「ももこさん」と書きます)は、漫画家としてだけではなく、イラストレーター、作詞家、作曲家、そしてエッセイストとしても才能を発揮しました。エッセイストとしてのももこさんは、数十冊のエッセイ集を世に送り出しています。その中の一冊、「さるのこしかけ」(1992年 集英社)に収められている「いさお君がいた日々」を紹介しましょう。たった7ページ(約4900字程度)の短いエッセイです。

ももこさんが小学校3年生の時に、特殊学級(現在の特別支援学級)にいさお君が転校してきました。いさお君は、全校集会でみんなに紹介されます。15歳くらいに見える風貌のいさお君にみんながあっけにとられていると、いさお君はとてつもなく大きい声で「よろしくお願いしマッス」と叫び、しばらく台から降りようとしません。そんないさお君を見て、ももこさんは「ものすごい人がやってきた」と思い、気になって仕方がない日々に突入しました。
それからの3年あまり、いさお君が織りなすエピソードに、ももこさんはこんなことを感じています。
〇普通の学級の生徒がいさお君にちょっかいを出し、いさお君のことを笑ったりあざけったりしていたが、いさお君の顔は変わらなかった。振りまわされているのは周りの子どもたちだけで、いさお君は間違いなく自分の中心を持っていた。
〇「そこにいる人」というだけの、何もかも超えた圧倒的な存在感が彼にはあった。
 卒業式。いさお君は静まり返った式典の最中に二回放屁し、いつもの顔で卒業していきました。ももこさんは卒業文集に書かれた絵と文字を見て心を打たれます。
〇明らかに自分にない何かを彼は持っている。そしてそれは途方もなく大きな何かだ。
〇彼の書いたものの中に、私の失いかけていたものが全てあった。彼の眼は全て映している。(中略)彼はいつも全てに対してニュートラルなのだ。そこに彼の絶対的な存在感がある。
〇心の底からいさお君を尊いと思った。そしてその時、いさお君のエネルギーは私の中のどこかのチャンネルを回してくれたと確信している。

 私が「いさお君がいた日々」に出会ったのは33年前、29歳の時でした。私は小学校の特殊学級の担任をしていて、まさにいさお君とそっくりな子どもたちと一緒に毎日を過ごしていました。その頃の私にはどんな思いがあったでしょうか。
・この子たちの苦手なところをどうやって克服させようか。
・この子たちができないことをどうやって補おうか。
・この子たちのことを、ほかの学級の子どもたちや地域の人にどうやって理解してもらおうか。
・この子たちが幸せな人生を歩むために、どんなことをしてあげられるだろうか。
このような思いの根底には、
・この世には二種類の人がいる。それは障害がある人とない人だ。
・障害のある人は、苦手なこと、できないこと、劣っていることがある。
・障害がある人は、障害のない人のようになることを目指さなければならない。
・障害はマイナスでしかない。
こんな考えがあったように思われます。
「いさお君がいた日々」は、私の中にあった考えのチャンネルを確実に回してくれました。
・障害はネガティブなものじゃない。
・苦手なこと、できないこと、それらをその人の力に変えていくことができる。
・障害がある人とない人の二種類の人に分けることなんてできない。
・自分のありのままに生きられることこそが幸せだ。それを実現するには、本人の努力だけじゃなくて、みんなの意識を変えることが必要だ。
私はこんなふうに考えるようになりました。

 ももこさんが小学生の時に考え至ったことに、30歳になろうとしていた私は初めて気づかされました。それ以来30有余年、今や世間では「ダイバーシティー」「共生」という言葉がすっかりお馴染みのものとなりました。教育の世界にも「インクルージョン」の考え方が広がり、特別支援教育に移行し、「インクルーシブ教育システム」構築のために、様々な取り組みが行われています。でもそれらは真に私たちの骨や肉や血になっているでしょうか。
むしろ今の世の中は、多様性への寛容さに背を向けるような流れが強まりつつあるようにも思えます。寛容性は、言葉や、理論や、システムにではなく、私たち一人一人の心の中にこそ育てていかなければならないのではないでしょうか。「いさお君」のような人が真の意味でみんなと共に学び、生活し、ありのままの姿で幸せな人生を歩めるような世の中を目指して、私たちが考えなければならないことはまだたくさんあるように思えるのです。
ももこさんは1965年生まれ。残念ながら2018年に夭折されましたが、ご存命であれば今の世の中を見てどんなことを言ってくれるでしょう。60歳になったいさお君も、どんな人生を歩んできたでしょう。「何もかも超えた圧倒的な存在感」をもったまま、「そこにいる人」としてのびのびと日々を送っていてくれるといいなぁ。

2025年9月1日月曜日

【TORCH Vol. 159】DIE WITH ZERO

                                                                             体育学部体育学科 講師 坂上 輝将

「残りの人生で本当にやりたいことを考えたことはありますか?」


今回は、学生の皆さんが若いうちにしかできないことに挑戦する勇気をくれる本を紹介したいと思います。紹介するのは、ビル・パーキンス著『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』です。タイトルには「死ぬときに財産を残すのではなく、すべてを使い切って死ね」というメッセージが込められています。少し過激に聞こえますが、決して浪費を推奨しているわけではありません。お金・時間・健康という3つの限られた資源をどう配分し、どう使い切って充実した人生を送るかを考えさせてくれる一冊です。


著者が一貫して伝えているのは、「お金は後から稼げても、若さや体力は取り戻せない」ということです。大学生の今は、好奇心旺盛で体力もあり、挑戦できる幅が一番広い時期です。将来のために貯金することも大切ですが、「この時期にしかできない経験」を逃さないことが人生においてとても重要です。


本の中で紹介されている著者自身の体験も印象的です。20代の頃、彼は仕事を一時的に減らしてまで長期のバックパッカー旅行に出かけました。多くの人が「もっとお金を貯めてから行こう」と考える中、彼は体力と好奇心がピークにある時期を選んだのです。その旅で見た景色や人との出会い、文化の違いは、時間が経つほどに価値を増していると彼は語ります。まさに「経験に投資する」という本書の核心を体現しています。


さらに本書が教えてくれるのは、「モノ(物質)は時間が経つと価値を失うが、経験は『思い出』として一生残る」ということです。洋服や車、家などのモノはやがて古びていきますが、経験から生まれた思い出は消えることなく、自分の中に積み重なっていきます。だからこそ著者は、お金や時間をモノではなく、経験にこそ投じるべきだと強調しています。


著者は、実践的な方法として「人生カレンダー」を描くことを推奨しています。自分の残りの時間を意識しながら、どの年代にどんな経験を積むのかを具体的に計画するのです。大学生であれば、4年間という限られた時間を区切って、「今しかできないこと」をリストに書き出し、実際に行動に移すことができます。留学、部活やサークルでの挑戦、長期旅行などの機会は、実は「今」が最適なタイミングかもしれません。


『DIE WITH ZERO』は、「今を生きろ」とただ漠然と説くのではなく、経験の価値を最大化し、人生の最後に「やり残したことはない」と言えるための具体的な考え方を示してくれる本です。読み終えたとき、「自分は何をいつやるのか」という問いが、これまで以上に明確に浮かんでくるはずです。そしてその答えは、きっと思っているよりも近い「今」の中にあるでしょう。


この本を手に取って、ぜひ自分の「やりたいこと」に一歩踏み出してみてください。その行動が、これからの大学生活をより充実させる大きな力になります。